第二章 航空母艦都市コーラドと、秘境の守人、雷撃の鷹パルガヴァーラ

第6話 コーラド到着。パイロットの大喧嘩




 航空母艦都市コーラド。陸に打ち捨てられた、全長二キロを超える古代の超巨大空母七隻が形作る街だ。

 空母についている滑走路やカタパルトを再利用し、七隻の空母に七つの空港が作られている航空機の街でもある。


「きっと、世界中から飛行機が集まってくるんだろうね。それに、コーラドからも世界中に飛行機が飛んで行って……」

 揺れる車の後ろからマナがそう言うと、ジョウは「どうかな」と説明を続けた。


「まだ航空機が着陸できる空港は世界にもほとんどないからな。ここ連合国ですら、民間が使えるきちんとした空港はまだ数えるほどしかない」


 車がガタンと揺れ、マナが「きゃっ」と小さく叫ぶ。

「ねえジョウ君、もうちょっとスピード落とせない?」

「ごめん、無理。日暮れまでにこの山越えて、今日中にコーラドに着きたいから」


 きっぱり断られてしまった。ファルココからここ、コーラド近郊まで一緒に旅をしてきて分かったが、ジョウは人の意見を基本受け入れない。自分に考えがあるときはそれが優先なのだ。

 意見を聞いてもらえないマナが何度かふてくされて見せたことによって譲ることも覚えたものの、後で必ず反動がくる。

 今朝マナの「朝ご飯はパンがいい」という意見に譲ったため、今日一日はもうジョウはマナの意見を聞いてはくれないだろう。



「今、世界って航空機時代なんでしょ?」

「うん。三十年前に古代の設計図が次々発掘されて、一気に研究が進んだからな。それまで現代人は気球しか作れなかったのに、三十年の間にジェットエンジンまで作っちまって。でも、航空機自体の研究は進んだけど、必要な施設とか制度設計はまともにされてこなかったから……あっ、左見ろ!」


 ジョウが叫んだためマナも反射的に左を向く。木々の隙間から、巨大な船が見えてきた。


 霞がかかってはっきりとは見えないものの、船体はツタなどの緑の他、現代人が建造した新しい建物が、こびりつくように覆っている。

 間違いなく、あれが航空母艦都市コーラドだ。


「マナさん、雷雲の鷹ってどこにいるの?」

「コーラドから北に少し離れた所に、ドーナツ型の谷があるの。その中央のテーブルマウンテンに住んでるみたい。谷は深さ最大二百メートル、傾斜は九十度を超えてえぐれてるから、飛行機じゃないと行けないの。まずはコーラドで、そこまで連れて行ってくれるパイロットを探さないと」




                *




 コーラドに着き、まずは宿の手配。続いて、宿の主人に紹介してもらったバーにマナとジョウ、そしてコッパで向かった。

 マナは十五歳のジョウがついてくることを拒んだものの、やはり「行く」と聞かなかった。



「オイ、今日のフライト上手く行ったのか?」

「いかねえよ! 依頼人がど素人の癖に、あれこれ指図するヤツだったからな!」


「で、左に振りきれば……」

「はあ? そこは先に機首持ち上げなきゃダメだろ」


 お客はこの街のパイロットや整備士たち。おしゃべりも飛行機の話ばかりだ。

 ここで依頼を受けてくれるパイロットを探す。きちんとした紹介所もあるが、直接契約の方が安上がりなのだ。



 ここは、バーと言うより大衆居酒屋のような雰囲気だ。ジョウはこういう場所に来るのが初めてらしく、表情はどことなく緊張しているように見える。

「ジョウ君、ここ食べ物もたくさんあるから、好きな物たのみなよ。依頼交渉は私がするから」

「あ……うん」

「ジョウ、リンゴ入ってるヤツあったらたのんでくれ」

 コッパだ。透明になって姿を消している。


「お姉さん、パイロット探してるの?」

 隣のテーブルにいる、長髪でガタイのいい若い男が、マナの方へ椅子を傾けてきた。筋肉質の体で、着ている白いTシャツがはちきれそう。さらに、自信に満ち溢れた表情から、パッと見ただけで人気パイロットらしいことが分かる。


