第9話 謎の飛行機、謎の雷撃




 テーブルマウンテンにはもちろん滑走路などない。リズの運転であっても、着陸はさすがに揺れが激しく、マナは降りてからしばらく足の感覚がなかった。膝が震える、なんてレベルは通り越している。上手く足をのばせず、お年寄りのような歩き方になってしまうのだった。


「ぶっははははは!」

 そんなマナを指さして笑うジョウ。

「マナさん、何だよその歩き方! はははは!」


「うるさいなっ! しょうがないでしょ、ジンジンして上手く動かせないんだから」


「悪かったね。さすがにあたしでも、ガタガタの岩肌に穏やかには降りられないからさ。はははは!」

 リズまで笑っている。こっちは、自分は死ぬんじゃないかと命の心配までしたというのに、何がそんなにおかしいのか。


「いいよ二人でそうやって勝手に笑ってれば。コッパ、どこ?!」

 マナの足元で虹色が渦巻いた。

「なんだ、そんなとこにいたの。ねえ、鷹の巣がありそうな……」


「なっははははは」


 こっちを指さして笑っている。マナはげんこつを飛ばしてやった。どうせゲルだから、たいして痛くない。



「コッパ、鷹の巣がありそうな木を探して」

「分かってるよ。マナ、頭貸してくれ」

 マナが手を差し出すと、コッパはするすると登り、頭の上に二本足で立った。


「巣がありそうな高い木は、向こうの方に何本か一塊になって生えてるだけだな。でも、おかしい」


 コッパは地面に飛び降り、顔を横に倒して地面に押し付けた。音を聴いているのだ。

「動物の声がしない」


 マナも改めてあたりを見渡す。パンサーが降りた一角は岩肌がむき出しになっているが、少し離れた所にはまばらに木が生えている。水が溜まっている場所もあり、あちこちに草も生えている。


 様々な生き物がいていいはずだが、確かにコッパの言う通り、あまりにも静かだ。『声』というのは鳴き声だけではない。生き物が生活している時に発するありとあらゆる音全てだ。それがしないという事は……


「鷹はここにはいないって事?」

「うーん、でも、臭いはするんだよ。生き物の」

 いやに真剣なコッパの様子に、マナは黙って次の言葉を待った。


「多分、オイラ達が来る前にこのあたりで何かあったんだ。嫌な、危険な何かがな。だから動物たちは逃げたか、隠れたかしてる。それに、臭いは生き物のだけじゃない。アーマーの臭いがする」

「アーマーの? 私達が乗ってきたパンサーじゃないの?」

「そこまでホヤホヤのじゃない。ここに何日か前からなじんでる感じの臭いだ」


「多分、あたしがさっき見た飛行機だね」


 そう言って、リズが林の奥を指さした。

「着陸する前、操縦席から見えたんだ。林のはずれに飛行機が一機落ちてたよ。まだ新しかったから多分それだろうね。見に行く?」

「よし、オイラが臭いをたどって歩くから、みんなついて来い」

 コッパがすぐに進みだした。ジョウも後に続く。

「えっ、ちょっと待ってよ。鷹を……」

「いい加減しっかり歩きな!」

 リズにいきなりお尻を、パン! とひっぱたかれ、びっくりした拍子にマナはようやく普通に歩けるようになった。





「あたしから言っておいてなんだけど、危険かもしれないよ。恐らく違法航行してた機体だ。コーラドには墜落とか行方不明の情報はいっさいないからね。盗賊だのテロリストだの、殺し屋だの諜報員だの、どんな奴が乗ってたか分からないよ」

