第124話 ジョイス、シンシア、ヤーニンの修行 中編




 土蜘蛛の頭をヤーニンのヌンチャクが叩いた。触肢が凍り付き、土蜘蛛は驚いて引き下がり、顔を岩にこすりつける。


 木の上からヤーニンに飛びかかった土蜘蛛を、シンシアが電撃銃で撃って痺れさせた。

 ヤーニンは痺れて動けなくなった土蜘蛛を盾代わりにして、別の土蜘蛛の懐に飛び込み、死角から足にヌンチャクを引っかけてひっくり返す。そこにシンシアが銃を打ち込む。


 二人の連携攻撃の前に、土蜘蛛の盗賊団は完全に返り討ちに遭い、引き上げていった。


「ふう……終わったね」

 そう言ってヌンチャクをしまおうとするヤーニンをシンシアが止めた。

「待って、上!!」


 空から巨大な鷹が、ほとんど地面と垂直の角度でヤーニンに突撃してきた。

「うわああーっ! いたたた!」

 ヤーニンをまさに鷲づかみにして飛び立とうとするところに、シンシアの電撃銃が打ち込まれた。


 鷲は大きな鳴き声を上げてヤーニンを離した。片足でピョンピョン飛び跳ねながら転ぶ鷲を後ろ目で見ながら、ヤーニンは慌ててシンシアに駆け寄る。


「あーびっくりした、死ぬかと思った!」

「……死ぬかも」

 そう言って空を見つめるシンシア。ヤーニンも空を見上げると、巨大な鷲が何羽もこちらに真っ直ぐ突っ込んできていた。


「こ、これって……ヤバい?」

「ヤバいけど、やるしかない」

 シンシアは銃を構え、ヤーニンはヌンチャクを振り始めた。




               *




 ドン! と大きな衝撃音が禿山に響いた。その衝撃音のもとであるコエンの拳を腹にくらったジョイスは、呻き声も出せずに崩れ落ちた。


「立てないよな。これで俺の九十九連勝だ」

 コエンは最後の力泉飴をジョイスの口に入れた。


「いよいよ次が最後だ。だけどな、こんな調子でさっさと終わっちまったらつまらねえ。勝利条件を変えようぜ。『相手が負けを認めるまで』だ。立てなくなろうとなんだろうと、どっちかが負けを認めるまで終わらない。どうだ?」


 ジョイスは両手を地面について体を起こした。

 全く手も足もでないまま九十九連敗し、さすがに精神が削れてきたジョイス。次負ければ、自分の存在がシンシアとヤーニンの記憶から消されてしまう。

 必死に心を奮い立たせながら、コエンにニヤリと笑ってみせると、こう答えた。


「望むところだよ……!」




               *




 二晩がすぎた。修羅谷の秋大寺側の端には、仰向けに倒れてるシンシアとヤーニンがいた。

 その近くでは、上半身が猿で下半身が虎の妖が痺れた体を引きずりながら、逃げようともがいている。


「ねえ、シンシア……。私達、生きてるよね?」

「多分」

 二人とも倒れたまま、ぜえぜえと息をする合間を縫って会話を交わす。

「次何か襲ってきたら……死ぬ?」

「……多分」



「まだこんなとこにいたの?」



 崖の上から声が聞こえ、シンシアとヤーニンは何とかして体を起こし、声の主を見た。


「て、テンコちゃん……戻ってきてくれたの?」

 ヤーニンがそう言うと、テンコはやはり本を読みながら「うん」とうなずいた。

「ごめんね。いなくなってるの気付かなかった」


「テンコ……秋大寺まであとどれくらい?」

 シンシアの質問にも、テンコは本を読みながら答えた。

「もうすぐそこだよ。一時間くらいかな」


 その時、テンコの後ろから大きなからすが突っ込んでくるのがシンシアとヤーニンに見えた。シンシアが慌てて銃を構えるが、体力の限界で手が震え、狙いが定まらない。


「テンコちゃん、危ない!」

 ヤーニンに『危ない』と言われ、さすがにテンコも「ん?」と本から顔を上げた。

 その瞬間、烏はテンコの手から本を奪い取った。「ああっ!!」と叫ぶテンコ。


「待ってえ! 最後の一章! 最後の一章があああ!!」


「予約入ってるんですいませーん。また来月どうぞー」

 そう言って貸本屋の烏は飛び去っていった。




               *




 禿山の崖の上に生える一本の木の上で、コエンはジョイスの右足を持ち、逆さ吊りにしていた。

 コエンの右拳がジョイスの頬を打ち、ゴチッと音をたてる。

「うぐっ……うぅ……」

「お前、いい加減にしろよ。こうやってもう丸二日だぞ」

 そう言ってまたジョイスの顔を殴る。呻き声を上げながらも、ジョイスは歯を食いしばったまま、何も言わない。

 二日間ぶっ通しで殴られ続けているにも関わらず、いまだにコエンに負けを認めようとしないジョイス。だが、その表情や声はこの数時間で明らかに弱々しくなっていた。あと少しで折れると考えたコエンが、一気に畳みかける。


「力に技に速さに体力。お前が俺に勝てるモンは一つもない!」

 そう言ってジョイスの顔を二発殴る。


「俺はこの先一週間でも一か月でも、こうやって殴り続けてやれるんだぞ!」

 顔に三発、腹に二発。おまけに顔にもう一発。そして、ジョイスを上下に揺さぶりながら、優しい声で言った。


「もう諦めて負けを認めろよ。な?」


 ついにジョイスは小さく口を開き、かすれた声で言った。




「……まいった……」



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