第62話 ヒビカとの別れ
「お嬢ちゃん、おはよう。朝の買い物かい?」
「えっ……は、はい」
カンザは朝から街に繰り出し、街の女の子を口説いていた。
「朝食は済ませたかい?」
「いえ、まだ……」
「俺はこの街に来たばかりでいい店を知らないんだ。ゆったり食べられるとこを紹介してくれねえか?」
「あ……紹介するだけなら」
乗ってくれた女の子と一緒にカンザが街を歩いていると、薬局から出てくるヒビカを見つけた。
「お? 何だよ、お前さんこんなところで何してんだ?」
普段なら「よう」程度で済ませるカンザがわざわざそう聞いたのは、ヒビカがいつもの軍服ではなく、茶色い厚手の大きなジャケットの下にジャージという、見慣れない恰好をしていたからだった。剣も持っていない。
「なんでそんな服着てるんだ? 昨日の夜は何してた?」
「カンザか。朝から女性を口説いて回るとは、楽しそうだな」
「お得意の毒づきも、何となくキレが悪いな。何かあったのか?」
「お前に話すことはない」
そう言い残してさっさと行ってしまうヒビカを、カンザは無言で見送った。
「……さ、お嬢ちゃん、行こうか」
*
「あ、ヒビカさぁーん!」
パンサーに向けて歩いてくるヒビカに、ヤーニンがいち早く気付き、手を振った。他のメンバーも、ヒビカの服装に疑問を持ちながらも軽く手を振る。ヒビカはゴミをまとめていたマナのところまで歩いてきた。
「昨日は帰って来られずにすまなかった。少し状況が変わってな。私はお前の護衛を続けられなくなった」
「えっ?」
「ジョイス、シンシア、ヤーニン!」
マナに何か質問されるより早く、ヒビカは三人を呼んだ。覚悟を決めて整列した三人にヒビカが言ったのは
「お前たち、犯罪行為から足を洗うか?」
「……は? えっと、処刑されるんじゃ」
首を切るジェスチャーをしながらジョイスがそう聞くと、ヒビカは苛立ったように声を大きくした。
「洗うのか、洗わないのか!」
「あっ、洗います! おい、あんた達も」
ジョイスが促し、シンシアとヤーニンも「洗います」と返事。
「そうか。更生は簡単ではないだろうが、頑張れよ。名前を変えて、陸軍に見つからないよう気を付けろ。だが、次にお前たちが犯罪を犯したら、今度こそは容赦しないぞ」
「え? ……じゃあ、あたしらは」
「どこへでも行け」
ヤーニンが「うわあっ!」と満面の笑みでジョイスに抱き着いた。ジョイスとシンシアは突然の釈放にぽかんとしている。
「リズ、どこだ?」
ヒビカが次にリズを呼ぶと、パンサーの中からリズが出てきた。「何ですか?」と少々不思議そうに聞く。
「二人だけで話がしたい」
他のみんなから離れ、湖の港にある倉庫の近くまで歩いてきた。風が吹いているが、ここは湖だ。海と違って風が軽く、心地よい。
「二人きりで話すのは、初めてかもしれないな」
「そうですね」
「霊獣のマンモスとは会えたのか?」
「はい」
「そうか。よかったな」
ヒビカは船がいない桟橋を選び、先の小さな灯台に背中をもたれた。
「オッカで再会する前にお前と最後に会ったのは、確かこの街だったな。除隊した後はどこにいた?」
「えっ?」とリズが驚く。
「故郷のコーラドにいましたけど……ヒビカさん、あたしの事覚えてたんですか?」
ヒビカはリズがここで訓練を受けている時期に、何度か会ったことがあった。友達というわけではなく、知り合いとも言い難いが、面識はあったのだ。
「当たり前だ。お前は私より先に少佐になった女の軍人、そして陸海軍合わせても随一の天才パイロットだ。忘れるはずがないだろう」
「いやー、ヒビカさんはパイロットの訓練受けてませんでしたから、あたしの事なんて覚えてないと思ってました。それにしても、今更すぎますって。もっと早くに言ってくださいよ」
リズはそう言いながら軽く笑った。
「すまなかった。今更ついでだが、敬語は要らないぞ。お前は私より一つ上だろう? 入隊したのも、お前の方が早かったはずだ」
「いや、そうですけど、あたしは少佐止まりで除隊して、ヒビカさんは大将ですし……」
「私はもう海軍大将ではない」
「え?」と言いながらも、ヒビカの服装と合わせて考え、納得するリズ。しかし、なぜ? その疑問の答えを、ヒビカは口にしなかった。
「お前たちのこれからが心配だ。リズ、お前は陸軍の行動をどう読む?」
リズは拳を下あごにあてた。
「この先ですか? 陰からランプを奪おうとするんじゃないですかね。諜報員を使ったり、ジョイス達のような外部の人間を雇ったり。最悪、暗殺をたくらむかも」
ヒビカは「うん」とうなずいた。
「おそらくな。だが、今朝の新聞は見たか?」
「いえ」
「ジェミル陸軍元帥が辞任した。後釜は陸軍四将の一角、ハンゾ・タクラだ」
陸軍で元帥に次ぐ実力者四人、陸軍四将。三人の大将の他に、一人、准将がいる。それがハンゾ・タクラだ。リズは驚きのあまり顔をパッと広げた。
「ハンゾ・タクラが?! 准将から一気に元帥なんて……」
「ああ、常識外れだな。間違いなくジェミルの
「分かりました。マナには伝えておきます」
「マナがノーと言っても、お前の運転で安全な場所に連れて行ってやれ」
「はい」
「頼んだぞ」と言ってヒビカはすぐに歩き出した。慌ててリズが引き止める。
「ちょっと! ヒビカさん、どこに行くんですか」
「私は国に帰る。家族で稼ぎがあるのは私だけだ。まずは家族に会って報告する。それから先は……そうだな……家族の様子を見ながら考える。機会があれば、お前達とまた会う事もあるかもしれない。じゃあな」
ヒビカは、言い終ると後ろ向きで手を振り、歩いて行った。
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