第126話 ジョイス達の過去
「お前にとって、あの金髪と赤毛っていったい何なんだよ」
というコエンの質問に答え、ジョイスは昔話をしていた。
「あたしには、親や親族の記憶は一切ない。物心ついた時から、連合国のグリズマールに拠点を置く『マジェッタ教』の戦闘員として、銃とか剣とかの訓練を受けてた……」
「マジェッタ教?」
ぽかんとするコエン。今までこの宗教の名を口にするたび色眼鏡で見られたり嫌悪や憎悪をぶつけられるばかりだったジョイスにとっては、新鮮な反応だった。
「アキツで生まれ育ったアンタは知らないよね……。テロリストの信者が大勢いる、連合国のアブナイ宗教だよ」
マジェッタ教は『終末の日に聖戦が巻き起こり、天使と信者によって、悪魔に憑りつかれた人間を焼き尽くす』という教えがあり、信者達はその聖戦に向けて戦闘員を育てていた。
しかし、連合国より長い歴史を持つマジェッタ教は、一部の信者達の間で少しずつその教えがねじ曲がり、いつの間にかテロ組織のようになってしまったのだ。
ジョイスはそこから抜け出す決心をし、持ち前の怪力と丈夫さを生かしてグリズマールの本拠地にある戦闘員基地から逃げ出した。
その際、未成年戦闘員の収容所で自分と共に逃げる仲間を募った。ところが
「何百人もいる未成年戦闘員の前で、『逃げたい奴はあたしについて来い』って大声で言ったんだけどね。誰も味方にはなってくれなかった。逆に、背信者がいるって大声で通報されて。もう少しで逃げられるって所で麻酔銃が足に当たって、動けなくなっちゃったんだよ。そこに来てくれたのが、シンシアとヤーニンだった。あたしが大勢の前で『ついて来い』って言った時には、怖くて手を挙げられなかったんだって。でも、その後抜け出してあたしを助けに来るのは、もっと怖かったはずだよ」
「へえ。つまり命の恩人ってことか? そりゃあ大事にするわけだな」
「ちょっと違うね。恩があるから大事なんじゃない。ある意味、もっと簡単だよ」
「簡単?」
コエンは不思議そうな顔で、興味津々だ。
「あたしは今まで、そういう死線をいくつもあいつらと渡ってきた。本物の家族だ。マナ達と関わり合って、ヒビカさんに助けてもらうまでは、世界中に味方はあいつらだけだった。三人ともお互いにね。結局は、大好きな家族だからって事だよ。あんたにも家族いるだろ?」
背中の岩にもたれ、「まあね」とコエン。
「家に帰れば父ちゃん母ちゃんいるよ。俺は眷属として御殿でタマモ様にお仕えしてるから、正月くらいしか会えねえけど」
「辛くないの?」
「うーん、御殿には眷属の友達が大勢いるしなあ。辛いってほどじゃねえな……おっ!」
コエンが体を起こし、立ち上がった。ジョイスがコエンの視線の先へ振り返ると、山の坂道を登って来るテンコ、そしてシンシアとヤーニンがいた。
「お前の家族のお出ましだ」
*
タマモの御殿に戻ってきたジョイス達。報告のために、タマモの前に全員集まっていた。ツキトがタマモの前へと進み出る。
「タマモ様、こちらでございます」
そう言ってツキトは、口からガラスのような球を吐き出した。それをタマモがうっすら笑いながら受け取る。
ツキトは首だけくるりと回して振り向き、コエンを見ながら目を細めた。
「タマモ様にご覧頂くのが楽しみでございますな」
コエンは苦虫を噛んだような顔で頭を掻いた。
タマモが虫眼鏡を取り出し、ツキトが吐き出した珠を覗き込む。
「あれ、何してるの?」とヤーニンがテンコにささやいた。テンコは本を読みながら答える。
「ツキト兄さんが見てたあたし達の記録を見てるの。すぐ終わるよ」
テンコが言った通り、タマモは十秒ほどで虫眼鏡をことりと置き、眉間にしわを寄せて顔を上げた。
「この……大うつけ者が!」
タマモが振り上げた手から、黒い稲妻が走った。バチン! という音と同時に、コエンがすねをおさえる。
「あっだあ! いっでででで! ま、待ってください! おいジョイス、何とか言って……」
「わらわの完璧な段取りを台無しにしおって! このうつけ! うつけ! 底なしの大うつけが!」
「あだだだだっ! いっでえ! いでででで!」
繰り返し襲い来る稲妻に泣き声を上げながら、コエンは部屋から逃げ出して行った。タマモは怒鳴り散らして荒れた息を整え、立ち上がってジョイス達三人の前へやって来た。
「ジョイス。そなた、わらわの段取りを崩しおったな」
きちんと名前を呼ばれたのは、これが初めてだった。
「はい」
「……気に入らん。さっさとやるものをやって、わらわは寝る。テンコ」
タマモに呼ばれて、本を読んでいたテンコが「はい」と顔を上げた。
「あの
*
三人の髪の毛といくつもの薬を混ぜ合わせ、茶釜を火にかける。しばらく煮立ててからタマモが手をかざすと、中の液体が浮かび上がって固まり、手のひらに乗るほどの三つの珠ができ上がった。
「これが、そなた達の銀眼じゃ」
「銀眼って何ですか?」
と聞くジョイスにタマモは近付き、銀眼の一つをジョイスの左目に近づけた。
「え、うわっ!」
「動くでない!」
タマモがジョイスの左目に銀眼を押し込むと、すうっと消えてなくなった。
シンシアとヤーニンにも同じように銀眼を仕込むと、タマモは両手で印を組んで呪文を唱えた。
「これでよい。見よ」
そう言ってタマモがパチンと指を鳴らした瞬間、三人のそれぞれの左目に、残りの二人の視界が流れ込んできた。
「うわっ!」
「え……!」
「す、すごっ!」
「説明は不要じゃな。お互いの見ているものを共有できる。それが銀眼じゃ。慣れれば自分の意思で自由に使う事ができる。だが、それはお互いの心が通じていないと見えなくなる。せいぜい喧嘩などをせぬよう気をつける事じゃ」
「うっ」とシンシアがえずいた。ジョイスとヤーニンが背中をさする。
「まあ、初めのうちは酔うじゃろうな。これからの修行はそれを使って、コエンとテンコと共に、勝手にやれ。わらわはもう寝る」
そう言ってそそくさと部屋を出ていくタマモ。ジョイス達三人が「ありがとうございます」とお礼と共に頭を下げると、扉の所で足を止め、視線だけ三人へ向けた。
「……そなた達ならば、それを使って他の者など及びもつかぬ連携ができるじゃろう。せいぜい、一か月間修行に励め」
タマモが去って部屋が静かになると、テンコが「うそ……」とつぶやいた。
「ツキト兄さん、聞いた聞いた?! タマモ様が『励め』だって! 『励め』だって!!」
「確かに聞きましたぞ。タマモ様が最後にあの言葉を発せられたのは何年前だったでしょうな」
ツキトはぱっと飛び上がると、タマモの机に置きっぱなしだった記録の珠と虫眼鏡を取り、三人のうち真ん中に立っているシンシアに渡した。
「あなた方でも覗けば見えますぞ。お互いの奮闘の記録、是非共有なされよ。銀眼の使い方、修行の仕方は
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