第16話 砂漠を愛する者の仕事




 マナ達はリズの運転する貸しボートで、宝石砂漠内、ルビーの海を渡っていた。


「うわー、綺麗な赤」

 マナはボートから手を出し、赤く光る砂の水面に触った。手袋が砂をはじき、赤いしぶきが上がる。

 シャラララ……という若干ガラス質な音からも、砂の粒が純度の高いルビーであることが分かる。


 コッパがマナのコートの首元から顔をのぞかせた。

「リズの言った通り、寒いな。オイラ、自分用のコート欲しいよ。この先の旅でもきっと必要だぞ」

「そうだね。材料買って作ってあげるよ」


 運転していたリズが、ボートを止め「マナ」と呼びかけた。

「一つ目のポイントはこの辺だよ」

 マナは立ち上がって双眼鏡をのぞく。

「うーん、見当たらないかな」

「俺にも見せて」と言うジョウに双眼鏡を渡した。

つのを探すんだろ?」


「うん。眠るときは角だけ出して砂に潜るんだって。その方があったかいらしいよ」

「どれくらいの大きさ?」

「分からない。でも、サイの大きさについて発掘記には特記なかったから、多分普通のサイと同じくらいなんじゃないかな?」

「……それらしいものは見えないな」

 宝石砂漠には草木は全く生えていない。見渡す限り宝石の砂で見晴らしはいい。


「じゃあ次のポイントに向かうか。まあ、しばらくは双眼鏡で見渡しておきな」

 リズはそう言うとボートのエンジンをかけ、進ませ始めた。ジョウは言われた通り、双眼鏡をかまえたままあちこちを見渡す。

「それにしても、そのサイって、こんな目印も何もない砂漠で、どうやって寝床までたどり着くんだよ」

「星を見てるんだろ」とリズ。

「それしかない。なかなかロマンチックな騎士じゃないか」


 発掘記には、『宝石の鎧をまとった重騎士』と記されていた。『戦車』とか『装甲車』とかではなく、『重騎士』。きっと誇り高い霊獣なのだろう。ランプに灯る灯はどんな色だろうか。

