第157話 第四区画 パンク、ギョウブ 後編




 パンクの金砕棒が音を立てて折れた。バンクのパンチはアーマー化によって、速さだけでなく威力も大きくなっている。

 バンクは金砕棒を投げ捨て、拳を構えた。


「ふん。武器を失った君が、武器を持った僕に敵うと思っているのか?」

「それは『武器』じゃねぇ。お前の体だろ」

 バンクの右腕を指さすパンク。


「体だけど武器だよ。これは……君が楽しく旅をしている間、ガム・ファントム大将の厳しい修行を死の恐怖に怯えながら耐えることによって得た力だ」


 バンクのパンチが飛んできた。ギリギリでいなしたパンクだが、体勢を崩したところに蹴りを食らい、地面に倒れた。踏みつけようとするバンクの足を両手で受け止める。


「お前、マナさん好きなんだろ?」


 バンクの眉がピクッと動いた。

「……昔の話だよ。今はあんな犯罪者……」

「お前らだろうが犯罪者は! それに、ジェミルのヤツ、マナさんの婚約者だったハウさんの墓に何したか、お前知ってんじゃねぇのか?!」


 バンクは語気を強めた。

「恋敵に何をしようと……!」

「やっぱりマナさんのこと好きなんじゃねぇかよ! マナさんが愛した人に対するその態度が、お前の愛情なのか?!」


「うるさい!」

 バンクが振り下ろした右の拳を何とかかわしたパンクは、折れた金砕棒の破片をつかみ、バンクの顔に叩きつけた。

「ぐっ!」


 すぐに立ち上がり、バンクの胸を蹴り飛ばす。バンクは後ろによろけて尻もちをついた。


「これは、離れたところを手で操作できる『十間掌じっけんしょう』って技だ。これはズルみてぇな感じがして嫌いだったから使いたくなかったけどなぁ……お前のマナさんへの態度には頭にきたぜ。何としてもお前をぶちのめす。もうお前は自分のパンチが届く距離まで俺に近づくこともできねぇぞ!」


 これはハッタリだ。本当はパンクの十間掌はまだ不安定で、正確なパンチを打つことなどできない。


「僕が、君なんかに負けるか!」

 バンクは腕のツマミをギリギリ回していく。


「もうそんなもん使うのはやめろ! とんでもねぇ事に……」

「黙れ!」

 バンクが拳をふると、風の拳が飛び、パンクの顔面を直撃した。パンクも負けじと十間掌のパンチを放つが、あっさりと外れ、代わりにバンクの風のパンチがまた顔面、そしてみぞおちに直撃した。

「うっ!」


 バンクは一気にパンクの懐に飛び込み、自分の拳で直にアッパーを食らわせた。パンクの頭がガクンと後ろにのけぞる。


 さらにつかみかかられたパンクだが、上半身と両腕をぐるりと回してバンクの手を引きはがした。

 そして思い切りバンクの頬を殴りつける。続けてバンクの腹にアッパーを放ったが、ギン! と金属に当たる音が響いた。パンクの拳に激痛が走る。

「ぐぁあぁっ!!」


 パンクが叫び声を上げると、バンクはパンクの顔面に何発かパンチを食らわせた後、膝蹴りを三発、腹にお見舞いした。

 パンクはついに、バンクの足元にうずくまってしまった。


「どうだ。この体も、修行の成果だ」

 バンクはそう言いながら、パンクを仰向けにすると、首を左手でつかんで右の拳を構えた。だが、そこで動きを止めた。視線の先にあるのは、パンクの涙だ。


「何が『成果』だ。お前、どうしてそんなになっちまったんだよ……どしうしてだよ……」

 バンクはじっと動きを止めたまま、パンクを見つめている。


「あんなに、正義感にあふれてて……いい奴だったのに。尊敬もしたてのによ……」


「それは昔の話だよ。もう戻れない」

 グッと拳を握りなおすバンク。ところがその瞬間、ボン! という破裂音と同時に、バンクの右腕が真っ白な煙を吐いた。

「うぐっ! あああああ!」


 パンクはその隙にバンクの服をつかむと、引き寄せるようにして頭突きを食らわせてからバンクを押しのけ、立ち上がった。

 倒れたバンクにゆっくり近づき、膝を曲げてしゃがむと、バンクを仰向けに転がした。バンクが抱えている右腕は、真っ白に変色していた。ラバロと同じだが、どうやら右腕だけ。それ以外は無事だ。


「お前……もう闘えねぇな」




「パンク、終わったか?!」

 ギョウブの声が飛んできた。パンクが立ち上がり「はい!」と返事をすると、ギョウブは今までかわしていたガムの大鎌を片手であっさりとつかみ、ねじり割った。


「アヒヒ、素手で割るなんて。でもこの鎌だけ壊しても……」


 ギョウブは続けて、使っていた朝星棒をポンと宙に放った。離した手でそのまま人差し指を立ててガムを指さすと、朝星棒は巨大化しながらガムを流星のように襲い、ガラスの壁に叩きつけて押しつぶした。


