第105話 トゥルモ
二人は村の南端にある運動場の脇を通っていた。ここを過ぎればもう森に入る。だが、そこで一人の男がマナを呼んだ。
「マナ!」
マナと同じく車いすだが、両手は健康そのもの。筋肉質でがっしりした体つきの若い彼は、マナと同じくらいの歳だろうか。
マナは「トゥルモ」と彼の名前を呼び、手を振った。運動場の中にいるトゥルモは、金網越しにマナに手を振り返し、すぐそばまでやってきた。額から流れる汗を、首からかけたタオルで拭いている。
「久しぶりだな。お前、最近どうしてた?」
「うん……特に、いつもと変わらず」
「また俺達と一緒にボックスボールやろうぜ」
「無理だよ。私ボール取れないもん」
どうやらボックスボールというのは、運動場で行われているゲームの名前らしい。ハウもコッパも初めて見る。
ボールをドリブルしながら相手の陣地に入り、ゴールらしい横向きに倒した箱に、ワンバウンドで入れる。このコートでやっているのは、車いすの人ばかりだ。
「この人は?」
トゥルモがハウに人差し指を向けると、「指ささないの!」とマナ。
「この人はハウ・トーゴ。考古学者だって。私、これから調査のお手伝いしに行くの」
「お前が?! 何を手伝うんだよ」
心底驚いている様子のトゥルモ。
「湖まで道案内」
「……森に入って大丈夫なのか?」
「平気だよ。ハウがいるから」
トゥルモはハウの方に顔を向け、軽く会釈した。
村を出てから湖までの道、ハウはボックスボールの事をマナに聞いていた。
「車いすの人がやるゲームってこと?」
「ううん。誰でもやるよ」
「さっきのコートには、車いすの人しかいなかっただろう?」
「あれはトゥルモがやってるチームの人達。この近辺でコートとか施設とかが揃ってるのはうちの村だけだから、試合のために集まってくるの」
「なるほど……俺もやってみたいな」
「週に一回、初心者向けの教室があるから、行ってみたら?」
コッパはふんふんと周辺の臭いを嗅ぎながらも、二人の会話に仲間入りした。
「さっきのトゥルモって、マナの友達か?」
「うん」
「へえ。いいヤツそうだな」
「いい人だよ」
「幼馴染?」とハウが聞く。
「ううん。トゥルモは違う街に住んでる。五年くらい前にあのコートで初めて会って、ゲームに誘ってくれたの。私も挑戦してみたんだけど、いかんせんこの手だとどうしようもなくて」
「『最近どうしてた』って聞いてたけど、どれくらいの頻度で会ってるんだ?」
「え……うーん、月に一度とか」
ハウは「ははは」と笑った。
「それは、友達って言っていいのかな?」
軽い気持ちで放ったハウのその言葉はマナにはキツかったようで、返事をせずに黙ってしまった。
*
「『マットゥワ』だって、こいつの名前。発音しづらいな」
「人の名前にケチつけないの!」
マナがコッパの頬をつねった。コッパは「痛くねえよー」とあっかんべえ。
マナが教えた湖(というより池)に、霊獣のビーバー、マットゥワがいた。ハウが草の上にマナを降ろし、コッパと二人で戯れさせていた。
「おいマナ、マットゥワがお前にプレゼントがあるってよ」
マットゥワは小さな手で一本の丸太を触った。すると、丸太はまるでマットゥワの手であるかのようにぐわっと持ち上がった。先の枝を指のように動かして、近くの木の頂上にある松ぼっくりを一つ落とした。
ハウがそれを拾い、マナの手に乗せる。
「大きい!」
マナは顔いっぱいの笑顔で松ぼっくりを眺めた。リンゴほどはあるその松ぼっくりは、地味ながら瑞々しさを感じさせる茶色だが、それ以外は普通の松ぼっくりと同じだ。
「おいコッパ、この松ぼっくりは何なんだ? 聞いてみてくれ」
ハウの質問をコッパが伝える。マットゥワの答えはこうだった。
「めっちゃでっかいやつ。ずっと前から、『でっかいなあ!』って思ってたんだと」
「ははははは!」とハウが楽しそうに笑う。
「でっかいだけか!」
「ずっと前から? その松ぼっくりを私にくれるの?」
マナの言葉をコッパが訳すと、マットゥワがこくん、とうなずいた。
「あなたが私に松ぼっくりくれたこと、一生忘れないよ。ありがとう」
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