第76話 ヒビカの兄弟




 全員、日の出と共にヒビカに叩き起こされた。朝の冷え込みの中で、牧舎の掃除と水の交換や餌やりを手伝う。へとへとになったマナ達の様子を見て、ヒビカは言った。


「長旅で来たのに、手伝いまでさせて悪かったな。礼と言ってはなんだが、私の家で少し温まっていけ。もう兄弟達も起きている頃だろう」



 ヒビカに連れられてマナ達が村の中を歩いていると、トロラベとすれ違った。相変わらずたらんと開いた口から、朝の挨拶が出てくる。

「ヒビカ、おはよう。会えたんだね」

「トロラベ、昨日はマナ達が世話になったらしいな。礼を言う」

「いや。それより、さっきが君を呼んでたよ」

「そうか、いつもすまないな」

 トロラベはヒビカに手を振ると、自転車で仕事場へと向かって行った。


「ヒビカさん、ガンマさんって? ……私達の事は後回しでも」

 マナがそう聞くと、ヒビカは「心配するな」と返した。

「ガンマは家にいる私の兄だ。トロラベは、私が牧舎で寝る翌朝、必ず家の様子を見てくれている。その時兄が私を呼んでくれと頼んだのだろう」

 そこからヒビカの足は心なしか速くなり、マナは後ろが遅れないか気にしながらその後を続いた。



 ヒビカの家は丸太を組んで作ったログハウスだった。村の端に位置し、周りには草がぼうぼうに生えている。


「少しだけ待っててくれ」

 ヒビカはそう言って家に入った。中からは子供と思われる声が聞こえてくる。すぐにヒビカが出てきた。

「待たせたな、子供ばかりでうるさいが、入ってくれ」


「お邪魔します」

 そう言いながら入ったマナ達を待っていたのは、黄色い歓声だった。


「きゃーっ! お姉ちゃんの友達? この人達お姉ちゃんの友達なの?」

「俺、村の外の人初めて!」


 ヒビカの言っていた妹二人と弟二人。全員ヒビカとは随分歳が離れた、十歳未満から前半程度の子供だ。

「ねえねえ、これ見て私の人形だよ!」

「今日姉ちゃんがマカロニスープ作る日だよ! 一緒に食べる?」

 マナ達は興奮する子供達に質問攻めにされ、笑顔を返しながらもあたふたしていた。すると



せぇれーーーーつ!!」



 元海軍大将の鋭い号令が響き渡った。まずマナ達が驚いて姿勢を正し、子供達はふざけて突っつき合いながら、マナ達とテーブルをはさんで向かい側に、恐らく歳の順に整列した。


「まず自己紹介だ!」


「ゲントです」

「ゲンガです」

「ミカです」

「マコ」


 マナは覚えようと必死に頭の中で繰り返しながら四人の顔を見る。しかし、四人はあっと言う間に散らばった。それぞれ好きなようにマナ達に話しかけ、さっきと同じように質問攻めにする。


 ヒビカが次男のゲントを捕まえた。

「おい、ガンマはどこだ」

「兄ちゃん風呂だよ。またおねしょしたから」

「やっぱりか。だから私を呼んだんだな。まさか昨日の夜、また寝る前に牛乳を飲んだのか?」

「超いっぱい飲んでた」

「私がいない時はお前が止めろと言っただろう」

「だって俺が言っても兄ちゃん聞かないもん」



「『おねしょ』?」

 パンクが小さく笑いながらジョウに顔を向けた。ジョウは笑い返そうとしたが、ジョイスがパンクの脇腹に強めの肘鉄を喰らわせたのを見て、思いとどまった。



 ガチャン、と奥の扉が開き、一人の男が出てきた。その瞬間、子供達は大爆笑し、マナは思わず顔を背け、他のみんなもギョッとして固まった。

 三十代に見えるその男は、びしょ濡れな上に、完全に素っ裸だったのだ。


「あ、おいヒビカ、遅かったじゃないかよ」

「ガンマ、服を着てからこっちに来いといつも言ってるだろう!」

「分かってるよ。でも、いつもより遅かったじゃないかよ」

「いいから服を着て来い!」

「着てくるよ。でも、いつもより遅かったじゃないかよ!」


 同じ言葉を繰り返すガンマをヒビカは無理やり風呂場に押し戻した。子供達はずっと笑っているが、マナ達はまだ固まったままだ。

 ヒビカは扉を閉めると、そんなマナ達を見渡した。


「驚かせてすまない。今のが兄のガンマだ。三十二歳になるが、中身はゲント達と大して変わらない。これが、私が稼がなければならない理由だ」




               *




 ヒビカの兄弟達と遊んだり話したりしながら部屋で温まった後、マナ達は家の前で、ヒビカに見送ってもらった。


「兄達も楽しかったようだ。力になれなくてすまないな」


 マナと握手するヒビカの背中に、三男ゲンガが飛びついた。ヒビカが「うおっ」と倒れそうになる。

「ねえ、もう行っちゃうの? また来る?」

「ゲンガ、マナ達は忙しいんだ。それよりお前は学校の準備をしろ!」

 ヒビカがゲンガを降ろすと、今度は末のマコが泣きながら走ってきた。

「お姉ちゃーん、ミカが私の積み木投げたー!」

「ミカ、積み木を返してやれ! 学校の準備は終わったのか?!」

 玄関から怒鳴るヒビカ。伝えたいことがあったマナだが、一段落するまで待とうと、少し黙っていた。するとヒビカが「それじゃあな」と扉を閉めようとしてしまい、慌てて「待って」と扉をつかんだ。


「ヒビカさん! 一つだけ、伝えたいことが」

「何だ?」

「ここに来る前、イッランでラバロに会ったの」

「ラバロ? 誰だそいつは」

「サルベージタワーのオッカで会った、違法遊郭の元締めの人だよ」


 ヒビカは少し顔色を変え、子供達を家に押し返して、扉を閉めた。

「あいつか……。ラバロがどうしたんだ?」

「あの人、ヒビカさんを探してたの。居場所は知らないって言ったら、飛んで行った」

「飛んで行った?」

「本当に、空を飛んで行ったの。ジョウ君の話だと、体の一部がアーマーになってるって」

 ヒビカの顔色はますます険しくなった。


「アーマーサイボーグか。私は詳しく知らないが、海軍が裏で進めていた実験だ。恐らく、アサガリか誰かにそそのかされたのだろう。騙されて人体実験の検体にされるとは、つくづく馬鹿な男だ」

「ラバロは、ヒビカさんの事を相当恨んでるみたい。だから……気を付けてね」


「分かった。忠告ありがとう。この村にいる間はまた顔を出してくれ。兄達も喜ぶ」



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