第15話 ベル・タザール発掘記
アルラディーンは宝石砂漠と普通の砂漠の境目に位置している。宝石砂漠は砂の粒子が非常に細かく、人間や車が普通に進むと沈んでしまう。専用の船がないと砂漠の向こう側に渡れないのだ。アルラディーンは美しい宝石砂漠と、砂漠の向こうの街や国との交易によって成り立っている、砂漠の港町だ。
土産物の店が立ち並ぶ通りで、リズとマナが色々と物色していた。
「あっ、これ可愛い。見て、リズ」
「ガラスの人形か。スナモグラの人形があったら買おうかな」
店の主人は「あるよ」とペーパーウェイトのような置物を差し出した。
「大きいな。もっと小さいやつない?」
その少し後ろで、ジョウとコッパが荷物を持って立っていた。
「長い。この暑い中ひたすら突っ立たされるオイラ達の身にもなってほしいよ」
「本当だよな、まったく。日差しも強いし、日射病になっちまう。どこかで帽子買わないと」
「ねえご主人、私達『ベル・タザール発掘記』が欲しいんだけど、本屋さんに売ってなくて。どこに行けば手に入るか知ってる?」
マナは買った商品を受け取りながらそうたずねた。
「あれは本屋では買えないよ。国立中央博物館に行けば五千ギニで手に入る。法律であそこ以外はあつかっちゃいけないんだ。でも、今ちょっと騒ぎになってるからね。行くなら気を付けて」
「騒ぎ?」
「盗賊が入ったんだよ。まさにその、ベル・タザール発掘記の原典が盗まれたんだ」
「そうなの? ……分かった。ありがとう」
主人に手を振って、マナはジョウ達と一緒に博物館へ歩き始めた。
「マナさん、その何とか発掘記って何?」
ジョウがマナに使づくと、コッパがマナの頭へ乗り移る。「髪の毛に爪引っかけないで!」とマナ。
「ベル・タザールって言うのは、二百年くらい前の探検家だよ。レアメタルの鉱脈を探してアルラディーンに来た時に、サイに出会って居場所を書き記してるの」
リズが「えぇ?」と不思議そうに言う。
「じゃあ誰でも簡単に会いに行けるってこと?」
「ううん。暗号になってるの。読み方を知らないと、それが書いてあることすら分からないみたい」
「なるほどね。……マナ、あんたそれ読めるの?」
「多分。読むための資料は持ってるから」
「マナさん、リズ! これどう?」
いつの間にか遅れていたジョウが、後ろから呼びかけた。マナとリズが振り返ると、ジョウは古めかしい魔法使いのような、変な帽子を被っていた。
「これ、そこで買ったんだ。いいだろ。あんまり日差しが強くて……」
「っはっはっはっはっは!」
リズが大声を出して笑う。マナまで、遠慮しながらも笑っている。
「ジョウくん、それは……」
「ジョウ! それはな! 帽子っていうよりオモチャだ。お祭りで売ってるお面みたいなもん。そんなもの街中で被って歩いてたら、笑われるよ」
そう言ってまたしても笑うリズ。ジョウは笑われてカチンと来たようで「いいだろ別に」と意固地になって被り続けていたものの、通りすがりの知らない女の子に笑われ、結局博物館に着く前にしまってしまった。
*
国立中央博物館は土産物店の主人が言った通りざわざわと人が集まっていた。入り口近くを深緑の制服とマントをつけて歩き回っているのは、警察ではない。
「陸軍だな。あの帽子は少尉以上、大佐以下。それが何人も集まってるってことは、わりと大事だね」
博物館正門、道の反対側から、リズが様子を観察していた。
「ただの盗難事件で陸軍なんかが出てくるはずはない。こりゃ、きな臭いよ」
「まあ……ベル・タザール発掘記を買うだけだから」
「盗まれたのはその原典なんだろ? また今度にした方がいいんじゃないの?」
マナは「うん……」と口ごもった。
「分かったよ。取りあえず、入れるかどうか聞いてみようか」
リズはそう言うとすぐに歩き出した。マナ達もそれに続いていく。
「すいません、今博物館って入れます?」
リズが兵士の一人にそう聞くと、兵士はにこやかに答えた。
「犯行現場の第六エリア以外は入れますよ。どうぞ」
