第60話 ハウ、という名前




「なぁ、俺のどこがいけねぇんだよ? 軍隊クビになって、稼ぎがねぇことか?」

 パンクがしつこく質問するのをジョイスはイライラしながらただ聞いていた。

「仕事はなんとかして探す! 必要だったらお前らの手助けだって、盗みでも何でもするからさァ!」


「うるっさい! そういう軽いトコが気に喰わないんだよあたしは!」

 ジョイスが声を荒げても、パンクは引き下がらない。

「俺は本気だぜ?! っていうかそもそも、お前が俺を気に入るかどうかなんて、関係ねぇだろ!」

 それを聞いて、ジョイスはパンクの胸倉をひっつかんで睨み付けた。

「ふざけんな。あたしら三人は一心同体なんだよ。シンシアはあたしの一部で、あたしはシンシアの一部だ。好きなヤツが大事にしてる人間を『関係ない』なんて言うあんたに、あたしがシンシアを任せるわけないだろ」


 さすがのパンクも、ぐっと言葉が止まる。ジョイスがパンクを突き飛ばすように手を放した時、マナ達が降りて行った穴の水面がモコモコと揺れ、ノウマが帰ってきた。二人ともそこに走っていく。




 ノウマは鼻を使って、マナ、ジョウ、リズ、ザハの四人を一人ずつ、背中から地面に降ろした。


「素晴らしい! 素晴らしい、素晴らしい!」

「ははは。あんた、ここまで繰り返し感動できるってのは、才能だね。本当に、生まれながらの生物学者って感じだ」

 涙を流し続けているザハをリズが茶化している。やっとザハが望む霊獣との触れ合いを叶えてあげられた。マナにも、今回は久々に充実した幸せな時間だった。


 マナがヘルメットを外すと、ノウマが「プオッ」と鳴き声を上げた。コッパが「ん?」と話を聞く。

「人間に会いに来てもらったのは二度目だと。一度目に会いに来た人間もランプを持ってたそうだ。ってことは多分……」



だ。ノウマ、あなた、ハウには灯をあげなかったの?」

 マナのランプには、すでに新しくピンク色の灯が灯っている。



 ノウマは鼻をマナの頬に寄せた。マナの耳元でふごーっと息を吸い、またふごーっと音を立てて息を吐いた。


「あげなかったらしい。マナ、お前はハウと違って、目の前の相手を素直に慈しんでくれるから灯をあげたんだって」

「え、私が……? ハウは違ったの?」

 マナがそう聞くと、ノウマは答えずに鼻をひっこめた。


「ノウマ、待って。ハウの事もう少し聞かせて」


 ノウマが鼻を持ち上げて振ると、パラパラと雨が降り出した。空は今までどおり、快晴だ。


「ダメだ。教えてくれる気はないみたいだな」

 コッパがマナの耳元で寂しそうに言った。

「教えられなくてごめんって。思い出したくないみたいだ。マナ、左を見てみろ」

 マナだけでなく、全員が左を向いた。テーブルマウンテンの端の方に、鮮やかな虹が現れていた。半円の虹が地面にも映り、わっかになっている。


「いつでも来てくれってさ。時間が経ったら、ハウの事も話せるかもしれないって」




                *




 ジョウは、マナやみんなと共に、湖へと続く穴に消えていくノウマを見送りながら考えていた。さっきマナの口から出てきた『ハウ』という名前は聞き覚えがない。マナがノウマから昔の話を聞きたがったその人とは、一体何者だろう。


 ノウマが見えなくなってすぐ、ジョウはマナに聞いた。

「マナさん、さっき言ってた『ハウ』って誰?」

 マナはくるっとジョウに振り返り、ランプを抱いてにっこりと笑った。


「このランプを私にくれた人。素敵な人だったんだよ」


 そう言うとマナは、ジョウに次の質問をされるのを避けるように、パンサーの方へかけだした。

「今晩は、朝釣ったサケカスナマズでお鍋するんでしょ? 早く帰ろう」


 ザハとジョイスとパンクがマナの後ろを歩いていき、ジョウとリズが残された。マナの方を見つめ続けるリズ。多分、ジョウと考えている事は同じだ。


「リズ、マナさん隠してるよな」

 うなずくリズ。

「隠してるね」

って誰だろう……。俺達、まだマナさんに教えてもらえないんだな」


 リズはジョウの二の腕を軽く叩いて言った。

「聞かないって約束したろ」

「あ、うん。そうだよな……。でも、やっぱりちょっと寂しいよ。お前は寂しくないのか?」

「あたしも寂しいよ。でも、マナに任せる。あんたもそうだろ?」

 ジョウは黙ってうなずいた。

「俺は、マナさんの旅を助けるって決めたからな」


「もし何か辛くなったら、あたしに言いな。一緒に悩んでやるよ」

 リズが笑顔でそう言って背中を押し、ジョウは二人でパンサーへと向かった。



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