第10話 パンサーのアクロバット飛行




「お前ら、オイラがいいって言うまで動くなよ。『岩陰から出るな』じゃない。動くな」

 コッパは岩からするりと下り、ゆっくりと鷹に近づいていった。小さく「キュウキュウ」と声を出している。話をしているのだ。


 コッパに通訳を頼むのはいつもの事だが、霊獣から攻撃を受けたのはマナにとって初めての経験だった。無意識のうちにランプを抱きしめる。

 声も立てられない緊迫した空気の中、コッパがマナのところまで戻ってきた。


「やっぱり三日前に人間が来たらしいぞ。女が三人。そいつらが林を荒らして、襲ってきたんだと。で、雷で飛行機を打ち落として追い払ったって言ってた」

「追い払った……どこへ?」

「テーブルマウンテンの外へ。落っこちたのか何なのかは知らないけど、とにかく追い払ったんだ。あいつ今、子育ての最中らしい。そんな時に林を人間に荒らされて、相当気が立ってるよ。オイラはいいけど、人間はこれ以上巣に近づくなってさ。マナ、一応ダメもとでランプ見せて話してみるか?」

「……うん」


 マナがコッパの後ろについて出て行こうとすると、リズがマナの手を取って、何か握らせた。手を開いてみると、四角い油のかたまりだ。

「これでもやってみな。パンサーの整備用に持ってる羊の油だ」

「分かった。ありがとう」


 マナはコッパと共に、岩の前に立った。ランプを胸の前にかかげる。

「私はマナです。あなたに会いたくてここまで来ました。お名前を教えてください」

 コッパが通訳すると

「今すぐ帰らないなら全員殺すとさ」

「ダメか……。あの、これをあげます」

 マナは羊の油を取り出し、一歩前へ踏み出した。


 バァァン! とまたしても破裂音。

「ビョオオオオオッ!」


 威嚇の電撃と雄叫びだ。コッパが慌てて「下がれ下がれ!」と手でマナを押し返した。

「それはオイラが渡してくる」

 コッパはマナの手から羊の油を受け取り、鷹の近くの地面に置いて戻ってきた。鷹はふわりと浮き、羊の油を取ってまた尾翼の上へともどった。

「油のお礼に、谷を出るまで守ってくれるとさ。だから帰れって」


 いきなりやってきた見ず知らずの人間に灯を分けるより、自分の子供の方が大事なのは当然。マナは肩を落として、ジョウ達と共にパンサーに向かった。

 鷹は上空を少し遅れてついてきている。まるで連行されているような気分だ。


 パンサーの所までやってくると、鷹は地面に下りてきた。コッパが「えっ?」とつぶやく。

「こいつ、オイラに『背中に乗れ』って言ってる」


「え、どうして?」

「さあ……」

 コッパもマナと同じく、鷹の意図を図りかねているようで動けずにいる。

「どうしても嫌ならいいって言ってる。おいマナ、どうする?」


「うーん、乗ってあげて」

 マナがそう言うとコッパは鷹の背中にしがみついた。鷹はすぐに飛び立ち、パンサーの上空を旋廻し始めた。


「ついてこいって!」

「よし!」

 そう言ってパンサーに飛び込んだのはリズ。マナとジョウも急いで乗り込む。ボシュン! とエンジンのかかる音が鳴り、パンサーは飛び立った。


「うひゃああっ!」

 コッパの叫び声。鷹がすさまじいスピードで飛んでいく。パンサーも後に続いて加速する。

 目前にとらえたと思うと、鷹は左に急旋回。それを追ってリズも大きく舵を切る。


「どういうこと? どこに行くの?」

 揺れる機内でマナは大きな声を出した。

「知らないよ。コッパがつかまってるんだから、取りあえずついていくしかないだろ!」


 急上昇から急降下。そして右旋回。また上昇したかと思うと、左旋回しながら若干下降し、また急上昇。そして宙返り。すごいアクロバット飛行だ。

 他のパイロットはたどり着くこともできない場所で、こんな危なっかしい運転を惜しげもなくするとは。本物の天才と言ったらいいのか、無鉄砲と言ったらいいのか。来る時はあんなに慎重だったのに。


