第61話 ジョイスの快復記念宴会




 ジョイスの快復祝いと称して、サケカスナマズの鍋を全員で一緒に食べる。ジョイスとシンシア、それにパンクは、道具の買い出しに街へと来ていた。


「十人もいるからね。鍋は二つないと。でも、あいつら長旅なのに二つも鍋あったら邪魔かな?」

「あの飛行機で移動するなら、鍋くらい増えても平気。もし要らないって言ったら、私達がもらえばいい」

 ジョイスとシンシアが鍋を探している間、パンクは少し下がっていた。シンシアに近づく度にジョイスがつっかかってくるので、距離を置いて歩いているのだ。


「おいパンク! あんた、コップ探してきな。使い捨てのヤツ」

 珍しくジョイスが名前を呼んだと思えばコレだ。追い払おうとする。

「ダメだ。お前ら二人だけにできるわけねぇだろ!」

 返事を聞いてジョイスは舌打ち。

「まだあたしらが逃げると思ってんのか。めんどくさい男だな」

『めんどくさい男』『鬱陶しい男』『つまらない男』ジョイスがパンクを形容する言葉は、こんなものばかりだ。パンクの事が心底気に入らないらしい。


 シンシアは、そんな二人の様子が気になっていた。

「ジョイス、テーブルマウンテンの上でパンクと何かあったの?」

「別に」とジョイス。

「癇に障るんだよアイツ。それだけ」




 食材の買い出しは、マナ、リズ、そしてカンザだ。

「鍋にいい肉、何がある?」

 リズがそう聞くと肉屋の主人はパン、と手を合わせた。

「今日はちょうどエリマキホロホロ鳥が入ったんだよ。こんな高級な鶏肉は、この街では滅多にお目にかかれないよ。多分、街中探してもうちだけだね」

「肩肉ある?」

「もちろん! 百グラム二千五百ギンだよ」

「高い。八百」

 肉屋の主人は「ハハハ」と笑った。

「いくらなんでも無茶だよ。二千」

「八百五十」

「えぇ?! うーん、千七百だ!」

「八百六十」

 むっ、と顔をしかめる主人。

「それならハタフリチャボだな。百グラム百ギンだ」

「じゃあいいや。またね」

 そう言ってリズはさっさと歩き出した。


「あ、ちょっと! エリマキホロホロはうちだけだよ! ハタフリチャボも一番安いんだって! 八十にまけてやる!」

 後ろ手を振りながら歩み続けるリズに、マナもカンザも続いた。


 マナは早足でリズの隣にやってきた。

「ねえリズ、よかったの? 『うちだけ』って言ってたよ?」

「いいんだよ。エリマキホロホロの次に激安ハタフリチャボを勧めてくるってのはおかしい。一気に安物になりすぎだ。さしずめ、エリマキホロホロは密猟者から裏ルートで買ったんだろうね。そういうのは鉛弾が入ってたりするからダメだ。肉は他の店で適当に買おう。この先に八百屋があるから、先に野菜を買うよ」


