第125話 ジョイス、シンシア、ヤーニンの修行 後編




 コエンはジョイスを抱きかかえて木を降り、地面に寝かせてその隣に座った。

「いやー、これで終わったな。正直、身動きできなくなったお前を殴り続けるのは気持ち的に辛かったから、終わってホッとしたぜ。散々殴って悪かったな」

 そう言った途端、もう動けないと思っていたジョイスが上半身をひねって、両手でコエンの足をつかんだ。


「頼む……もう一回……もう一回だけ、チャンスをくれ……」


 立ち上がれないにも関わらずそんなことを言い始めたジョイスにコエンは呆れかえって大きな声で言った。


「はあ?! 馬鹿かお前は! 仮にもう一回俺と闘うにしたって、もう力泉飴りきせんあめはないんだぞ? 万全の状態で百回負けた相手に、自力で立てもしない状態で勝負なんか挑んで、勝てるわけねえだろが!!」


 ジョイスは涙を流しながらも、引き下がらなかった。

「頼む……頼むよ! シンシアとヤーニンを奪われたくない。あいつらに忘れられるなら、死んだ方がましだ。もう一回だけチャンスをくれ……頼むよ……!」


 力を振り絞ってコエンの足を握りしめ懇願するジョイスに、コエンはガックリと頭をもたれた。


「まいった……俺の負けだ。ああーくそっ! 俺の負けだよ!!」




                *




 シンシア達は秋大寺で昼飯を食べていた。食事抜きで歩いてきたため、何も喋らずがっついている。


「タマモ様の修行、大変じゃないですか?」

 そう言ったのは、シンシアの隣に座るイヨ。シンシアは麦飯をぐいっと飲み込んでうなずいた。


「修羅谷を私とヤーニン二人で通ってここまで来たけど、死ぬかと思った」

「あははは」と笑うイヨ。

「わざわざあんな所通らされたんですか。だからお二人ともそんなにボロボロなんですね」

 シンシアはピタリと箸を止めた。

「……『わざわざ』って?」

「あ、やっぱり知りませんでした? 四賢人の本拠地は、敷地内の『身渡り印』っていう術式の書かれた扉を使えば、簡単に行き来できるんですよ」


 話を聞いていたヤーニンが、テンコに「そうなの?」と聞く。

「そうだよ。帰りはそれで行く」

「ええー、じゃあ何であんな大変な道通って来たの?!」

「修行だからに決まってるじゃん」

 テンコに当たり前のように返され、ヤーニンは「そうだけどさ……」と呟きながら食事に戻った。


 テンコが思い出したようにイヨに言った。

「ねえイヨ姉さま。タマモ様はね、ジョイスさん気に入ったみたい。コエンのやつに修行の相手させてたよ」

「うわー」とイヨ。

「気に入られちゃいましたか。じゃあタマモ様に相当いじめられてるでしょうね。ジョイスさん、大変だろうな……」


 そんなイヨのセリフに、シンシアとヤーニンは顔を見合わせる。それを見たテンコが言った。

「心配ならさっさと『銀眼茶釜』借りて、ジョイスさん達の様子見に行こうか」




                *




 ジョイスは力泉飴を口の中で転がしながら、コエンと向かい合って座っていた。飴が百個しかない、というのは嘘だったのだ。


だったって?」


「ああ。お前の修行であると同時に、んだよ」

 コエンはそう言いながら、目の前の焚火で焼いている魚を引き抜いた。


「試験って、何の試験?」

「小織眷属から大織眷属になるための。タマモ様の眷属で大織なのは、ツキト兄さんだけなんだ。イヨ姉さんは四賢人になったからな。二人目の大織になれると思ったのになあ……」


「試験に落ちたってこと?」

 ジョイスがそう聞くと、コエンは渋い顔でうなずいた。

「百回勝つまでに、お前に金髪と赤毛の事を諦めさせなきゃいけなかったんだよ。気付いてなかっただろうけど俺、九十連勝のあたりから超焦ってたんだからな? だから百戦目で慌てて勝利条件変更したのに、まさか丸二日以上ボコボコに殴られ続けてもまだ諦めないとは……。根性のバケモンだよお前は」


「あたしらお互い失敗したのか。シンシアとヤーニンはあたしの事……今頃もう忘れちゃってるのかな……次会っても、もう二度とあたしを……」

 ジョイスはまた涙を流して泣き出した。魚をかじりながら、それを見て笑うコエン。

「忘れてねえよ。お前は失敗してない」

「え……?」


「一回俺を負かせばいい。タマモ様は、百回闘う『間に』って言わなかっただろ? 俺は百勝する間にお前に諦めさせなきゃいけなかったのに、出来なかった。それは俺の負けって事だよ。タマモ様にあらかじめそう言われてた。……っていうかな、そもそも!」

 コエンはかじりかけの魚をジョイスに向けて振った。


「記憶を消す術なんかねえよ」


「な?! でも……」

「タマモ様に見せられたあの紙だろ? ありゃ白紙だ。何か書いてあるように見えたのは、タマモ様の幻術。お前が勝手に書いてあるって思い込んだだけだ」

 ジョイスはどたっと後ろに倒れ込んだ。体中から力が抜けていく。

 コエンは魚をかじりながら「へへへ」と笑った。


「意地悪だよなあ、タマモ様って。お前にあの金髪と赤毛の事を一度諦めさせようとしたんだ。お前を一人立ちさせたかったんだろ。それからもう一度お前達三人をああしてこうして……って、タマモ様は完璧な段取りをしてたはずだ。でも、その目論見は外れちまった。言ってみれば、お前はタマモ様にも勝ったわけだ。本当にすげえよ、お前」


「あたしの修行……これからどうなんの?」

 ジョイスが空を見ながらそう聞くと「知らねえ」とコエン。


「タマモ様の『完璧な段取り』が崩れちまったからな……あー、絶対怒られるよ俺。ジョイス、お前責任取って、俺の味方してくれよ?!」



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