第12話 格納庫、オリヴァの店




 ジョウとマナを追い出し、パンサーと二人きりだ。リズはパンサーの機体をさすって、小さくつぶやいた。

「ごめんな……あたしのせいだよな」


「リズ」


 名前を呼ばれて振り返るが、誰もいない。

「誰だ?」

 リズはパンサーをもう一度さすった。まさか、この子が?


 ところが、リズの視界の端で虹色が渦巻き、コッパが姿を現した。

「ごめんな。オイラたちのせいでこんなことになっちまって」


「あんたか。別にあんた達のせいじゃない。……行けって言ったろ」

「マナにだろ? オイラは言われてない」

「もう行け」

「でも、オイラはその気になれば透明になって戻って来られるぞ。お前じゃオイラに気付けない」

 リズは舌打ちし、鼻に詰めていたティッシュを取り外して足元に投げ捨てた。

「あたしに話でもあるのか?」


「マナのあの言い方が、お前のプライドを傷つけたんだろ? お前、ここで生まれ育ったんだもんな。オイラからも謝るよ。ごめん」

「……それで?」


「あいつら、二人ともまだ子どもなんだ」


 リズはため息をするように笑った。

「子ども相手に大人げないって? まあ、そうだったかもね。あの子達何歳?」

「マナは二十一。ジョウは十五だ」

 マナは成人しているがリズより七歳、ジョウは十三歳も年下だ。プライドを傷つけられ、思わず睨み付けてしまったが、マナからしたら相当怖かっただろう。自分の夢を詰め込んだ設計図を鼻で笑われて、ジョウは傷ついただろう。

 彼女達なりにこちらを気遣ってくれてのことだったのに、ちょっと悪かった。


「なあリズ、お前の気持ちがおさまったら、もう一度あいつらと会ってやってくれないか」

「ああ……もう大丈夫。今から行くよ。宿まで連れてってくれ」




                *




 マナは宿のラウンジでジョウと話していた。

「マナさん、霊獣に会う順番って決まってるの?」

「ううん、別に。ただ、ジャゴみたいに移動する子もいるから、ある程度計画は練るけどね」

 そう言いながら、マナはテーブルに地図を広げた。この地図には目的地と、想定している時期が書き込まれている。

 ジョウは覗き込むとすぐ「あっ」と指をさした。


に行くのか」

「うん。ここには二か月後に行きたいの」

「マナさん、ここがどういう場所だか知ってる?」

「海のど真ん中にある街でしょ? それくらいしか」


「ここはな、古代はファルココみたいな工房、工業都市があったんだ。だから海底にいろんなものが沈んでる。それを引き上げるために、海の真ん中に巨大な塔を建てて、それ自体を街にしてる。街自体がサルベージタワーなんだ」


「そうなの。じゃあ、海に潜るのにはちょうどいいね」

「あそこにはおいそれとはお目にかかれないアーマー機構やパーツがある。俺が欲しいエンジンのアーマー機構も、あそこならあるかも。……霊獣の方は何? 海に潜って会いに行くの?」


「うん。二か月とちょっとした頃、ここに大きなリュウグウノツカイが泳いでくるはずなの。その霊獣は、海に自分で起こした海流で道を作るんだよ。ウミガメとか、イルカやクジラが、その海流に乗って、彼と一緒に旅をしてるんだって」

「へえ。じゃあ、次はそいつに会うんだな?」

「ううん。その前に……」


 こちらに向かってくるらしい足音を聞き取り、二人とも顔を上げた。コッパを肩に乗せたリズがやってきたのだ。

 ジョウは相手が分かるとため息をつき、ソファにどっと寄りかかった。マナは反対に、立ち上がる。


「マナ、ジョウ、さっきはすまなかった。あたしが悪かったよ」

 マナは首を横に振った。

「私の方こそごめんなさい」

 ジョウの方はチラッとリズを見ただけですぐに視線を逸らした。リズは手に持っていた紙束をジョウの方へ差し出した。

「さっき突き飛ばされて分かったよ。あんた、本気で飛行機が好きなんだな」


 ジョウは立ち上がってリズから設計図を奪い取った。

「笑っただろ」

「悪かった……。本当に悪かったよ。もう一度ちゃんと読んだけど、アーマー職人ってだけじゃ分からない航空力学のことまで、よく勉強して書いてるね」

「じゃあなんで笑ったんだ」


「この飛行機一機に、何でもかんでも詰め込み過ぎだ。貨物船なのか、旅客機なのか、レースに使うのか分からない。作る事だけが目的の飛行機だ。だから、夢だらけって言ったんだよ」


