第11話 墜落
「マナ、あんたがずっと覗いてるそのランプって、一体何なの?」
パンサーはドーナツ谷を離れ、穏やかなコーラド近郊の空を飛んでいた。リズはマナが嬉しそうにずっとランプを覗いていることが気になったらしい。
マナは操縦しているリズの隣まで体を伸ばし、ランプを見せた。
「分けてもらった灯が灯るランプだよ。ほら見て、この黄色い灯。これが、ついさっきパルガヴァーラが分けてくれた灯」
「綺麗だね」
返事は一言だがリズの顔も嬉しそうだ。
「リズのおかげだよ。あなたがいなかったら、テーブルマウンテンまで行けなかったし。霊獣のパルガヴァーラに褒めてもらえるくらい操縦が上手いって、本当に天才だよね」
リズは軽くははっ、と笑った。
「あたしは天才なんかじゃないよ。でも、最高に楽しい仕事だった。あんなに思い切り飛んだのは久しぶりだったな。あんた達、こうやって灯集めるんだろ? 次に行きたいところがあるなら、送ってやるよ」
バン! とまたしても何かの衝撃音。すぐにリズが操縦桿を動かす。ところが、パンサーはほとんど動かない。
「マナ、下がってな。ジョウ、こっちに来い!」
リズはそう言ってジョウを運転席まで引っ張ると、手を取って操縦桿を握らせた。
「持ってろ。それと、このスイッチが左右のエンジンのだ。今切ったから、あたしが外から合図したら、その瞬間に入れろ」
「え……ええっ?! どういうことだよ!」
「余計な事は考えるな! とにかくあたしが入れろと言ったらスイッチ入れろ。いいな!」
リズはパンサーの扉を開け、機体の上部へと登っていった。マナは恐怖のあまり、身動きが取れずに固まっていた。
もう目の前に滑走路が見えている。だが、このままだと滑走路までたどり着けずに空母の側面に衝突してしまいそうだ。
「入れろ!」
リズの声に反応してジョウがスイッチを入れる。ボシュッ! とエンジンのかかる音が聞こえ、パンサーの速度が上がり、少し持ち直した。だが、間に合わない。
突然コッパがマナとジョウの前に躍り出ると、びゅうっと空気を吸い込んで一気に三メートル以上に膨れ上がった。
パンサーは空母の端に腹をぶつけ、ひっくり返りながら滑走路に乗り上げると、翼やプロペラをへし折りながら数十メートル転がったところで止まった。
コッパのエアバッグがなければ、マナもジョウも死んでいただろう。
二人は煙が立ち込める中、やっとのことで外に出た。サイレンを鳴らしながら車が何台もこちらに向かってくる。
「大丈夫か?!」
リズがかけよってきた。全員の無事を確認すると、リズはマナとジョウの背中を強く押して歩き始めた。
「パンサーから離れろ。もう火が出てる」
マナは歩きながら、しっかりとした地面を足の裏で集中して感じ取っていた。確かに地面だ。地上に降りてきた。もう大丈夫。
ずっと背中を押していたリズの手のひらが、ふっと離れた。不安に駆られてマナが振り返ると、リズは走り出していた。
「ローゲン! この人でなし野郎!」
やじ馬に混じっていたローゲンを殴ろうとしたリズは、横から別の人間に押さえられ、逆にローゲンに殴られた。だがリズもすぐに殴り返す。ローゲンの仲間がリズを殴り、そのまま大喧嘩が始まった。
「やめて! やめてよ!」
マナが怒鳴っても、誰も聞く耳を持たない。マナは、近くにいた空港職員の手から消火器を奪い取り、栓を抜いてローゲン達にむけて放射した。
地面に押さえ込まれていたリズを残して、全員散らばった。
「いい加減にしてよこんな時に! あなたたち全員馬鹿なの?!」
*
無残な姿になったパンサーが横たわる格納庫。マナとジョウが視線を注ぐのはパンサーではなく、その脇にしゃがんで、スパナを手にしてうなだれるリズだ。
「リズ……お前あの時、なんであんなこと……」
「あの時って?」
ジョウに鋭い声で聞き返してくる。鼻血のためにティッシュがつまった鼻声だが、それでもかなり攻撃的な声色だ。
「俺にエンジンのスイッチ入れさせたろ?」
「ああ……。急に舵とフラップが反応しなくなったんだよ。この子には、外から舵とフラップを動かせる装置が尾翼の近くについてたから、そこまで行く間はエンジンを切って、もう一度入れてもらったってこと。プロペラが回ってたら、危なくて装置まで行けないからね」
マナもそっと口を開いた。
「何で急に舵が……」
「ローゲンだよ」
やはり鋭く返してくるリズ。
「エンジンも舵もあいつだ。まあ、この子がこんなになっちゃあ、もう証拠は残ってないだろうけどね」
「リズ、あの人のフライトが嫌いだって言ってたよね」
「ああ。あいつは、ただスピード出してイキがってるだけのガキだ。乗せてる客や荷物の危険なんかこれっぽっちも考えずにね」
リズは手で髪をたくし上げた。あざのついた顔がマナとジョウの目に映る。
「分かるだろ? あたしはこの街のみんなから嫌われてる。いつも酔っぱらって喧嘩をふっかけて、他のパイロットを馬鹿にして……だからこんなことになった」
「悪いのはあなたじゃないよ。もしこの街にいづらいなら、私たちと一緒に旅しない? そっちの方が、あなたのためになるかもしれないよ」
マナがそう言うとリズはすっくと立ちあがり、持っていたスパナを床に叩きつけた。ガーン! と大きな音が格納庫にこだまする。
「街に居場所がないあたしが……そんなに惨めに見えるか」
「ごめんなさい」
次に何を言ったらいいか分からず、マナは黙り込んだ。それでも視線をまっすぐ向けてくるリズが怖くなり、涙がにじんできた。
ジョウが紙の束を取り出して、リズに渡した。
「俺が、いつか作りたいと思ってる飛行機の設計図だ。最初にリズに操縦してほしい。一緒に来てくれよ」
パラパラと目を通していたリズは馬鹿にしたように鼻で笑うと、こう言った。
「いいね。夢だらけで」
次の瞬間、ジョウがリズを突き飛ばした。そして、倒れるリズに目もくれず、ジョウは格納庫から出て行ってしまった。
マナはうろたえながら小さな声でコッパを呼んだ。
「コッパ……コッパ、どこ?」
反応がない。どこに行ったのか。
「あたしは危うくあんた達を死なせるところだった。報酬は要らない。帰ってくれ」
「コッパ……」
「いいから行け!」
リズに怒鳴られ、マナは反射的に格納庫から飛び出た。
ちょっと先にジョウの姿が見える。マナは仕方なくジョウの所へと歩いた。
「マナさん、行こう。どうしようもねーよあいつ」
ジョウの目にも涙がにじんでいた。
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