第122話 ジョイス、シンシア、ヤーニンの修行 前編




 ジョイスとコエンはタマモの御殿から離れ、枯れ木しか生えない禿山に来ていた。ツキトは空を旋回しながらついてきている。

 頂上まで二人で登ると、コエンは腰の小さな袋から、袋より大きな木の板と、飴玉の入った瓶をするすると取り出して置いた。


「ここで俺と勝負だ。この山の中なら、どこへ行ってもいいぜ」

「その板と飴玉は?」

「この板は、傷をつけて勝敗を数えるだけだ。で、こっちの飴は……」

 コエンは飴玉を一つ取り出してジョイスに投げた。

「舐めてみ」


 ジョイスが飴玉を口に入れて転がすと、山登りで溜まっていた疲れがみるみるうちに引いて行った。

「すげえだろ。これは力泉飴りきせんあめっていう疲れを取る飴だ。百個あるから……いや、お前が今舐めたから九十九個か。負けた方はこれを舐めて体調をもどして、次の対決に臨む。まあ、疲れは取れても怪我は治らねえから、気を付けろよ」


「なるほど、こりゃすごいね……。勝敗はどう決めんの?」

「立てなくなった方の負けってことで。じゃあ、始めるか!」

 コエンはそう言うと、体にググッと力を込めた。頬や腕、足から茶色い毛が生え、牙も伸びてきた。


「俺は『三眼猿さんがんざる』のはんあやかしだ。人間じゃ及びもつかない怪力があるから、気を付けろよ」


「ふふ……あたしを人間だと思ってたのか」

 ジョイスの腕からざわっ、と毛が生え、瞳が大きくなり、犬歯が伸びる。それを見て目を見開くコエン。

「お、お前まさか……」


「あたしもあんたと同じ半獣人。でも鬼熊おにくまだ。力であたしに勝てると思うなよ!」


 ジョイスがコエンに飛びかかった。




               *




 修羅の谷を歩くシンシアとヤーニン。先頭を歩いているのは本を読みながら歩いているテンコだ。ツキトは遙か上空からこちらを監視している。


「ねえ、テンコちゃん」とヤーニン。

「なあに?」

 テンコは振り向きもせずに本を読み続けている。

「何読んでるの?」

八猫伝はちびょうでんっていうお話。この本、明後日貸本屋さんに返さないといけないから、急いで読んでるの」

「ふーん……」


「私達、ずっとただ歩いてるだけだけど、これが修行になるの?」とシンシアが聞く。

「知らなあい」

「秋大寺までどのくらい?」

「うーん、二日くらい」


 シンシアとヤーニンは顔を見合わせた。二日間こうしてただ歩いて、秋大寺に行くだけなのだろうか。




                *




「ぐぐぐぐぐっ……っ! ぐぐぐぐ!」

 コエンと組み合っているジョイス。だがどんどん押されて、岩に押し付けられていた。

「どうしたんだよ。ご自慢の鬼熊の怪力はそんなもんか?」

「このっ……猿野郎が……!」


 余裕の表情で「へへへ」と笑うコエン。

「生まれ持った力だけに甘えてるお前と違って、俺は小さい頃から体を鍛え抜いてるんだよ。オラッ!」

 コエンの頭突きが決まり、ジョイスの頭が後ろへのけぞる。続けて正拳突きがジョイスの腹を直撃した。

「ゲフッ!」


 背中の岩が砕け、砂煙を立てながら後方へ転がるジョイス。ゆっくり立ち上がったが、一歩歩いたところで前のめりに倒れてしまった。

 倒れたジョイスにコエンが近づく。

「どうだ」

「うっ……ゲホッ……」

 体を起こそうとするものの、手を地面についても力が出せない。


「よし、立てねえな。まず俺の一勝だ」

 コエンはジョイスの口に飴玉を押し込んだ。




               *




「シンシア……」

「うん……」

 修羅の谷をテンコに続いて歩くシンシアとヤーニン。周りの岩陰から生き物の気配がする。それも、明らかにこちらをうかがって、後をつけて来ているのだ。

 ヤーニンがテンコを呼んだ。

「テンコちゃん、何かいるよ」


 テンコはやはり本から目を離さないまま、何でもない風にこんな事を言った。

「多分ねー、土蜘蛛の盗賊団だと思うよ。捕まったら殺されるかも」


「こっ、殺される?!」

 驚くヤーニンにも「うん」と当たり前のように返すテンコ。そのテンコの脇から早速、全長二メートルを超える大きな蜘蛛が飛びかかってきた。


 とっさにシンシアが銃を抜いたが、テンコは本を読みながら蜘蛛の突撃を飛び上がってかわし、頭を踏みつけて歩き続けていく。

 さらにもう一匹飛びかかると、テンコは蜘蛛の顔面を蹴って飛び上がり、一気に谷の奥へと行ってしまった。ずっと本を読んだまま。


「すご……」

 唖然とそれを見るヤーニンとシンシアに、土蜘蛛が振り返った。ギシギシと牙を鳴らしながら近づいてくる。

「……ねえシンシア、私達狙われてる?」

「間違いない」


 飛びかかってきた土蜘蛛をヤーニンも飛び上がってかわす。ヌンチャクを取り出して土蜘蛛の足に引っかけ、下に滑り込むと、もう片方のヌンチャクをレイピアにして突き刺した。


「グギィッ!」


 土蜘蛛が体を丸めて動きを止める。途端に他の土蜘蛛たちが二人めがけて突進してきた。




                *




 バキン! と禿山に衝撃音が響き、ジョイスの体が十メートルほど上空へと舞い上がった。そして、そのままコエンの足元に真っすぐ落下した。


「どうだ、立てるか?」

「あ……ぐ……」

「無理だな。よし」

 コエンは隣に置いてある木の板に印を付け足した。正の字が六つに線が一本。コエンはジョイスの口に飴玉を押し込む。


「これで俺の三十一連勝だ。なあ、もう諦めろよ。お前に勝ち目はないって」


 しゃがんでそう言うコエンに向けて、ジョイスは拳を放った。コエンはほいっと飛び退いて笑う。

「あっははは。根性だけはすげえな。俺に攻撃を一発も入れられずにひたすら殴られ続けてるのに、まだ続けようってのか。そんなにあの金髪と赤毛に忘れられるの嫌か?」


 ジョイスはコエンを力いっぱい睨み付けながら立ち上がった。

「あったりまえだろ! あたしら三人は一心同体なんだ。シンシアとヤーニンを奪われてたまるか!」


 コエンは小馬鹿にするように「ヘヘッ」と笑いながらこう言った。

「一心同体ねぇ。お前一人が勝手にそう思ってるだけなんじゃねえの?」


「……っんだとぉ……!」

 ざわっとジョイスの髪の毛が逆立った。喉から獣のような「グルルッ」という音が出る。

「おお怖い怖い。一番痛いとこ突いちまったか?」


「んがあああああっ!」


 雄叫びを上げて突っ込んできたジョイスの顎を、コエンが蹴り飛ばした。ジョイスは山の斜面を転がり落ちていく。

「ヘヘッ。これで俺の三十二連勝かな?」



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