 そんなことを話しながらも、リズの歩みには迷いがない。コッパを追い越しそうな勢いでずんずん進んでいく。

 その後ろを遅れないようにジョウが歩いている。

「でもリズさん、このへん飛ばせるのは、あんただけなんだろ?」

「ああ。だから落っこちたんだよ」

「墜落? こんな場所に墜落して大丈夫か?」

「死んでるかもね。機内に死体が転がってるかも」

 そんなことを笑顔で話すリズ。なんだか楽しそうだ。

「言い忘れてたけど、あたしの事はリズでいいよ。敬語で話されるのも苦手だし」



 木々が途切れ、すぐ向こうに飛行機が見えた。パンサーより少し大きく、迷彩柄だ。機首についていたであろうプロペラはなくなり、機体は尾翼の手前で折れ、翼はひしゃげている。


「うわ、ひどい。でも、どうしてこんなところに……」

 前に進もうとしたマナを、リズが手で制止した。

「あたしが見てくる。あんた達三人はそこで待ってな」



 リズが飛行機に向かって行くと、マナは「ねえ」とジョウをつついた。

「リズ、ちょっと楽しそうに見えない?」

「あー、確かにそうだね」

「寂しい人なのかな?」

「寂しい?」


「大酒飲みだし、喧嘩好きだし、家は汚いし。でも飛行機のことはすごくしっかりしてて。やりたいことがあるのに、うまくいかない人なんじゃないかな。だから、たまにもらえる仕事がすごく楽しいんだと思うよ」

「へえ……なるほどね」

 マナはジョウと話しながら、飛行機の中を覗き込むリズを見ていた。身のこなしは軽やかで、生き生きしているように見える。


「霊獣に会って、灯を分けてもらえたら、あの人もちょっと変わるかも。ね、コッパ」

「どうかなあ。オイラにはよく分からないけど、まあ変わるかもな。でも、本人が変わっても、もう散々コーラドの奴らに嫌われてるみたいだから、すぐに元に戻るような気もするけど」

 コッパはそう言うとマナの肩まで登ってきた。「肩凝るから頭にして」と言われて、頭に手を引っかける。そうこうしているうちにリズが戻ってきた。


「死体はなかったよ。記録ケースと無線機が無くなってるから、まあ墜落時は生きてたんだろうね。これで違法航行ほぼ確定だ。生きてる無線機を使ってるのに、コーラドに連絡してないって事だからね」

「マジか」とつぶやくジョウ。

「マナさん、どうするよ。ひょっとしたらこの辺、盗賊とかいるかもよ? 帰った方がいいんじゃないの?」


「うーん、でもコッパが生き物の声はしないって言ってたし、この辺りに人間はいないはずだよ」

 コッパがマナの頭の上でうなずく。

「間違いなく、いないな。人間がいるなら、ここまで静かにはならない。オイラの鼻も耳も、お前らの千倍はいいぞ」

「じゃあ、ちょっと巣を探す? もし途中で危なそうだったら、すぐ……」

 ジョウが喋っているまさにその時だった。


 バアァン! と、辺りの空気がまるごと吹き飛ぶようなものすごい破裂音。それに撒き上がる岩のかけらと砂埃、地面の振動。こだまが鳴り響く中マナが叫び声を上げて頭を隠すと同時に、リズがマナの背中を押した。

「そこの岩陰に飛び込め!」


 四人とも慌てて岩の裏にかけこんだ。リズがマナとジョウの頭を押さえ、かがませる。


「連合国軍の兵器じゃないな。火の手も上がらない。一体何だ? どこから……」


「今のは警告だ。オイラが行く」

 そう言ってコッパが岩を登り、尻尾をピンと伸ばした。

「警告?」

「ああ。さすがだなリズ。あれは人間の兵器じゃない。雷だ」


 マナは頭をパッとあげた。

「雷? それって……」

「いるな。降りてくる。臭いもしてきたぞ」

 マナとジョウはそっと岩から顔をのぞかせた。

「どこ?」

 コッパがマナに指さして見せた。

「飛行機の尾翼の上だ。よく見てみろ」


 マナとジョウ、リズの視線が、墜落した飛行機の尾翼に集中する。すると尾翼の真上から、パチパチと閃光をちらしながら、ふわりと一羽の鷹が降りてきた。



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