第106話 生き抜いてきたマナ




 マナは家のテーブルで、マットゥワがくれた大きな松ぼっくりを嬉しそうな顔で眺めていた。立てたり、倒したり、逆立ちさせたり、転がしたり。


「ただの松ぼっくりが、そんなにうれしいのかい?」

 台所からハウが笑いながら言う。今は夕飯に鶏肉のソテーを作っている。


「うれしいよ。マットゥワはこの松ぼっくりを、ずっと前から大きいなぁって眺めてたんでしょ? その幸せを、私に分けてくれたんだもん」



 テーブルに、トマトソースのかかった鶏肉のソテーが置かれた。コッパと合わせて三人で夕飯だ。

 美味しそうに食べるマナと、それを眺めるハウ。食事がある程度進んだところで、ハウはマナに聞いた。


「マナ、君はどうして死のうとしてたんだ?」


 カチャリとフォークを置き、マナはゆっくり話し始めた。

「私、友達が全然いなくて……」


「トゥルモは友達なんだろう?」

「友達とは言えないんでしょ?」

 ハウは自分が言ってしまった言葉の酷さにやっと気付いたらしく、うっ、とフォークを止めた。


「それなのに、私の事を嫌いな人はいっぱいいて……」

「お前を嫌い?」とコッパ。

「そんなヤツいるのか? どこのどいつだよ」

「分からない」


「分からないって?」

 不思議そうに聞くハウ。


「毎日、郵便受けに手紙が入ってるの。便箋に私の悪口が書いてあって……」


「そんな事が……いつからだ? 誰がやったか心当たりは?」

「子供の頃からずっと。筆跡も内容もバラバラだし、誰かは分からない。一日一通だけとは限らないし」


 ハウもコッパも愕然とした。子供の頃からという事はもう十年以上、毎日自分の悪口を読まされていたという事だろう。


「でもね、変な話、傷つくのにどうしても読んじゃうんだよね。一人ぼっちだからかもしれないけど……毎朝、どうしても封筒を開けちゃう。それで傷ついて、でも次の日もまた。そんな私の人生って何の価値があるのって思い始めて。本当は山の高いところに登って、崖から飛び降りるつもりだったんだけど、途中でひっくり返って坂から落ちちゃって、全部嫌になってあそこに寝てたの」


「マナ、多分君は今、親はいないんだろう? お金はどうやって? ……仕事は何かしてるのか?」

 マナは首を横に振った。

「この村には、私ができる仕事はないから。生活するお金は、親戚がくれてるの」


「その親戚は、相談には乗ってくれないのか?」

「私の方は向こうの連絡先も知らないし……。小さい頃に一度会ったきりで、もう顔も覚えてない」


「よく……今日まで生き抜いてきたね」

 ハウがぽろっと言った言葉で、マナの目からもぽろっと涙がこぼれる。壮絶なマナの苦労話に、ハウもコッパもその後、言葉を失ってしまった。マナはそれに気を遣ったらしく、顔を拭いて笑顔で言った。


「ハウ、無事にマットゥワに会えて、よかったね」


「あ……ああ。マナのおかげだよ」

「それとオイラのな」

 コッパがフォークを振りながら付け足した。トマトソースが飛ぶ。「こらっ」とマナがフォークを取り上げた。


「じゃあもう、行っちゃうんだね」


「うん……」と言いながらも、ハウは何か考えながら言葉を続けた。

「だけどね、俺は元々住んでいた家を売っぱらって旅をしてきたんだ。最近、旅をするにも拠点が欲しいなって思い始めていて……」


「えっ」前のめりで言うマナ。

「うちに住む?!」

 そんなマナをハウは優しい声で「ははは」と笑った。

、ね」


「あ……そうだよね」

 マナは顔を赤くしながら食事に戻った。フォークで鶏肉を口に運ぶ。「あっ」とコッパ。


「おいマナ、それオイラのフォークだろ!」



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