簡単に入れたものの、中にも兵士がちらほらとおり、博物館にしては騒然としていた。どうにもいづらく、売店でお目当ての発掘記を買うと、三人はすぐに建物から出た。
「よし。じゃあ……」
マナが発掘記を開いて読もうとすると、横からリズが手を出し、本を閉じさせた。
「宿についてからにしな。ここは目が多すぎる」
「え……でも、目って言っても盗賊じゃなくて陸軍でしょ?」
「きな臭いって言ったろ。用心するに越したことはないからね」
入った時と同じく、リズが先導して博物館の敷地外へと出る。ところが、門の少し手前で、後ろから声をかけられた。
「お待ちを」
さっきの兵士だ。
「発掘記をお買いになったんですね。賊が盗んだのはその原典です。賊の目的はまだ分かっていませんから、道中どうぞお気をつけて」
「はい……」
マナがそう返事し、全員ささっと門を出る。すぐにリズが耳打ちしてきた。
「ほら、見られてたろ? 軍人はこういうことは見逃さないんだ。街にいる間は気を付けな。疑われないようにね」
*
宿に着いてから、全員マナの部屋に集まった。最初はラウンジにするつもりだったが、これも用心してのことだ。
「リズ、お前陸軍にいたのか?」
「いや、あたしがいたのは海軍だよ」
「へえ。陸軍って、そんなに信用できないのか?」
「いや……そういうわけじゃないけどね。ただ、今の陸軍元帥は軍事産業やエネルギー産業界とズブズブな上に、超過激なタカ派で、色々信用できないヤツだ。軍隊じゃ、上官の言う事は絶対。トップが信用できないと、自然とね……感情的に」
ジョウとリズが話している横で、マナは地図と暗号解読の資料をならべて、発掘記と格闘している。
「うーん、寝床が四カ所もある。ここを全部回らないといけないんだ」
「どこだ?」
リズが地図を覗き込んだ。マナのつけた印を指さしながら確認する。
「随分離れてるな」
「どれどれ」
ジョウも覗き込み「はあ?」と大きな声を出した。
「どれも互いに二十キロ以上離れてるじゃん。これ全部回るの?」
「そんなにゲンナリするな。運が良けりゃ最初に行ったところにいるし、二カ所目にいるかもしれないだろ。それに、歩いて行くわけじゃない。貸しボートで行くんだ」
「まあ、そうだけどさあ」と、リズの話に納得しきらない様子で椅子にもたれるジョウ。
「ジョウくん、宿で待ってる?」そうマナが言うと、ジョウはガバッと体を起こした。
「行くに決まってるじゃんか! ここまで来たんだから」
「よし」とリズ。
「じゃあ準備を始めるよ。貸しボートの手配と、食料の買い出し、あと宿に、布団を借りられるか聞いてみよう」
「布団を借りるの? 寝袋あるよ?」
「寝袋でも暑いくらいだしな」
マナとジョウに対し、「何にも分かってないね」と呆れるリズ。
「砂漠の夜は洒落にならない程寒いよ。ここらあたりは氷点下まで冷え込むんだ。防寒具なしじゃ死ぬよ」
*
月夜の宝石砂漠。砂の水面は月明りを反射し、青みがかったグリーンに光っていた。その照り返しを受けながら一隻のボートが、静かな砂漠の中、モーターの音を鳴らしながら走っていた。
「寒いぃいぃいぃ、寒いよー。シンシア寒くないの?」
ヤーニンはガタガタ震えながら、ハンドルを握っているシンシアにくっついた。
「寒い。でもくっつかないで。邪魔」
「いいじゃん。どうせこの辺は何もない砂漠だし、ハンドルなんてほとんど動かさないでしょ?」
「邪魔。ジョイスにくっつけばいい」
「お姉ちゃんは今アーマーいじって爪とぎしてるもん。そういう時近付くと怒るから嫌」
「だったら」とシンシアはヤーニンに望遠鏡を手渡した。
「これで前を見てて。とがったものが地面から突き出してたら教えて。そうしたらくっついてもいい」
「分かった。シンシアのマントに一緒に入ってもいい?」
「ダメ」
ヤーニンはシンシアの返事を無視して、マントに無理やり潜り込む。後ろでジョイスが、左手に筒形のアーマーをガチャリと取り付けた。
「ランプ……必ず手に入れてやる。どんな手を使ってもね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます