第8話 テーブルマウンテンへ発進
コッパを含め四人で航空母艦内にある貸し格納庫に向かった。
航空母艦はツタやコケだらけな外見からの印象とは違い、艦内はカラッと乾燥していた。格子で仕切られたスペースに色々なタイプの航空機が並んでおり、ジョウはあっちこっち首を振りながらそれを眺めている。
ジョウの反対を押し切ったマナだが、やはり不安はあった。飛行機は見せてもらう、とリズの家で言った時に、ジョウが「いいや、帰る」と押し切れば仕方ないと諦められたが、予想に反してジョウは乗ってきてしまった。もうジョウに任せるしかない。
「ここだ。入りな」
三人が入ると、リズは格納庫の明かりをつけた。照らし出されたのは、人が三人乗ればいっぱいになってしまうような小型機だ。両主翼に一機ずつプロペラがついている。
「おおっ!」と感嘆の声を上げ、ジョウが駆け寄っていった。
「すげえ、二重反転式か!」
「何だよ、あんた詳しいな」
そう言ってリズは嬉しそうに笑った。
「これターボプロップ? 最高どこまで出る?」
「800までいけるよ」
「うわーマジかよ。プロペラでそこまで速度出るのか」
マニアックな話でジョウとリズが盛り上がる。内容はどうやら速度のことらしい。マナにとっては速さなんかより安全の方が気になるのだが。
「ねえジョウくん、どう? オンボロじゃない?」
「え? ああ、少なくとも外側は綺麗だな」
「家とは違うからね。見たきゃエンジンの中も見せるよ」
リズが得意げな笑顔を見せながら、機体に登った。
そこからはジョウとリズが意気投合。リズの愛機「
ジョウの様子を見る限り、機体に特段不安要素はないようだ。マナもようやく腹を決め、リズに任せることにした。
*
カタパルトまで運搬されるパンサーと一緒に、全員で甲板に出た。空は晴れ渡っているし、風も強くはない。
古代人が建造した超巨大航空母艦の設備ををほとんどそのまま空港として利用しているコーラド。「甲板」なんて表現では違和感を覚えるほど広い。端は地平線のように感じられる。
カタパルトは数え切れないほど設置され、通常の滑走路だけでなく斜めに上り坂になっている滑走路もある。そこから三角翼の高速機や単発プロペラの小型機から、ジェットエンジンを積んだ大型輸送機まで、ありとあらゆる飛行機が絶え間なく飛び立ったり着陸したりしている。
滑走路から少し離れた、高層ビルと言っても差し支えない管制塔を見ると、窓の向こうでイヤホン型マイクをつけた職員やパイロット、客室乗務員のシルエットが、せわしなく動いているのが見える。
「さて、お二人さん、一旦建物に入るよ」
リズはそう言って、パンサーに背を向け、スタスタ歩き出した。マナが追いかけながら聞く。
「どうして? もう飛行機の準備できてるんじゃ」
「天候とか航路とか説明されなくても平気なの? パンサーはエンジンまでチェックしたのに、案外ずさんだね。飛行機がいくらよくたって、嵐の中突っ込んだら落ちるよ?」
ギクッとするマナ。確かにその通りだ。だが、説明を受けても自分にはよく分からないだろう。隣のジョウをつっついた。
「ジョウくん、説明もチェックしてね」
「え? 俺、航路のことなんか分からないよ。ここに住んでる人じゃなきゃ」
「えっ、そうなの?」
マナの頬をコッパがつねった。
「おいマナ、説明してくれるだけマシだろ」
「まあ、それは分かってるけど……」
「おい、そこのクズ!」
すれ違いざまにそんな暴言を吐かれ、驚いてそちらを見るとローゲンだった。マナ達とは反対に、別のカタパルトにある自分の飛行機に向かうらしい。
攻撃の矛先が向けられているリズは無視して歩いていく。ローゲンはリズの背中に向けて続けた。
「聞こえてるだろ穀潰し! てめーなんかドーナツ谷に落ちろ! そのまま死ね!」
マナとジョウは急ぎ足でリズに追いついた。コッパがマナの耳元でささやく。
「よかったな。アイツにしなくて」
「うん」
「最低だろ?」
リズが前を向いたままそう言った。
「あたしに死ねなんて勝手に言ってりゃいいけど、客はあんたらだもんな。あたしが落ちたらあんたらも死ぬのに、平気であんな事言いやがって」
「まあ確かに」
軽い声色。ジョウはあまり気にしていないらしい。
「パイロットのくせに、あんないい飛行機に落ちろなんて、俺ならとても言えねえしな」
リズの愛機C-パンサーをジョウも相当気に入っている。だがリズの方は、パンサーの事には無反応で小さくこぼした。
「あたしはあのガキのフライトが大嫌いなんだ。あいつは飛ぶってことがどんなことか、何にも分かっちゃいない」