 ジョウは怒っているとも笑っているとも言えない微妙な表情でリズを見つめている。マナはリズとジョウを交互にチラチラ眺めていた。

 コッパはするするとマナの肩に乗り移った。


「とにかく、あたしが悪かった。マナ、あんたのランプの灯、すてきだったよ。たくさん集まるといいね。ジョウ、応援してるよ。必ず自分の飛行機作れよ。機会があったら乗せてくれ。じゃあな」

 リズはテキパキとそう言い、軽く手を振るとすぐに歩き出した。マナが手を振ると、ジョウが「待った!」とリズの腕をつかんだ。


「俺達、この先の旅でオッカに行くんだ。そこで俺は飛行機の部品を手に入れたい。手に入れたら、俺がリズの飛行機を修理するよ」

「そうか……。ありがとう。気長に待ってるよ」

「そうじゃない。一緒に来てくれ。俺に飛行機の事、教えてくれ。お前、パンサーが壊れて、どうせすることなんてないんだろ? 頼むよ。オッカまでだけでも」


 真剣なまなざしをむけるジョウに対し、リズは返答に困っているらしく、手を取られたまま動かない。

 マナがリズのもう片方の手を取った。

「私達、明日の朝までここにいるから。もし一緒に旅してくれるなら、ここに来て」




                *




 リズはマナ達の泊まる宿からの帰り道、オリヴァの店に寄っていた。いつもは酔っぱらって他の店を追い出されてから最後にここに来るが、今日はシラフだ。


 扉を開けると、いつものように客も店員も一目こちらをみて、すぐに目を逸らす。リズは黙ってカウンターに座った。


「ご注文は?」

「そうだな……鶏とほうれん草のバターソテー」

「えっ?」と店員は目を丸くした。

「あの……お飲み物は?」

「水だけでいい。オリヴァを呼んでくれ」


 料理が出てきて少しすると、オリヴァがやってきた。「どうしたんだい?」と言いながらも、シラフで料理だけ食べているリズに驚いている様子もない。

「ちょっと、話が……」

「部屋においで」

 リズはすぐに料理を持ち、オリヴァと一緒に階段を登った。一番奥の部屋に入り、テーブルに料理を置いて、座る。


 この部屋に入るのはもう十年ぶりだ。一歳を過ぎるころまではここで毎日眠っていたらしいが、もう記憶にない。


「写真は?」

 リズが「うん」とうなずくと、オリヴァは一枚の写真立てを、ことりとテーブルに立てた。


「で、話って? 食べながらでいいから聞かせてごらん」

 この部屋は、少し甘いにおいがする。子どもの頃からずっと大好きなにおいだ。その正体は未だに分からない。


「パンサーが……壊れて……」

「聞いたよ。パイロットがあんたじゃなかったら空母の側面にぶつかって、間違いなく全員死んでたってね」


「もう、あたしがこの街でできることは、何もない」

 この甘い臭いの正体は、絶対に知りたくないと思っていた。かぐと安心する、ここだけで嗅げる、不思議な何かの臭い。それで十分だ。


「旅に誘われたんだ。パンサーを直すための。どうしようか迷ってて……。朝までに返事しないといけなくて」


 軍隊を除隊し、この街に戻って来てからは、この部屋に来ることを避けていた。一度入ったら出られなくなってしまいそうで。

 今日ここに来たのは、何かが吹っ切れそうな予感がしたからだ。


「でも、あたしは……飛行機がないと無力だから」

 リズはそう言いながら手の平で目をぬぐった。汗がついていたらしく、目にしみる。ぎゅっとかたくつむった。


「怖くて……」

「あんたらしくないね。行きたいんだろ?」

 ナプキンで顔を拭いながらうなずく。

「行きな。大丈夫だよ。あんたなら」

 鼻をすすって、水を飲み、フォークとナイフを置いた。


「お父さんにあいさつしておきな」

 オリヴァに言われた通り、リズは写真を手に取り、胸に抱いた。小さく「行ってきます」と言い、写真をもどした。


 席から立ち上がり、今度はオリヴァを抱きしめる。

「オリヴァ、迷惑ばっかりかけて、ごめん」

「気を付けてね」

「うん。行ってきます」


 店から家まで、リズは何度も鼻から深呼吸しながら帰った。鼻はつまっているが、どこもすがすがしい、いい臭いがする気がした。



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