第107話 マナとハウの幸せ




 ハウはマナの村に小さな部屋を借り、マナがさびしくないようにとコッパを残して次の霊獣を探しに旅立っていった。コッパなしでの霊獣探しは困難を極めるらしく、ハウが村を拠点にあっちへこっちへ探しに行っても、ランプの灯は増えなかった。


「ねえコッパ、私ひょっとして、ハウの足を引っ張ってるのかな? コッパをここに引き止めちゃって……」

 コッパと冷凍のオムライスをつつきながら暗い顔でそう聞くマナ。


「そんなことないだろ。霊獣なんて、運が悪けりゃ見つからない。マットゥワだって、お前がいなきゃ見つけられなかったかもしれないんだぞ」


「私が、旅できない体だから……?」


 おっとしまった、と思い、コッパはすかさず言う。

「オイラはマナの左手好きだぞ」


 嘘ではない。肘のあたりまでで終わっているマナの左手は、車いすの上でコッパにとってちょうどいい枕になる。よくそこで昼寝をしているのだ。


「うん……ありがとね、コッパ」




                *




「マナ、いるか?!」

 村に帰ってきたハウは、大きな箱を抱えていた。それを壁や家具にぶつけないよう、そっとマナの家に運び込むと、マナの前に置いた。


「これは……?」

 不思議そうに眺めるマナの前で、ハウは意気揚々と箱を開け、包み紙を外した。そこにあったのは、義手アーマーと義足アーマーのセットだった。


「君の手と足だ。まずは取り付けてみてくれ」

 突然の事で上手く感情が反応しないマナだが、とにかく言われた通り、ハウに手伝ってもらいながら取り付けてみた。だが、ブラブラの人形の手足のようだ。


「まだ終わりじゃない」

 そう言ってハウは、ランプを前に抱えて、マナの手足に手をかざした。ランプの中で、茶色い灯が輝く。

 マナは驚きのあまり、叫び声を上げてしまった。ランプが輝いた瞬間、義手と義足が自分の体と繋がって、生まれた時からあったかのように動かせるようになったのだ。表面も、本物の人間の手足と遜色ない。


「うそ……これ、どういうこと?」

、マットゥワの灯の力だよ」


「灯の力って?」

 マナはハウに聞きながら、ずっと自分の新しい手足を伸ばしたり折ったり、ひねったり握ったりしている。


「僕のランプは霊獣が持っている力が使えるんだ。マットゥワが、丸太を自分の手のように使っていたのは見ただろう?」


「すごい……! 私の手と足だ! ほら見て、自由に動く!」

 マナ動かす手足は、まだ慣れていないせいかカクカク、ブンブンとぎこちない動きだ。

「動くだけじゃないよ」

 ハウはマナの左手を取り、手の甲をつねった。


「いたっ!」

「ちゃんと、感じるだろ?」

 マナは、手の甲をつねったハウの右手をパシリと叩くと、出来たばかりの左手でハウの頬を触った。

「温かい。……それにかなり汗かいてるね」


 恥ずかしそうに笑うハウ。

「緊張してるから」

「緊張?」


 ハウはさらに、新しい靴を取り出した。

「これもプレゼントだ。履いてごらん」

 マナが靴を手に取ると、ハウは部屋の明かりを消した。ランプの灯が部屋に満ちる。マナの左足が、靴の中で何かにぶつかった。手を入れて取り出してみると、ランプに照らされて小さな輪っかがキラリと光った。


「あ……指輪……!」


「そう。俺と、結婚してほしい」


 マナは頬を赤らめながら言った。

「足で踏んづけちゃったよ」

 ハウも頬を赤らめる。

「ごめん。サプライズにしたくて……こたえは?」


『はい』とマナが答えようとした瞬間、パチパチパチ……と拍手の音。コッパだ。マナとハウは、顔を見合わせて笑った。それを見て「え?」とコッパ。


「今じゃなかった?」




                *




「トゥルモー!!」

 運動場、金網の外から大声で呼ぶ。トゥルモは、一体誰だろう、と不思議な顔をしながら近づいてきた。


「えっ、マナか?! お前、どうしたんだよそれ!」

 トゥルモは別段何を指さすでもなくそう言った。だが、『それ』が何かなど火を見るより明らかだ。マナは片足でくるりん、と一回転して見せた。


「ハウがくれたの! 婚約指輪と一緒にね!」

「おいおいマジかよ!」

 トゥルモはすぐに車いすを反転させ、運動場に声を張り上げた。

「みんなー! 俺の友達が結婚する! 祝ってくれー!」




 慣れない手つきでボールをドリブルするマナ。トゥルモが後ろから叫ぶ。

「いけいけ! マナ、シュートだ!」


 マナのシュートは、ボックスの前でボン! と大きく跳ねて、コートの外へ飛んで行ってしまった。

「おしい!」

「どんまい!」

 車いすのみんなを見下ろしながら、ハイタッチ。マナは汗を袖で拭いた。

「手さえあれば簡単に入ると思ってた」


「なわけないだろ! だったら練習なんて誰もしねーよ」

 笑いながらトゥルモが言う。


 走って、飛んで、投げて、取って。マナにとってはどの感覚も新鮮で、幸せだった。ゲームで上手くやれないことなど、どうでもいい。とにかく動かしたいのだ。この手と足を。


「練習しなきゃなー」

「おう、しろしろ!」


「マナーーーー!」

 コッパが呼ぶと、マナは振り向いた。


「ハウが迎えに来たぞーー!」

「マナ! 夕飯の買い物に行こう」

 トゥルモと車いすボックスチームに挨拶をして、マナはハウとコッパの元へ走る。


「私、今日は料理してみたい」

「そうか? じゃあ失敗しにくいものを何か考えるか」

「リンゴ入ってるやつにしてくれ」



 三人で並んで歩いていく。これが、マナ達の幸せの絶頂だった。



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