第59話 謀略
海軍支部には必ず、元帥専用の執務室がある。ヒビカはその扉の前に立ち、ノックしていた。
「元帥閣下、第七軍大将ヒビカ・メニスフィトです。レポガニスでの一件でご報告が!」
しかし、何度ノックしても返事がない。
「元帥閣下? いらっしゃらないのですか?!」
「騒々しいぞ」
その声は扉の向こうではなく、ヒビカの横から聞こえた。そこにいたのは、会うのはオッカ以来の軍人。ヒビカが最も軽蔑する、セクハラ男だった。
「アサガリ大将殿……。申し訳ありません。元帥閣下に至急のご報告があるので」
「海軍元帥なら、目の前にいるよ」
「……は?」
「私が新元帥だ」
ヒビカの身体から、徐々に血の気が引いていく。
「まさか……ご冗談を。私は聞いておりません」
「当たり前だよ。連絡していない。君はもう軍人ではないのだからね」
ヒビカは何が起こっているのか勘づき始めた。しかし、どうすることもできずただアサガリの話を黙って聞く。
「レポガニスで君は、陸軍のカルラ・ジバ大将を一方的に襲い、けがを負わせたそうだね。止めに入ろうとしたギル=メハード・マグ大将にまで攻撃したとか。さらに、あの街の住人を数え切れないほど殺傷したと」
「な……?! そんな事実はありません! むしろ私が……」
「目撃者が多数いるのだよ。陸軍人の中にね」
「し、しかし……!」
「すでに軍法会議も結審した。君は二週間後、死刑に処される」
ヒビカは声を張り上げた。
「そんな馬鹿な話があるか! 仮に私に容疑をかけるとしても、容疑者抜きで裁判が結審するなど」
「もう決まったことだ!」
ヒビカが睨み付ければ睨み付けるほど、アサガリは気分よさそうにニヤニヤと笑う。
「まずはこの支部の一階にある人事部で、幾つかの書類に拇印を押したまえ。その後は、刑が執行される日まで独房で待機だ」
人事部で何を言っても、他の大将達に電話をかけても、ヒビカの訴えは何一つとして聞き入れられなかった。同情してくれる者はいるものの、元帥であるアサガリに刃向かえば自分もヒビカと同じ目にあうと分かっているのだから、力を貸すことはできないのだろう。八方塞がりだ。
ヒビカは、一階に飾られている海軍の栄光の歴史を描いた巨大な壁画の前で、立ち尽くしていた。
軍人に憧れて田舎から出てきたヒビカは、一家の稼ぎ頭として死に物狂いでここまでやってきた。他の軍人の倍の仕事をこなし、時には面と向かって上官とやり合い、時には上手く立ち回り。同僚から、女であることを理由に受けた理不尽な扱いも乗り越え、大将にまでなった。
その自分の一生が、アサガリと陸軍の謀略によって着せられた濡れ衣で、死刑という形で幕を閉じるのだ。
こんなことがあってよいのか……。
背後からコツコツと足音が聴こえ、ヒビカの尻に手が当てられた。相手が誰かは、振り返らなくとも分かる。
「確か君は、田舎の家族を一人で養っているのだったね。今死ぬわけにはいかないだろう?」
話しながら尻を撫でまわすアサガリの手を、ヒビカは振り払う事もできない。
「私も鬼ではない。任務中の犯罪ならば、元帥である私の権限で、君に恩赦を与えることができる。……オッカで私が君に言った事、覚えているかね?」
- - - いつか貴様を私の足元に跪かせて、屈服させてやるぞ! 土下座で命乞いをさせてやる! 覚えておけ!!
「準備を済ませ、今夜私の部屋に来い。私の足元に土下座して命乞いをすれば、命だけは助けてやる。女のお前にふさわしい仕事も用意してやろう」
アサガリが去っていき、足音が聴こえなくなると、ヒビカはその場に崩れ落ちた。
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