第51話 逃走
「……街の方が騒がしいな。お前たち、ここはいいから見てこい。必要ならカルラの手助けをしてやれ」
ジェミルがそう言うと、三人の将校達は街に向けて走って行った。ジェミルは次にもう一度パンクとバンクに命令した。
「聞こえないのか? その女を捕らえろ。ランプを持ってこい。軍人なら軍人の本分をつくせ」
うろたえていた二人だったが、今の二度目の命令で、バンクがゆっくりマナに向けて手を伸ばしてきた。
「マナ、ランプを使え」
コッパがささやく。マナが念じると、ランプで薄い黄緑色の灯が強く輝いた。次の瞬間、マナは一瞬でパンクとバンクの間をすり抜けて、数十メートル先まで駆け抜けた。
「はっ速ぇ! ウッソだろォ?!」
「ど、どうやってあんなに速く……」
「さっさと追え!!」
ジェミルはそう言いながらエラスモに乗り込んだ。キャタピラ音を立てながら動き出したエラスモの前を、パンクとバンクが走っていく。
「マナ、何か攻撃する力は使わないのか?!」
コッパがマナの耳元で言う。マナはエラスモが通れない細い岩の間を走りながら答えた。
「そんなのない!」
「何かしらあるだろ? お前の体力じゃ、どうせこのスピードはたいして続かない」
「攻撃はできない。走って逃げるしか方法ないの!」
「ウソつけ! 攻撃できる力が何かあるはずだ」
マナは「ダメ!」とコッパを怒鳴りつけた。
「攻撃なんてダメ! このランプは人を傷つける道具じゃないの!!」
「あいつらに奪われたら、何に使われるか分からないだろ! 軍隊なんだぞ?!」
「絶対ダメ!!」
ヒュルル……という風を切る音が聴こえ、マナの進行方向で岩が爆発した。衝撃に押され、マナは尻もちをつく。エラスモの遠隔砲撃で岩が崩され、道をふさがれた。
マナはすぐ立ち上がり、崩れた岩に手をかけて登り始めた。だが、すぐにコッパが叫んだ。
「危ないマナ!」
上の方の岩がぐらりと揺れ、マナの方に崩れ落ちてきた。
マナは、白い灯が強く輝くランプを携え、岩々の間から這い出た。その目の前に待ち構えていたのは、パンクとバンク。
「マ……マナさん、ランプを僕に渡してください」
バンクの伸ばした手からランプを隠すように、マナは体をそらせた。
「どうして渡してくれないんですか? あなたにやましいことがなければ渡せるはずだ! 僕達は盗賊でも犯罪集団でもないのに!」
マナの肩をつかんで押さえ、またランプに手を伸ばすバンク。マナが「やめて」と言おうとしたところで、パンクが、バンクの腕をつかんでランプから引き離した。
「やめろバンク。ランプはマナさんのものだろ」
バンクはパンクの腕を振り払った。
「そんなこと君に言われなくても分かってるよ。だけど元帥閣下の命令を聞いたろ? マナさんは、ジャオと繋がってたのかもしれないんだぞ?」
「そんなもん、何かの間違いに決まってんだろ」
「おめでたいね、君は」
そう言って再びランプをマナの手から引き剥がそうとするバンクを、パンクは殴り飛ばした。続けてカシャン、と腕のアーマーを鳴らし、バンクに炎を浴びせかけた。バンクは慌ててマナから離れた。
「何するんだ!」
「何すんだはこっちのセリフだ! お前は、マナさんと一緒に旅してきたのに、元帥閣下の勘違いをそのまま受け入れんのか? お前にランプは渡さねぇぞ!」
パンクはまた炎を浴びせかけた。ところが、バンクは慌てることなく自分のアーマーで風を操り、マイ・ザ=バイで見せた時と同じように炎のヨーヨーを作って、逆にパンクを攻撃した。パンクが飛び退いたところに、バンクが突っ込む。
「上官の命令が聞けないなら、君はもう軍人じゃない! 容赦しないぞ!」
バンクがパンクを殴ると、パンクも殴り返そうと拳を振る。だがあっさりとよけられ、腹を二発、顔を三発殴られたパンクはあっという間に倒れた。
「どうだ、この裏切り者!」
倒れたパンクの顔面を、バンクが蹴り飛ばした。パンクの苦しそうな呻き声がこぼれる。
「やめて! どうしてそんな酷いこと……」
「だったらランプを僕に渡してください!」
大声を出したマナにバンクが怒鳴り返した。目にはたっぷり涙が溜まっている。マナは一瞬言葉を失った。
「……バンク、ごめん。ランプは渡せない」
そう言い残して走り出そうとしたマナをバンクが捕まえて押し倒した。
「それは許しません」
「バンクやめろっ!」
コッパがバンクを離れさせようと息を吸い込んだ。だが、膨らみかけた所でバンクに体をつかまれて地面に投げ捨てられた。バンクはさらに、動けないようにコッパをアーマーブーツで踏みにじる。マナは泣き叫んだ。
「コッパ! やめてバンク!」
「ランプをもらいます」
マナの右手をつかんで、ランプから引き剥がす。左手は足で踏みつけ、ランプを引っ張るバンク。
「やめて! やめてやめて! お願いだからやめて!!」
バンクはマナの叫びを聞いて瞳から涙をこぼしながらも、腕に渾身の力を込めて引いた。
ついに、ランプがマナの手から完全に離れた。
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