 そんなことを考えながら、マナが少しウトウトした頃だった。


「待ったぁ! リズ、止めろ!」


 ジョウの叫び声と同時に、ボートが止まった。マナも、「どうしたの」と立ち上がる。ジョウは三時の方向を指さしていた。

「あそこ! 何か動いてる」

 すぐにリズが「行こう」とボートを走らせた。ぐんぐん近付くにつれ、二本の角を持ち、体中に宝石をまとったサイの姿がはっきりと捉えられてきた。



「すっげえ……」

 ジョウは笑顔でそうこぼした。光り輝く鎧をガチャガチャと鳴らしながら悠然と歩くその姿は、まさに騎士と呼ぶにふさわしい。


「コッパ、お願い」とマナはコートのチャックを開けた。コッパが「さみぃな……」とぼやきながら出てきた。

 コッパは砂漠の水面にぴょんと降りると、サイに並走しながら語りかけた。間もなく、サイは立ち止まった。


「こんばんは。夜遅くに突然ごめんなさい。私の名前はマナ。それにこっちは、リズとジョウ。あなたに会いたくてここまで来たの」

 マナがそう言うと、コッパがサイに登りながら叫んだ。

「ランプだ。多分、ランプが見たいって」


「え? どうしてランプの事を……」

「本人はランプとは言ってない。古い友人の臭いを感じるって。多分ランプの灯から感じてるんだ」

「あっ、そうか!」

 マナはランプにかかっていた布をめくって見せた。


「あなたのお友達、この灯の中にいる?」


 サイは「ブホッ」と鼻を鳴らし、頭を軽く振った。

「ジャゴだ! ジャゴは古い友達なんだと。二十年に一度、この砂漠で会うらしい」

「すごい!」

 マナは感激のあまり思わず手を叩く。


「私達、ファルココでジャゴに会ったの。背中に登らせてくれたけど、体だけじゃなくて心も大きかったよ。素敵なお友達だね」


「こいつの名前、だって。ジャゴとは八年後にまた会うから、その時オイラ達の話をしてくれるってよ。それに、自分の背中にも乗ってくれって!」

 マナは「ありがとう!」と大きな声で言いながらボートを飛び降りた。ペッドゥロまで三メートルかそこらだが、砂に足を取られ、たどり着くまで三十秒はかかってしまった。


 リズとジョウもそれに続き、三人でペッドゥロの鎧に足をかけながら背中に登った。ゆっくりペッドゥロが歩き出す。


「ジャゴと違って硬くて悪いねってさ」

「ううん。月明りの中のあなたの鎧、信じられないくらい綺麗」


「この砂漠には、たまに遠くから動物が迷い込んでくるらしい。そういうヤツらを外まで道案内するのが仕事なんだってよ」

 ペッドゥロの鎧は、場所によって異なる色に輝いている。ペッドゥロが歩くと、七色の光が周辺をサーチライトのように照らす。そうやって砂漠を見回っているのだ。


「ひょっとして、夜通しこうやって働いてるのか?」

 ジョウがそう聞くと「そうだってさ」とコッパ。

「すげえなあ……」

 後ろでリズが「ははっ」と笑った。

「あんた、本当に語彙が少ないね。もっと感じたことをペッドゥロに伝えてやりなよ」

「え……だからさ、こう、働き者だなって」


 やっぱりリズは「ははは」と笑った。

「確かにね。それも、遠くから迷い込んでくる、見ず知らずの動物のためにだろ? 動物たちだけじゃなく砂漠も愛しているからこそ、できる仕事だよ。ペッドゥロ、あんたカッコいいね。騎士の名に恥じない働きぶりだ」

「ありがとうってよ。あ、『かたじけない』かな? うーん」

 コッパが訳を迷っている。


「どうしたの? コッパ。」

 マナが聞くと、コッパは「いやー」と頭をかいた。

「こいつ、すごく丁寧なんだよ。人間の言葉に訳すの、難しいな」

「ふーん。身も心も誇り高き騎士なんだね。ペッドゥロ、あなたの背中に乗せてもらったこと、私絶対忘れない。ジャゴによろしく。私達、これからもあなたの幸せを願ってるからね」

「かたじけない……かな?」

 四人で笑っていると、ペッドゥロの歩みが止まった。


「ん? ……悪意だって?」


 コッパがつぶやくと同時に、ペッドゥロは方向転換して歩き出した。

「悪意が近づいてくるって。オイラ達のボートまで戻るってさ」

 コッパはするするとマナの肩に登った。

「悪意って?」

「オイラにはよく分からない。悪い気配がするってよ。かなりのスピードで近付いてくる」


「あれだ!」

 一番後ろのリズがそう言って後ろを指さした。朝焼けの手前に、ボートが作る赤い砂煙が見える。

 マナとジョウ、それにコッパが振り返ると、ボートの上でパッと白い煙が広がった。それに少し遅れて、ドン! という衝撃音。これは


「砲弾だ! 全員かがめ!」


 リズの指示でマナ達は身をかがめた。次の瞬間。


 ドオン! と大きな爆発音を立て、ペッドゥロの右前足もとに着弾。ルビーの砂煙が巻き起こった。それと同時にペッドゥロは倒れ、マナ達は砂漠に放り出された。

「ペッドゥロ! 大丈夫?!」

 マナは慌ててペッドゥロの方へもがくが、砂に足を取られてなかなか進めない。コッパがかけてきた。

「大丈夫。この程度で死ぬようなやつじゃない。それより、まずランプを隠せ」


 コッパに言われてマナはすぐにランプに布をかぶせ、体の後ろ側に隠した。もうボートはペッドゥロのすぐそばに止まり、長い金髪と短い黒髪の二人の女が降りて近付いてきていた。

 くたびれたマントやマフラーに、動きやすくしっかりした作りの服。いかにも盗賊だ。特殊なアーマーブーツを履いているらしく、砂の上を沈まず普通に歩いている。


「おい! お前ら一体……ゲホッ!」

 喋っている途中のジョウを、金髪の女が殴りつけた。さらに、倒れたジョウの脇腹を蹴り、上から押さえつけて服を引っ張りながら何か探している。

「こいつは持ってない」


 黒髪の女はそれを聞くと、リズに目を向けた。リズは身構えてズボンのポケットからナイフを取り出す。


「おっとと!」

 ペッドゥロの上から、もう一人小柄な赤毛の女がとびかかり、リズを押し倒してナイフを取り上げた。その隙に黒髪の女がリズのズボンをチェックする。

「ないね。ってことは……」


 マナと視線が合った。



「お前か」



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