 奥の男たちが、その彼を指さして言う。

「コイツお薦めだよ。『神速のローゲン』って通り名まであるからな。コイツにまかしときゃどこでもひとっ飛びだよ!」

 マナが笑顔で応じる。

「そうなの? ローゲン、私達ドーナツ谷のテーブルマウンテンに行きたいんだけど」


「え?」とパイロットたちがざわついた。

「お姉さん、あそこは……」


 ローゲンが言いかけた所でバン! と店の扉が乱暴に開いた。入ってきたのは若い女だ。

 黒いタンクトップにツナギのようにゆるいズボンをはいている。褐色の肌に、短い銀髪。タンクトップが小さいため、胸の谷間やおへそが見えている。

 マナの他はパイロットや整備士の男達しかいない店内においては、異彩を放っていた。

 だが、どういうわけか男たちは一瞥しただけで全員、彼女から目を逸らせた。


 マナはチラリとジョウを見た。スタイルが良く露出度が高い彼女が気になるらしく「見たい」「いやいや」と葛藤しながら、キョロキョロ視線を泳がせて、何度も彼女を見ている。

 年頃の男の子らしく、微笑ましい。


「お姉さん、北のドーナツ谷の周辺はね」

 ローゲンの声でマナはハッと意識を戻した。

「空気がモロいし、風が読みづらいんだよ。あそこで飛行機を飛ばすのは無理だね」


「え……じゃあ、谷の真ん中のテーブルマウンテンにはどうやって行ったら」

「あそこは行けないよ」と男たちが口々に言う。

「行くとしたら、巨大な橋でも架けなきゃな。とにかく飛行機を飛ばすのは無理だ」




「そりゃあ、アンタには無理だろうね」




 ローゲンに歩み寄ってきてそう言ったのは、あの若い女だった。高めの身長のイメージ通り、太くて低めの声。


「そのへんの雑魚に『神速』なんてチヤホヤされて、いい気になってる井戸のカエルちゃんには」

 喋ると息がとてつもなく酒臭い。もう相当飲んでいるらしく、身のこなしもフワフワとしている。

 ローゲンは彼女をあからさまに無視して、マナに話を続けた。


「お姉さん、あんな場所に行ったって仕方ないだろ。なんにもないただの台地だよ」

「ハッ!」

 マナが返事をする隙も無く、女が挑発した。

「客が行きたい場所に文句つけるとはね。どうしようもない自己満パイロットだな」


 ローゲンは舌打ちして言い返した。

「いい加減にしろよこの穀潰しが! お前なんかろくに仕事もしないで酒飲むだけの能無しだろうが!」


 女は「へえ」と一言残し、踵を返した。

 ところが次の瞬間、振り返りながらローゲンを殴り飛ばした。店内にテーブルや瓶が倒れる衝撃音と、驚いたマナの叫び声が響く。

 ローゲンが「このクズ女が!」と女に殴りかかり、そこにローゲンの仲間も加わって、殴り合いの喧嘩が始まった。


 マナ達はどうすることもできず、呆然と眺めるのみ。

 店員が「おかみさん!」と大声を上げて店の主人を呼ぶと、階段からどたどたと恰幅の良い中年女性が降りてきた。


「あの子ったら、また……!」

 主人はフライパンを取り出してガンガンと叩く。しかし、ローゲン達の怒号にかき消されてしまった。すると今度はスカートの左右のポケットに手を突っ込むと、二丁の銃を取り出した。


 ズガァアアン! と耳をつんざくような銃声が鳴り響き、さすがに驚いたローゲン達が顔を上げた瞬間、二発目、さらに三発目と続いた。


「これ以上うちで暴れる奴は皆殺しだよ!」




 ローゲン達が出て行くと、主人は倒れている女を引き起こした。

「リズ、いい加減にしな。ほら鼻血まで出てるじゃないか」


 主人がかざした手を、女は鬱陶しそうに払いのけると、カウンターに行き「おい」と店員を呼んだ。

「バーボン」

「今日はもうやめときな!」

 背中から注意してきた主人に顔もむけず、女は舌打ちしてカウンターテーブルを叩くと、マナ達の方に歩いてきた。


「あんた達、ドーナツ谷のテーブルマウンテンに行きたいんだね? あたしが連れて行ってやるよ」


 マナは返事に困った。今目の前にいるのは、ベロベロに酔って他のパイロットに喧嘩をふっかけた女だ。


「あそこで飛行機を飛ばせるのはあたしだけだ。まあ、その気になったらここに来い」

 そう言って女はくしゃくしゃの名刺をマナの前に置き、店を出て行った。



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