第56話 信頼の証




「そうか。ルクスルーチェは死んじゃったんだね」

 パンサーを操縦しながらマナの話を聞くリズ。助手席のマナと共に、視線は前へ向いていた。空はもう暗く、星がまたたいている。


「うん。それだけじゃなくて、レポガニスの近くで出会ったチネツイグアナもスプリングエンペラーも、殺されちゃった。何も悪いことしてないのに、他人の都合で操られて殺されて、一生を終えるなんて可愛そうで……それが私のせいだって思うと……」

 マナの声が震え、また涙をこぼす。


「あんたのせいじゃない……なんて言われても、仕方ないよな。そう単純じゃない」

 マナは「うん」と小さく一言。


「マナ。実はね、あたしが海軍を辞めた理由は、少しそれに似てるんだよ」

「え?」

 リズの過去の話を聞くのは初めてかもしれない。マナは顔をリズに向けた。助手席の後ろで寝転がっているジョウは、そのまま寝転がっている。


「あたしが海軍でパイロットの教官をしてたのは知ってるだろ? でも、あたしは若くて女で、それを理由に嫌われてた。生意気だってね。生徒にはあたしより年上の奴も大勢……っていうか、ほとんど年上だったんだよ」

 リズは前を向いたまま、ゆるい笑顔で話している。本当は思い出したくない過去をマナのために思い出してくれているのだ。


「一人、優秀な奴がいてね。本人のやる気もすさまじくて、訓練時間外も何度も指導を頼まれて、教えてやった。誰よりも早く課程を終えてパイロットになって、あたしが上官に推薦して二等兵から少尉に特進。でも、それが周りの嫉妬を買ってね。『あいつはリズとできてる』とか、根も葉もない噂も流れて、いじめの嵐さ。で、そいつは死んじゃった。あたしが殺したわけじゃない。でもね……。それで、海軍にいるのが嫌になったんだ」


「そうだったんだ……。ジョウ君、知ってた?」

 マナが体をねじって、後ろのジョウに聞くと、黙ってうなずいた。


「だからマナ、あんたの気持ちは分かるよ。それでも頑張って旅を続けるあんたを、あたしもジョウも支えたいんだ。そろそろ降りるから、そこで一緒に、殺されたルクスルーチェ達のために、祈りをささげよう」


 リルマの滝から南西に三百キロ程の川のほとりに降り、みんなが寝静まってから、マナ達三人でルクスルーチェ達に祈りをささげた。コッパも一緒にと思っていたのだが、疲れていたためか眠ってしまった。


 三人ともそれぞれ手を合わせて目をつぶる。祈りが終わると、マナが言った。

「ジョウ君、リズ、私のためにここまでしてくれて本当に……」


「お礼は要らないんだって」

「そうだ。あたし達は好きでやってるんだから。何度も言わせるな」

 ジョウがリズに「うん」と賛同し、助手席に座るマナの隣にしゃがんだ。

「俺達、マナさんの旅の目的も、ランプの事も、もう聞かないよ。一緒に霊獣に会って触れ合いたいって気持ちもあるし。コッパにも言われたんだ」


「え?」とマナは抱いているコッパを見た。ぐっすり眠っている。


「『マナはみんなには旅をやめるって言いだすと思う。マナの意向より、自分達のしたい事を優先して、押し通してくれ』って。だから、俺もリズも、押し通した」

「一番いい結果になったろ? コッパは最高の相棒じゃないか。大事にしてやらないとね」

 リズは手を伸ばしてそっとコッパの頭をなでた。


 ダウトルートでスオウに会った時、これからはコッパに負担をかけないようにしようと思ったものの、結局あれからも頼りっぱなしだ。マナから見えないところでも、こうして旅を助けてくれている。

 コッパのためにも、この旅を途中では絶対にやめられない。一人で旅をしているわけではないのだ。ジョウとリズにも、信頼の証を見せたい。マナは決心した。


「ジョウ君、リズ。二人には、ランプの事教える。ついてきて」


 マナはコックピットのパーテーションを開け、他のみんながいるそばへ歩いていった。ジョイスの横にそっとかがむ。

 ジョイスの顔色は相変わらず真っ青で、息も浅く、弱々しい。シンシアとヤーニンは疲れ果てて眠っていた。


「見てて」

 ジョウとリズにそう言うと、マナはランプを前に抱いた。

 岩陰の医師、仙人大ガマのスオウからもらった、こげ茶色の灯が強く輝く。まわりのみんなが起きないよう、マナはそれを布で覆った。そして、ジョイスの身体に手をかざした。


 徐々にジョイスの顔色が良くなり、息も深く、穏やかになった。三人は物音を立てないように、すぐにコックピットに戻った。


「ケガや病気を治せるって事?」

 ジョウが静かに聞いた。

「それだけじゃなくて、灯を分けてくれた霊獣の力が色々使えるの」


「兵器になりうるから陸軍が狙うってことなのか?」

 とリズ。マナは首を傾けた。

「陸軍が何に使おうとしてるのかは、私にも分からない。でも、あんな風に無理やり奪おうとする相手は信用できないし、このランプは……私の命より大切な物だから、絶対に渡せない。ランプの力の事、誰にも言わないでね。私がランプでジョイスを治したことも、秘密にして」

 ジョウもリズもうなずいた。



 コックピットの明かりを消し、マナ達も眠りについた。明日の朝ここを発ち、昼過ぎには、盃の湖ミュノシャにつくはずだ。



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