「野菜ね。うーん、白菜かキャベツ入れたいな」

「サケカスナマズなら、キャベツかな。あとサカサニラと、コウギョクショウガも買わないと。あの魚は臭いがキツイからね。その他は好きな物を適当に」

 カンザもリズの隣にやってきた。

「姉ちゃん、あんたなかなか頼りになるじゃねえか。色々よく分かってるし、判断も速いし」


「まあ、あたしは昔、ここで訓練受けてたからね。ヒビカさんはあたしより長くいたはずだから、あの人がいてくれたら一番だったんだけど……」




 ジョウとザハ、ヤーニンはパンサーのそばで、たくさん釣った魚を燻製にしていた。

「なあ、塩漬けにしたり、水抜いたりしなくていいのか?」

「確かに、普通はそうするはずだね」

 ジョウとザハがそう言うと、ヤーニンは得意げに「ふふん」と笑いながら、魚をいぶしている箱の上に、冷気を放つレイピアを突き刺した。


「私達のやり方なら、下処理抜きであっと言う間にできるよ。保存に気を遣えば二月くらいはもつから、旅先で困った時に食べてね」


「それ、冷気アーマーがあれば俺達でもできる?」

「うん。できると思う」

「じゃあ一つ俺が冷気アーマー作ろうかな……」

 ジョウがまじまじとヤーニンのレイピアを見ていると、マナ、リズ、カンザが帰ってきた。



「あんた、本当に協調性ってもんがない男だね。あたしとマナが買い物してる間、通りすがりの女の子を口説くばっかりで、荷物も持ちゃしないなんて」

「だから今は、代わりにお前さん方より大きな荷物を持ってるだろ? 協調性の塊じゃねえか」

「あんたが持ってるその袋は、麩と出汁用のネジウオ節にネクラコンブだろ。一番軽いはずだ。それで協調性とは、よく言ったもんだよ」

 リズはパンサーの中に食材を置き、すぐに奥へ入って包丁とまな板を持ってきた。マナもそれを手伝い、食材の下準備が始まった。


「おいジョウ、ザハ! あんた達も手伝いな」

 リズはどうせ真面目にやらないカンザは初めから省いて、二人を呼びつけた。




               *




 ジョイスとシンシアは使い捨ての皿とコップを持って店を出た。一番重い鍋を持たせて先に出たパンクが見当たらず、またジョイスが悪態をつき始めていた。

「あのヤロ、あたしらを見張るみたいなこと言ってたくせに、鍋持ったままどこ行ったんだよ。無責任で使えない男だな」


 シンシアはあたりを見渡し、少し離れた所にパンクを見つけてジョイスの肩をトントンと叩いた。


 パンクはホームレスと思しき男性に何か紙切れを渡していたが、店から出てきた二人に気付き、すぐやってきた。


「おいあんた、一体何してたんだ」

 睨み付けてそう言ってきたジョイスを、パンクも睨み返す。

「施しだよ。八百ギンの少額小切手」


 フッ、とあざ笑うジョイス。

「そうやっていいことした気持ちに浸って楽しむってわけか、偽善者が。ますます気に入らないね」

 パンクはこの言葉に本気で頭にきたらしく、ジョイスを右手で突き飛ばした。

「いい加減にしろよ! お前に俺のやってること一々文句付ける権利なんてあんのかぁ?! 何様なんだよ!」


 パンクの大声で、街の人々の視線が三人に集まった。ジョイスも流石にきまりが悪かったのか、何も言わずに顔を背けて歩き始めた。シンシアがすぐに追いかけて耳打ちする。


「ジョイス、あんまりパンクを刺激しないで。私達を知ってる人間に見つかって騒ぎになったら、ヒビカさんに迷惑がかかる」

「うるっさい! 分かってるよ。さっさと帰って準備手伝わないといけないから、急ぐよ」

 ジョイスはそう言って歩くスピードを上げた。




                *




 パンクはパンサーまで戻ってきてから、マナの手伝いで、かぶを切っていた。

「マナさん、マンモスと一緒に潜ってからは、どうでした?」

「湖の底まで降りて、少し中を泳いだよ。魚がたくさんいて綺麗だったなあ」

「いいっすねぇ。でも、テーブルマウンテンの上から湖の底まで行くとか、あのマンモスって、どれくらい水に潜ってられるんっすかねぇ」

「エラ呼吸できるんだって」


 野菜を切っている二人を覗き込んだジョウが「あっ!」とパンクのかぶを指さした。

「おいパンク、何やってんだよ! そんなに小さく切ったら、煮崩れてあっという間になくなっちまうだろ。もっと大きく切れよ」

