第108話 ハウの死




「参考人招致?」


「ああ。俺の研究を元に国会で意見を述べてほしいって、ガラ国防大臣から直々に……でも、行こうかどうかちょっと迷ってるんだ」

 二人は皿洗いをしながら話していた。コッパはリビングでジグソーパズルをしている。


「どんな意見を言うの?」

「古代のアーマー技術に関して、発掘された成果は民間や私人が所有することを禁止する、っていう法案の賛成意見を述べてほしいらしい」

 ハウは皿を洗い終わり、シンクのふちに手を置いた。マナは最後の皿を拭く。


「ハウの意見はどうなの?」

「まあ……古代のアーマーは現代人の物とは次元が違う物もたくさんあるからな。悪用されたら洒落にならん。国家が所有した方が、安全だとは思うよ」


「じゃあいいじゃない。胸を張って自分の意見を言ってきなよ」

 マナはお茶を二つのコップに注ぎ、一つハウに渡した。

「うん……じゃあ、そうする」


 次の日、ハウは連合国首都ジャンガイに向かっていった。




               *




「トゥルモー!」

 マナに気付いてトゥルモも「おう、マナ」と手を振り返す。マナはボールを持ってかけよった。

「ボックスボール練習しよ!」

「おう。あっちだ」

 トゥルモはパッとずっと奥のコートを指さした。子供と大人が入り混じってプレイしている。


「頑張れよ。じゃあな」

「えっ、待ってよ、一緒に……」

「車いすのやつと生の足のやつが本気で一緒にやったら危ないだろ。お前はあっちだ。俺はチームの練習があるからな」

 そう言ってトゥルモはチームメイトの元へと戻って行った。




               *




「マナ、お帰り。リンゴ買ってきてくれたか?」

 コッパがマナの肩の上にするすると登る。「重いってば! 買ってきたよ。一番大きいのね」

「これか!」とコッパが買い物袋から取り出す。「待って」とマナが言う間もなくシャクリとかじった。

「んまい。……なあマナ」

「ん?」

「ハウ、遅いな。連絡もないし」


 ハウが出発して二週間経つ。ジャンガイまでは汽車を乗り継いで四日、下手をすると五日かかる。仕事がある事を考えれば二週間という期間自体は不自然ではないものの、連絡が一切ないというのはハウらしくなかった。

「きっと、忙しいんだよ」


 パラパラと雨が降り出し、マナは洗濯物を取り込んで一息ついた。テーブルの上には、今朝家を出る前にポストから出して置いていった郵便が置かれている。


 最近は読まずに捨てるようになった悪口の手紙。マナは何となく手に取った。だが手に取ったそれは、悪口の手紙ではなかった。役所の特殊印が押されている。


 封筒を開けて読むマナを、コッパはリンゴをかじりながら眺めていた。

「マナ、それ何?」


 ガタン! とイスを倒して、マナは走り出した。玄関の扉を開ける音がコッパにも聞こえた。

「おい、どこ行くんだよ!」

 マナの足音は遠ざかり、玄関の扉が重さで閉まる音が鳴る。


 コッパはマナの落としていった手紙をテーブルの上に引き上げると、大急ぎでジグソーパズルの説明文を取り出して横に並べた。コッパが自力で読める文章は、これだけだ。




                *




 雨は本降りになっていた。そんな中ギリギリ臭いをたどってやってきたコッパの前には、道の端でしゃがんで泣いているマナがいた。

 コッパはちらりとマナの奥の方を見た。警察署がある。


「……ハウだったんだな」


 こんな雨の中傘もささずにずぶ濡れで泣いているマナに、答えを求めているわけではない。これは、さっきの手紙を読んで自分も事情を知ったことを伝える言葉だ。


「マナ、帰ろう。風邪ひくぞ」


 コッパが何度そう言っても、マナは動かなかった。




                *




 一日、コッパとマナは二人で泣き明かし、次の日からは大忙しになった。まるで二人が悲しみに沈むのを役所が拒むかのように、手続きや書類が数え切れないほど回ってきたのだ。

 数日がかりでそれを一段落させた二人。気付くと、ハウを埋葬する日は明日に迫っていた。


「ねえコッパ」

 テーブルでぐったり体を倒すマナ。顔はコッパの方を向いているわけではない。

「どうした?」


「私が……言ったの」

「え? 何をだよ」


「行ってきなよって……ハウに。もし……私が……」


 コッパはマナの顔の前に回り込んだ。

「言ってなかったら、オイラが言ってた。結果は同じだよ。ごめんな。全部お前に背負わせちまって」


 マナは黙ってコッパを抱き寄せた。


「トゥルモが……今までは私が名前を呼ぶと、『おう、マナ』って手を振ってくれてたのに、最近は手を挙げるだけ。私の名前も呼んでくれないの」


 コッパは何を言ったらいいのか分からず、ただマナの頭に抱きつき、髪を撫でていた。


「挫けそう……今日まで生き抜いてきたのに……。もう、私には誰も……」


 コッパがクイクイッ、髪の毛を引っ張ると、ぐじゅっと鼻をすすって「ごめん」とマナ。

「コッパがいるね」

「ずっといてやるよ」



 二人で泣いていると、インターホンの音が響いた。



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