リズによる航路の説明は、マナとジョウの知識不足のため、一方的な授業となった。今日の気候や現地の地形を踏まえ、南から直接ドーナツ谷に入るのではなく、西から回り込む必要があるらしい。
マナとジョウはそれを「ふむふむ」とただ聞いているだけだったが、リズは最後まで丁寧に説明し通してくれた。
「ドーナツ谷のテーブルマウンテンにいられるのは、四時間が限度だね。それ以上いたけりゃ、向こうで一晩明かすしかない」
「なるほど。今日中に帰って来るよな? マナさん」
「うん……」とジョウに返事をしながらも、煮え切らない。
「向こうに泊まるつもりはないけど、鷹を見つけるまでは……」
リズがビシッっと「四時間だ」と言った。
「もともと、あたしのパンサーには三人分がキャンプするための寝具だの食料だのは積めないからね」
コッパが一言「四人だよ!」と付け加えた。
「いずれにしろ、四時間で見つからなきゃ、また明日もう一度ってことになる。まあ、あたしは見てのとおりヒマだから、気が済むまで付き合ってあげるよ」
いよいよドーナツ谷に出発だ。全員パンサーに乗り込む。中は外から見るよりさらに狭く、マナとジョウが体をかがめてお互いくっつかないといけない程だった。
「パラシュートは背負ったね? フライト中、あたしの指示は絶対だ。口を閉じろと言ったら閉じる。飛び降りろと言ったら飛び降りる」
「はい」と二人が答えた。
リズは「一人足りないぞ!」と怒鳴った。コッパが慌てて「はい」と答える。
「次は扉の開け閉めの練習だ。もしもの時はあたしの指示で開けるんだよ」
リズの指示をマナとジョウは黙って一つ一つこなす。緊張してきた。
「よし、これからエンジンをかける。その後カタパルトで一気に前進するから、どこかにつかまってな」
ボシュン! と大きな蒸気の音が鳴り、機体が揺れ始めた。
*
飛行機が大好きなジョウだが、実際に乗ったのはこれが初めてだった。空にのぼると、コーラドが一望できる。七隻の古代空母は、空から見ると一つ一つ微妙に仕様が違い、滑走路の向きや長さは様々だ。
一番遠い空母の上に、おそらく全長三百メートルを超えるであろう大きな飛行機が見える。縦に細長い機体全体が、そのまま翼になっている。
「なあリズさん、一番奥のでっかい飛行機は何? 貨物船?」
「いや、あれは陸軍の二十七式大型航空戦艦。通称『デメバード』だよ」
「陸軍の戦艦?! てことは新型か。今まで海軍の『ゲインマスク』が一番大きかったはずだけど、それより比べ物にならない程大きいな」
「そうだね。今はお互い、新設される空軍における主導権を狙ってるから、アピールとして競い合ってるんだよ。デメバードはあと五隻も作ってるらしい」
ジョウは望遠鏡を取り出し、もう一度デメバードに目をやった。砲台は軽く見積もっても二十門はある。
「すげえなあ……」
そう漏らしたジョウにリズは「いいや」と返してきた。
「あれはゴミだ。対空兵器の対策は少ないし、そのくせ装甲は薄い。それに、陸上の平地にしか降りられない。あれに積む小型機の開発も、遅れてるどころか完成のめどが立ってないときてる」
さすが、元軍人だけあって詳しい。
「じゃあ何のために作ったんだよ」
「だからアピールだよ。あれだけの大型機を作る技術があるんだっていう」
「そうなのか……」
「なあ、そんなことよりあんた達は何のために鷹を見に行くんだ?」
リズに質問されて、話題においてけぼりになっていたマナがやっと口を開いた。
「仲良くなりたいの。絆を結んで、灯を分けてもらうんだ」
「灯?」
「命の炎だよ」
「……へえ」
リズはいまいちピンと来ていない様子だ。それで興味を失ったらしく、この話題をさっさと切り上げてしまった。
「ここから少し揺れるよ。つかまってな」
テーブルマウンテンに近づいてくると、リズの動作が鋭くなってきた。レバーを動かし、ボタンを押し、舵を切り。
スピードは速いが、一つ一つを実に丁寧に扱っている。
パンサーは風を乗り越え、もぐり、切り裂き、くぐり抜け、上下左右に緩やかに揺れながらテーブルマウンテン上空までやってきた。
「来る前にも言ったけど、一度通り抜けるよ。角度を変えて再度突入、着陸する」
リズはそう言った後小さく「ん?」と呟きながら、窓からテーブルマウンテンを覗き込んだ。
ジョウはそれが気になり、いったい何か聞こうかと思ったものの、すぐにリズが着陸のために機首を上げたため、後回しにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます