第7話 天才パイロット、リズの元へ




 女が去って静かになった店内で、マナは店の主人オリヴァに、さっきの女の事を聞いていた。


「あの子はリズって言うんだよ。父親がパイロットで、本人も十歳で飛行機に乗り始めたんだけどね。そりゃあもう、天才的に上手くて」

 オリヴァは普段からリズのことを気にかけて心配しているらしく、口調がどこか寂しげだ。


「十三歳でパイロットとして軍隊に入って、史上最年少で大尉になってね。十五になる頃には少佐になって、新人パイロットの教育を任されたらしいよ。でも、そんな若くして出世したら、妬まれるわけ。色々あったらしくて、十七の時に除隊して故郷のこの街に帰ってきたんだよ。業績があるから年金をもらえて、それで毎日飲んで歩いてるのさ。あとは気まぐれで飛んだりね。あんな風だから、今はパイロットとしての仕事はほとんどしてないんじゃないのかねえ。そんな生活をもう何年も……」


「そうなんですか。彼女は、オリヴァさんからしてどうですか? パイロットとして。もし私がリズさんに仕事を頼みたいって言ったら……」

 オリヴァは「うーん」とうなった後「わたしゃ飛行機のことは何も知らないけど」と前置きしてから、話してくれた。


「天才であることは確かだろうね。それに、あの子は飛行機に関して嘘は言わないよ。他のパイロットが行きたがらないのも確かだから、もしドーナツ谷に行きたいなら、リズしかいない……ってことなんじゃないかねえ」




                *




「なあマナ、ホントに行くのかよ」

 コッパは朝から何度も同じことを聞いている。

「昨日オリヴァさんが言ってたでしょ。『リズしかいない』って」

「『自分は素人だ』とも言ってたじゃん」

「でも、他のパイロットはみんな『無理』って言ってたよ」


 マナは名刺を何度もクルクル回しながら、コッパとジョウを連れて街を歩き回っている。もちろんリズの家に行こうとしているのだが、なかなかたどり着けない。


 後ろを黙って歩いていたジョウは、ファルココでマナが道を間違えたことを思い出していた。

「マナさん、このまま進むとさっきの場所に戻るよ?」

「え、ウソ? 戻らないよ。だって……」

 マナは先の十字路を指さした。

「私達、さっき左から来て……」


「違う! あそこはまっすぐ来たんだよ。ちょっと名刺貸して!」

 ジョウはマナから名刺をむしり取り、住所を確認した。ここからだと、出てきた宿をはさんで反対方向だ。

 この人に任せていてはたどり着けない。

「こっちだよ。ついて来て」



 この街の上空は飛行機が飛び交っている。宿でも真夜中までプロペラやエンジンの音が聞こえていた。

 空を見上げると、ブーメランのような形をした全翼機や、龍を思わせるシルエットのタンデム翼機、ローターを三機積んだ大型ヘリと、あらゆる航空機を見ることができる。ジョウにとっては夢のような街だ。

 そして、これから向かうのは、天才パイロットの家。上手くいけば、彼女の操縦する飛行機で飛べるのだ。

 ……セクシーな美人だった。




 名刺に書いてあった住所にあったのは、とても人が住んでいるとは思えないボロボロの家だった。窓ガラスは割れ、中にはゴミや倒れた家具が散乱している。

 ジョウはマナとコッパが見守る中、ドアをノックした。だが、誰も出てくる気配はない。もう一度ノック。だが、誰も出てこない。


 三度目のノックをしようとした瞬間、急に扉が開き、ジョウを弾き飛ばした。

「一回叩きゃ聞こえるってんだよ。うるさいな」


 リズだ。昨晩と同じ格好をしている。

「ああ、あんた達か。入りな」


 ジョウとマナは、テーブルの席に座らされた。見た所、この家には他に人が座れるところがない。部屋も廊下も、ゴミや物だらけだ。流しも洗っていない食器でいっぱいになっている。


「ドーナツ谷中央のテーブルマウンテンだったよね?」

 リズは冷蔵庫から牛乳パックを取り出すと、口に押し付けて飲み始めた。


「そう……なんですけど……」

 マナはテーブルに手を置きかけ、膝に戻した。何となく汚い気がする、という事だろう。気持ちはジョウにも分かる。


「あんなとこに行ってどうすんの? 別に何もないでしょ?」

 冷蔵庫にもたれながらそう聞くリズ。昨晩それを聞いたローゲンには悪口を言っていたのに。


「あそこには、雷を身にまとって天を翔る鷹がいるの。その鷹に会いたくて」

 自分で聞いたにも関わらず、リズはマナにお尻を向けて床のあたりをゴソゴソ探っている。こっちを見もせずに、どうでもいいような雰囲気で「へえ、なるほどね」と返してきた。霊獣には興味がないのか、ウソだと思っているのか。

 リズはリンゴを手に取って体を起こした。すぐに一口かじり、噛みながら話を続ける。


「本当にそんな鷹がいるなら、あたしも見てみたいね。で、いつ行くの?」

「えっと、遅いよりは、早い方が……」

「だろうね。シャワー浴びてくるから待ってな。あ、牛乳飲む?」

 口を付けた牛乳パックを向けられ、マナはひらひらと手を横に振った。続けて向けられたジョウも手を横に振る。

「リンゴは?」

 リズが一口かじったリンゴを差し出すと、テーブルの上に虹色が渦巻いた。


「オイラにくれ」


 リズはコッパを見て、驚いたのか何なのかよく分からない表情の揺れを見せた後、「ほら」とリンゴを放った。

 シャクッとリンゴをかじるコッパを少し無言で眺めてから、リズはシャワーを浴びに行った。



「マナさん……今のうちに帰る、とかはナシ?」

 ジョウは静かにそう聞いた。美人でちょっとセクシーなパイロットは最高だが、こんな家といい加減な態度を見せられると、さすがに不安だ。


「うーん、もう少し様子を見て……」

「だけどさ、三輪車乗るわけじゃないんだよ? 飛行機だ。もし落っこちたら、まず死ぬしかない。それを運転するのがじゃ。なあコッパ」

 コッパはゴクリとリンゴを飲み込んだ。

「まあ、オイラは落下したくらいじゃ死なないから、マナとジョウがいいならいいよ」


 ゲルカメレオンはその名の通り、体をゲル状にすることができる。だから落ちても叩かれてもへっちゃらというわけだ。随分余裕な雰囲気だと思ったら、そういうことか。


「飛行機は見せてもらおうよ。その時ジョウ君、調べてみて。飛行機がきちんとしてるかどうか。それで危なそうだったら、キッパリ断ろう」

 マナにそう任されたジョウは、一目見て断るしかないほど飛行機がオンボロであることを願った。



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