第123話 アードボルト来航
ゴロウとジャオのいるアンド城は、突然の来客に騒がしくなっていた。ゴロウはジャオを連れて客間へと向かっている。
「まさかこんなに早いとはな」
「本当に。私にも予想外でしたよ。しかも、いきなり本人がやってくるとは」
客間で待っていたのは、連合国中央政府総理大臣アードボルト、副総理リオラ、新国防大臣カザマだ。それと秘書やボディーガードが数名。
「お待たせして申し訳ない。連合国中央政府総理大臣アードボルト殿、アキツ棟梁のワシに、どんなお話をなされにまいられたのかな?」
そう言いながらアードボルトの向かいにゴロウが座った。アードボルトは汗をハンカチで拭いながら「ええと、ですね……」としどろもどろに話し出す。
「レオハンヒ・ジェミルの事は、ご存じだろうと思いますけども……。その、彼がですね、連合国に対して無理な要求をしていまして。これから戦争になるだろうと思います」
「ええ。それはすでに我々も分かっております」
「その時にですね、みなさんは……あー、みなさんというのは、アキツ国がという事ですけれども……どうなさるおつもりかなと」
「特段何をするつもりもござらん。ジェミルと連合国の戦争は、勝手になさればよい」
「ああ、そうですか。それは、安心しました」
アードボルトはそこで黙ってしまった。軍事同盟を結ぶことを頼んでくるだろうと踏んでいたゴロウは拍子抜けしてしまったが、ここで話を終わらされるのは、ゴロウ達にとっても困る。
「不可侵条約か何かをお望みですかな? だとしたら、我々は初めから手出しをするつもりは……」
アードボルトは「あ、いえ」と手を横に振った。
「そういうつもりではないのです」
「では、ここまでまいられた理由は?」
「ええと、その……。いずれジェミルの矛先が、アキツ国に向くと思うんですよ」
「我々は戦争をふっかけられるような覚えはありませぬ。取り越し苦労でございましょう」
「し、しかしですね、以前ジェミルと繋がっていた、我が国の前国防大臣がですね……今アキツに、ジェミルの欲しがっている物があると」
「物とは?」
「ランプです。どうやら連合国出身の若い女性が持っているとか。連合国から奪われた戦艦が二隻、こちらに来たという風に聞いているのですが。ランプを狙っていたのでは……」
「確かに戦艦は来航しましたが、話を聞かずに追い返しました故、狙いは分かりませぬ」
「そ、そうですか……」
また話が止まるアードボルト。ゴロウは一歩踏み込んでこう言った。
「ランプが欲しいという事ですな? 我が国にあるかどうかは、探してみなければ分かりませぬ。もし連合国が我々に……」
「あ、いや」とアードボルトは手を横に振った。
「ランプが欲しいというか……」
ゴロウもジャオも、汗を拭くアードボルトをじっと見つめた。次の言葉は全く予想がつかない。
「えー、なんというか……その……」
じれったくなったゴロウが再び自分から話し始める。
「ジェミルとの交渉のためには、ランプがあった方がいいという事でございましょう?」
ゴロウの言葉を聞いて、リオラがうっすらと笑みを浮かべた。そしてアードボルトに言う。
「総理、思っている事を素直に申し上げてください」
「う、うん……」
アードボルトはもう一度汗を拭くと、こう言った。
「いらない……と思うんですよ」
「いらない……?」
ゴロウだけでなくジャオも、驚きのあまりお互い視線だけを見合わせた。
「で、では……連合国単独で、交渉もせずにジェミルと戦争をするおつもりかな? 失礼ですが、勝ち目はないように思われますが」
「うん、まあ……そうですね。そういう事になるのでしょうか」
会談が終わり、アードボルト達は泊めてもらっている御殿へと歩いていた。
「棟梁のゴロウは焦って勇み足を踏んでくれた」
リオラが口角を上げながらも引き締まった顔で言う。
「ランプはこの国にあるでしょうね。ゴロウは恐らく、ジェミルは追い返して、私達が来るのを待っていた。交渉をしたがっているのは私達よりアキツ側。明日の朝になったら、『帰る』と言いましょう」
「えっ」とカザマ国防大臣。
「いいのですか? 実際、私達にもランプがあった方が……」
「もちろん。でもここは粘りどころ。アキツの方から交渉を持ちかけてくるのを待ちましょう」
「アキツがジェミル側についてしまう可能性も、ないわけでは……」
「それももちろん。どうする? アードボルト」
リオラが振り返ってアードボルトにたずねると、アードボルトは「うーん」とうなりつつも、わりとさっぱりした声でこう言った。
「アキツがジェミルと組むって事は……絶対ない気がするんだよ。こう……上手く言えないけど、絶対ないと、僕は思う。ここからは、リオラに任せるよ」
「何を考えているんだ、あの男は。ろくに交渉の準備もしていないとは」
ゴロウはジャオにそうぼやいた。ジェミルとの交渉のためにランプを欲しがるはずだと思っていたにもかかわらず、あの態度。ゴロウとジャオにしてみれば完全に空振りだ。
「我々にも時間は無限ではない。こうなったら、ランプがここにある事をアードボルトに教えて無理やり連合国と交渉するしかないのか……」
そう言うゴロウにジャオは「いいえ」と首を横に振る。
「すでに『いらない』と言われてしまいましたからね。我々がランプで交渉したがっている事は、あの副総理にはバレたようですし、今更こちらから『ある』と言っても、ジェミルに狙われているから押し付けたいのだろう、と思われてしまうでしょう。そうなったら、こちらに有利に交渉を進めるのは難しくなります」
「ではお前はどうしたらよいと言うのだ。ジェミルが戦争で連合国の戦力をさらに削れば、アキツ国が戦争を仕掛けられた時、勝ち目はないぞ」
「こちらから持ちかけて連合国と軍事同盟を結び、ともに正面からジェミルと闘うしかないでしょう」
「お前の望むものは手に入らないが、それでもよいのか?」
ジャオは珍しくため息をついて、脇息に体をあずけた。
「そうですね……また一から考え直さねばなりません。まあ、私の方はゆっくりやらせてもらいますよ。これからもあなたには情報を提供しますから、それはご心配なく」
「全く、あのアードボルトという男。何を考えているのかさっぱり分からん。なぜあんな頼りない男が……」
「あの女性の副総理が上手く立ち回って、政権を延命させているのでしょう。彼女はアードボルトの持っている能力に気付いているのですよ」
「能力?」
ゴロウは眉をひそめた。さっきの脂汗をかいてしどろもどろに喋っていたあの男に、総理大臣としてどんな能力があるというのか。そのゴロウを見て「ホホホ」と笑うジャオ。
「わけが分からない、といった顔ですね。正直言って、私にもよく分かりませんよ。ですが間違いなく、私達でもジェミルでもなく、連合国に有利に物事が動き始めている。ここに来たのがアードボルトでなければ、そうはならなかった。違いますか?」
「なんだそれは……。そんな相手とどうやって渡り合えばいい」
「無理ですよ『渡り合う』など。理性で守られた社会では、彼のような生き物が最強なのです。私達が敵う相手ではありません。諦めましょう」
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