 バン! と大きな音が響き、がくりと揺れたかと思うと、パンサーは失速して一気に下降し始めた。

「えぇっ? なになになになに?!」

 マナが声を張り上げると、リズも張り上げ返す。

「エンジントラブルだ! 大丈夫。今持ち直してゆっくり降りるから」


 バン! ともう一度大きな音。反対のエンジンだ。

「ええっ! 落っこちる!」

「落ちないよ! 滑空して降りるから平気。黙ってな」

 リズに叱られてマナは口をつぐんだ。墜落はしないようだが、ここは谷のど真ん中。底に下りたらどうやって登るのだろう。マナ達は何の装備も持っていない。


「おいリズ、無理しすぎたんじないのか?」

 ジョウがそう言うとリズは少し間を置いた。

「……この程度でまいるほどヤワな子じゃないはずだけどね」


「おーい!」

 コッパの声が聞こえ、リズが窓を開いた。鷹がパンサーのすぐ隣を飛んでいる。

「二時の方角に進んで降りろってさ」


 鷹の誘導通りに谷底に降下。比較的平らな場所にパンサーはゆっくりと着陸した。すぐにジョウとリズが降りて、エンジンを調べる。二人に続いてそっと外に出たマナに、コッパがかけよってきた。

「いやー、オイラもう、死ぬかと思った」

「コッパは落っこちても平気でしょ」

じゃない。マナ達がだ。鷹のやつも心配してたよ」



 リズが後ろからマナの肩を叩いた。

「マナ、見てくれ」

 リズがマナに見せたのは、焦げた布の切れ端だった。

「エンジン内の部品にこれが噛ませてあった。壊れるようにわざとね。犯人が誰かは、心当たりがある」

「直せるの?」

 リズはパンサーの方を顎でさした。ジョウがエンジンに手を突っ込んでいじっている。


「あの子がアーマー職人で助かったよ。たまたま使える部品を持ってたからね。コーラドまでならエンジンはもつ。でも、ここは風もないし木もまばらに生えてて邪魔だ。飛び立つのは難しい」


「えっ? ひょっとして、帰れない?」

 リズはため息交じりに「どうだろうね」と言うと、黙ってしまった。


 するとそこに、鷹が舞ってきた。コッパがすぐに近付く。

「おいリズ。こいつ、お前の事を褒めてるぞ」

「え?」


「よく風を読んでるって。それに力強くて、それでいておおらかで。つい本気になってすまないって」

 リズはにっこり笑った。

「パンサーが壊れたのはあんたのせいじゃないよ。あたしも楽しかった。ありがとうって伝えてくれ」

 コッパがそれを伝えると、鷹は飛び上がった。


「向こうの枯れ木の根元に、乾いた枝をたくさん集めろって。雷で燃やして上昇気流を作るから、それで飛び立てるようにしてくれるみたいだぞ」

「え、火なんか燃やして大丈夫? 火事になったりしない?」

 マナがそう心配すると、コッパがすぐに鷹とやり取りして教えてくれた。


「あの枯れ木は周りの木から距離も離れてるしこの辺りは空気がシケってて夜には靄も出るから、あれ一本燃えてお終いだって」



 四人で枝を二時間集めまくり、枯れ木全体を枝で埋めるほど積み上げた。そこに鷹が雷を打ち込み、まもなく大きな火が起こった。


「よし。みんなパンサーに乗れ」

 リズに続いて全員乗り込む。すぐにエンジンがかかり、進み始めた。前を鷹が先導してくれている。


 炎の手前でパンサーは浮き上がり、上昇気流に助けられながら谷の上空まで登った。

「よかった。帰れるね」

 口では『よかった』というものの、鷹に灯を分けてもらえなかった悲しみは、マナの心でジンジン響いていた。


「鷹がパンサーの脇に来たよ。何か話してるんじゃないのか?」

 リズがそう言うと、コッパがすぐにマナの肩から飛び降り、窓まで行って外をのぞいた。


「マナ! お前を呼んでるぞ」

 えっ、と言うのも忘れ、マナはとびかかるように窓へくっついた。ガラスを隔てて、手を伸ばせば届くほどの距離を鷹が飛んでいる。


「あいつの名前、パルガヴァーラだって」

「名前教えてくれたの?! リズ、窓開けて!」

 マナはリズが開けてくれた窓から大声で叫んだ。


「パルガヴァーラ! 助けてくれてありがとう。あなたと子どもの幸せを願ってるからね!」


 パルガヴァーラはくるりと回転すると、パンサーから離れてテーブルマウンテンへと帰っていった。

「言い残して行ったぞ。次来る時はと一緒に飛ぼうってさ。また来ていいみたいだ」

「ガンケッチ……そっか、子どもの名前も教えてくれたんだね」


 マナがランプを覗くと、新しく黄色い灯がかけまわっていた。



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