 ガラスの破片が体中に突き刺さり、首と手足をありえない方向にぐにゃりと曲げたガムを見て、パンクが「うっ!」と目をそらすと、ギョウブが言った。

「安心せいパンク。こやつは人間ではない」

「え……まさか、妖っすか?」


「いや、漆黒の影人形じゃ」


 パンクがもう一度ガムを見ると、確かにガラスが刺さった箇所から黒い煙のようなものを漏らしていた。

「恐らく、術者はここにはおらん。どこか離れた場所で操作しながら、声だけ飛ばしとるのだろう」


 ガムは体を揺らしながら「アヒヒ」と笑った。

「何だ、そこまでバレてたんですかぁ。さすがはアキツ四賢人ギョウブ様ぁ。今まで弟子の勝負のために手加減してたってことですかぁ?」


「ふん! ここまでの影術を使える者は、アキツでもタマモくらいしかおらんはず。お主、一体何者じゃ」

「ワイが何者かなんて、ご自分でお調べになればいいんじゃないですかぁ? それとも、そんな能力もないって事ですかぁ? アヒヒ」


「アキツに戻って手を尽くせば、数日のうちに分かるだろうな。その数日が、?」


 またしても「アヒヒ」と笑うガム。

「さすがに鋭いですねぇ。正直言うと、もし居場所を突き止められたらワイはあなた達には敵いませんからねぇ。弱者に逃げる時間を下さいよォ」

「正体を隠してこんな事をする目的は何じゃ」



「目的ぃ? 別に何も。ワイはただ遊んでるだけですよぉ。あぁ~あ、ガム・ファントムはワイの一番のお気に入りだったのになぁ。……また一から強い人形作るかぁ」



 そう言うとガム・ファントムはシューッと音を立てて黒い煙を噴きながら消え去り、仮面だけがカランと床に落ちた。


「お前のお師匠さん、影人形だったってよ」

 パンクがそう言う足元で、バンクはボロボロ泣いていた。

 そこにギョウブが歩いてくると、懐から札を取り出してバンクの胸に貼った。両手で印を結び呪文を唱えると、みるみるうちに札が黒く染まっていく。


「やはり影を植え付けられとったか。この札では吸い尽くせんが、少しは以前のこやつに戻るだろう」


「ありがとうございます」と軽く頭を下げ、再びバンクを見るパンク。

 バンクは目を開けて天井を見つめながら言った。


「途中から……いや、始めから、ついていく人を間違えたって分かってたんだ。でも、逃げる勇気がなかった」


「相手があんな奴じゃ、仕方ねぇよ。……それよりお前、やっぱりマナさんの事は好きなんだろ?」

 バンクは涙を流しながらうなずいた。


「アキツに行ったら謝れ。ジョイス達を許したマナさんだ、絶対許してくれる。俺が隣にいてやっからよ」

「ありがとう」とつぶやくように言うバンク。その傍らでギョウブは縄を取り出した。


「こやつを捕らえたのはワシだ。よいな?」


 ギョウブの意図はパンクにすぐに通じた。マイ・ザ=バイでシンシアとヤーニンを助けたヒビカと同じだ。パンクは「はい」とうなずいた。

 縄は勝手に動いてバンクをしばり、パンクの背中にくくりつけた。

「お主が運んでやれ。そやつは友だろう?」

「はい」


「よし。よくやったなパンク。だが仕事はまだ残っておるぞ。来い!」

 走り出したギョウブに続いて、パンクも部屋を出た。急いでコックピットに向かう。




                *




「あっ、お姉ちゃァーん! 動き始めた!!」

 空に響くゴオオンという大きな音を聴きつけ、窓を覗いたヤーニン。ゆっくり分離していくモス・キャッスルを見て、大声でジョイスを呼んだ。


 ジョイスも窓から外を覗いた。それと同時に、第四区画のコックピットの上から照明弾が打ちあがる。

「パンクだ! シンシア、第四区画へ!」


 ジョイスの指示通り、シンシアが第四区画へ脱出艇を走らせる。屋根に上っているパンクとギョウブ、そして背負われているバンクが見えてきた。


 脱出艇が三人の上空に着くと、ジョイスは扉を開け、縄梯子を投げた。パンクとギョウブがつかまったことを確認し、一気に引き上げる。



 パンクが脱出艇の床にバンクを寝かせると、ジョイスは「えっ!」と口を手でふさいだ。

「これバンクだよね? あんたが倒したの?」

「ああ」とパンクがうなずいた瞬間


「よくやったじゃんか!」


 ジョイスは感激のあまり大声を上げてパンクを抱きしめた。だが、すぐに「おっと」と顔をしかめて押し離す。

「これはやりすぎだね」


 パンクも顔をしかめ返した。

「なぁんだよそれ。俺、かなり頑張ったんだぞォ?」


 ジョイスは「あっははは!」と笑ってパンクを抱きしめ直すと、背中を押した。

「そうだろうね。シンシアの隣に座ってな」



 バンクの腕は真っ白に変色した上、ラバロと同じように小さな亀裂がたくさん走っている。それを見たヤーニンは「うえっ」とこぼしながらもバンクに言った。


「あなた、助かってよかったね。私達、こうなって死んじゃった人知ってるよ。その人はパンクも火葬にするの手伝ったの。友達がこんなになって、パンク怖かったと思うなあ」



 パンクは助手席に座ってシンシアを見た。

「お前らも上手くやったか。無事でよかった」

 シンシアは「そっちもね」と一言返す。


「まだお前らと俺達だけか? ヒビカさんは? あの人、一番早くに仕事終えると思ってたけど……」

「まだみたい。私も……少し心配」

 シンシアはそう言って第二区画を見た。まだ照明弾は上がらない。



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