第八章 盃の湖ミュノシャと、湖の母、水陸両生マンモス ノウマ
第57話 ミュノシャ到着
盃の湖ミュノシャは、四方八方に川が流れ出ており、周囲百キロほどの街々の暮らしを支える水源の湖だ。
湖に流れ込む川は一本もなく、湖の中央にあるワイングラスのようなテーブルマウンテンの上から水が湧いている。
湖の桟橋にとまるパンサーの中ではパンクが泣きじゃくっていた。目を覚ましてから三時間以上ずっとだ。その向かいには、マナが何も言わずに座っていた。
パンクは自分が考えている事は正しいと今でも信じているだろう。そして、バンクは間違っているとも。だが、バンクには手も足もでなかった。その不甲斐なさが悔しくて耐えられない。そんなパンクの状態をマナはある程度理解していた。
「うわっ、引いてる引いてる! 重いぞ!!」
竿がしなり、ザハが腕に力を入れて引いた。だが、どんどん引っ張られ、桟橋から落ちそうになる。リズが走ってきて一緒に引くものの、やはりどんどん魚に引っ張られていった。
「二人がかりで何やってんだよあんたら。貸してみろ!」
ジョイスが走ってきて竿を取り上げ、体をそらせながら持ち前の怪力でめいっぱい引っ張った。
「おぅらあああああっ!」
湖から大きなナマズが飛び出し、三人の頭を越えて地面に落下した。
「素晴らしいっ!」
そう言って走り寄っていったザハの顔を、ナマズの尻尾が弾き飛ばした。
「ぶぐ!」
リズはそれを笑いながら、ナマズの頭の方にゆっくり近づいた。
「サケカスナマズだ。こりゃあいいのが釣れたね。この湖じゃ最高のごちそうだよ」
「よ、よく知っているね、リズ君」
ジョウに抱き起されながら眼鏡を直すザハ。顔は水浸しで、頬が赤くなっている。
「あたしはここの海軍支部で訓練を受けてた時期があったからね。この魚は祝い事の時に店で必ず注文してたよ。身を絞って作る酒はとんでもなく美味いし、鍋物にするのも最高だよ」
「あたしのおかげだよ? 感謝してほしいね」
ジョイスがそう言って得意げに腕を組むと、ジョウが「そうだよな」と肩に手を置いた。
「胴上げだ! コイツの快復祝いに、この魚で鍋しよう!」
他の全員がジョイスの胴上げではしゃいでいる時、パンサーではパンクがようやく泣き止んでいた。
「パンク、取りあえず何か食べなよ。朝作ったスープ取ってあるから。ライターボックスで温め直すね」
「はい。あざっす」
いつも通りの軽い口調で、顔も笑っている。マナにはそれでパンクが余計に健気に見えた。
サケカスナマズはヤーニンが冷気のレイピアをうまく使って身に切れ目を入れ、リズが包丁でさばいていく。上手く切れない部分は、ジョイスが力任せに引きちぎっていた。
「お姉ちゃんよくなって本当によかったよ」
「当たり前でしょ。あたしは普通の人間じゃない。鉄人なんだよ!」
「ヒビカさんに感謝しないと」
シンシアがそう言うと、ジョイスは顔を上げてあたりを見渡した。ヒビカの姿は見えない。
「あれ? ヒビカさん、どこ行ったの?」
ジョイスがちぎった身をシンシアが受け取る。
「レポガニスでの事と私達の事を報告しに、海軍支部へ行った」
「ちょうど海軍元帥が来てるんだって」
ヤーニンはそう言うと、動かしていたレイピアを止めた。
「私達どうなるのかな。取り調べの後、処刑?」
シンシアは身をクーラーボックスにしまい、ガチャリと閉めた。
「もう逃げられないし、犯罪を犯してきたのは事実だから仕方ない。三人一緒に死ねるだけでもありがたいと思わないと」
*
マンモスは毎日十二時にテーブルマウンテンの中央に現れる。それに間に合うためにはそろそろ出発しなければならない。だが、ヒビカが帰ってきていなかった。
「ヒビカさん来ないな……どうしよう。行っちゃおうか?」
マナがそう言うとパンクが不安がった。
「いやー、危なくないっすかぁ? 万が一、陸軍とか誰かが襲いに来たら」
「確かにね」とリズ。
「ヒビカさんが来ないなら、明日に延期した方がいいかもしれない」
「そうっすよねぇ」
「そうかなあ……」
そこにジョイスがやってきた。
「あたしがついて行くよ」
ジョウが「いやいや」と手のひらを横に振った。
「お前らはヒビカさんから離れたらダメだろ。一応捕らえられてる身なんだから」
「もちろん、ただくっついて行くつもりはないよ」
ジョイスはそう言ってポケットから小型通話端末を取り出した。
「ジャオからかっぱらったヤツだ。もう一つシンシアが持ってる。必要ならすぐ連絡できるし、あたしもヒビカさんから注射打たれて、あの人から位置は把握できるから、たいして問題ないでしょ」
「ジョイス、あんた飛行機の操縦はできるのか?」
運転席からリズがやってきて聞いた。
「え、できないとマズい? じゃあシンシアを……」
「いや。できない方がいい。パンサー盗まれたら困るからね」
「なんだよ、まだあたしらを疑ってんの? ……いや、まあしょうがないか」
ジョイス達三人に対する疑いは、薄くなりつつあったものの、やはり一度は命の危険を感じさせられた相手だ。短い時間で信頼するのは、心情的にできなかった。
カンザが少し離れた所から手を振った。
「シンシアとヤーニンは俺が見ててやるぞー。お前ら行ってこい」
「よし、じゃあ行こう」
さっさとパンサーに乗り込み、あぐらをかくジョイス。結局、ヒビカも帰ってこないまま、ジョイスを連れて出発することになった。
パンサーの壁際に向かい合わせに設置されている座席に、全員座った。シートベルトも絞め、準備完了だ。
「いいか、飛行中、あたしの指示は絶対だ。扉を閉めろと言ったら閉める、開けろと言ったら開ける。飛び降りろと言ったら飛び降りる。いいな」
「はい」とほとんど全員が返事。
「二人足りないぞ! ジョイス、パンク!!」
二人も慌てて「はい」と返事。二人は目が覚めてからリズの運転で乗るのは初めてだったため、このやり取りの事を知らなかったのだ。
「懐かしいな」
とコッパがつぶやいた。マナも「うん」とうなずく。
湖中央にあるテーブルマウンテンは、高さ百メートルを超える大きなものだ。ワイングラスのような形になっているその頂上からは滝が流れ落ちていた。
「マナさん、そのマンモスって、雨を降らせるんだろ? 今日は快晴だけど、本当にいるの?」
ジョウは窓から下を見下ろしながら言った。湖の水面は穏やかで、漁をしている地元の人々の小さな船がいくつも見えている。
「テーブルマウンテンの頂上を住処にしてるみたいだから、いるはずだよ」
「今度こそ、私も霊獣と間近で会えるんだね。楽しみでたまらないな」
ザハは出発してからずっと膝をそわそわと動かしながら、何度も似たようなことを言っている。
やっと念願の霊獣に会えるのだ。待ちきれないのは当然だろう。マンモスと会った瞬間の感動するザハの事を想像し、マナも嬉しくなってくすりと笑った。
「見えたよ」
リズがそう言い、みんな窓から下を見下ろした。テーブルマウンテンの上は平らで、水が薄く流れており、鏡のように空を反射していた。
「もう少し進んで、中央近くに降りるからね」
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