「別に平気だろ? マナさんだって、大根これくらいに切ってんぞォ?」

「かぶは大根よりもすぐ煮崩れちゃうんだよ。お前普段自分で料理しないのか?」

「えっ、マジィ?」


 ジョウとパンクは割と気が合うらしく、すぐに意気投合してくれた。パンクの方が二つ年上だが、ジョウにため口をきかれることに抵抗は全くないらしい。


 ジョウは続いて、パンサーの外で火を焚いているリズに呼びかけた。

「なあ、鍋始めるの、もう少し待ってくれない? ヒビカさんまだ帰ってこないんだよ」

 リズは腕時計を確認。七時半だ。


「随分かかってるね。何かあったのかな……。九時までは待とうか。主役はジョイスだから、それまでに帰って来なかったら、始めさせてもらおう」


 結局、ヒビカは帰って来ず、彼女抜きで食事が始まった。



「さあ、酒飲む奴は誰だー!」

 リズが挙手を促すと、ジョイス達三人、カンザ、それにマナが手を挙げた。すると「なんだよ」とジョウを指さす。

「あんたは飲まないのか」

「えっ」

 戸惑うジョウ。恐らく、ファルココではリズと一緒に酒を飲んでいたのだろう。マナは隣から肘で小突いた。

「ダメだよ。十八歳からだからね(*)」(*連合国の法律)


 乾杯して酒を飲む。カンザが「うーん」とうなった。

「サケカスナマズの搾りたてを飲むのは初めてだが、美味いな。手を加えずともまろやか。けど、少し泥臭いな」

「普通は蒸留するものだからね。搾りたてを飲むのは通だけだ。クセが強い上に、店で買うと高い」

 リズは一気に飲み干し、二杯目を注いでいる。

「お前さん、なかなかいける口だな。キレイで酒が飲める女ってのは最高だ」

「そりゃどうも」



 酒を止められたジョウは、パンクと共に食べるのに精を出している。ジョウの肩に乗っかったコッパも一緒だ。

「これ何だ、白子? うまい。大根も味が染みてるなー」

「ジョウ、それオイラにもくれ」

「サケカスナマズって柔らけぇな。でも味が濃くてキャベツとよく合う」


 マナは隣のシンシアに声をかけた。彼女らしく、おしゃべりもせず静かに食事をしている。

「シンシア、あなた達三人はこれからどうするの?」

「どうするって……どうしてそんなこと聞くの?」

「え……気になって」

「私達は強盗や恐喝、暴行を繰り返して指名手配されてる。処刑されるに決まってる」

「でも、ヒビカさんが何とかしてくれるんじゃない?」

 マナがそう言うとシンシアは眉をひそめた。

「楽天的すぎる」

「ごめんなさい……」

 次の言葉に困っていると、パンクがシンシアに手を差し出した。


「シンシア、もっと食えよ。俺がついでやっから」

「いい。自分でやる」

「遠慮すんな!」

 パンクは「遠慮じゃない」と言うシンシアから皿を取り上げ、鍋の具をたっぷり盛った。「そんなに食べられない」とシンシアが言っても、おかまいなしで押し付けるように渡す。良心からやっているのだろうが、どうにも不器用だ。


「おっし、ここらでいっちょ、芸でも見せるかあ! ヤーニン、立ちな!」

 ジョイスが自分の皿から肉団子を拾い上げた。ヤーニンが「おっけー!」とジョイスから距離を置いて真っすぐ立ち、口を開ける。


 ジョイスが肉団子を放ると、すっぽりとヤーニンの口に入った。それを見てみんな拍手。

「まだまだこんなもんじゃないよ!」


 続いて、ほいっと肉団子を浮かせ、平手でノック。次は手のひらに乗せ、中指で弾く。次は後ろを向いて投げる。さらには、人差し指と薬指で挟んで、それを中指で弾く。それが全部ヤーニンの口にスポスポ入っていく。みんな拍手喝采だ。

 あまり行儀がいいとは言えないが、元気なジョイスを見てシンシアもヤーニンも嬉しそうだった上に、それによって場は盛り上がり楽しい食事になった。それに何より、ジョイス達三人が他のみんなに認められ、受け入れられた。

 たまたま知り合ったみんながマナの旅を通して知り合い、友達になり、お互いを認めて受け入れ合う。マナは幸せに浸りながらみんなと共に鍋をつついた。


 だが、結局夜が更けても、ヒビカは戻って来なかった。



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