第77話 果物の森




 牧場の外れにパンサーを停めさせてもらい、マナ達は山を登り始めた。


「コッパ、鹿の声聴こえる?」

「普通の鹿の声しか聴こえないな。後は、リスやキツネ、鳥やなんかだ」

「そっか。……どうしようか」

「取りあえず、普通の鹿の声を追おう。話をすれば、何か教えてくれるかもしれない」


 先頭を歩くマナとコッパ、それとリズは、ずんずん進んでいく。それに息を切らせながら必死について行くザハ。そのザハのペースに合わせるように、ジョイス達三人、そしてジョウとパンクが歩いていた。


「なぁジョウ、この辺の果物、食っていいのかなぁ?」

 パンクはあちこちにある果物が生っている木をキョロキョロ見ている。

「どうかなー。まあ、ちょっとくらいならいいんじゃないか?」

「うまそうなやつ見つけたら食うか」


「パンク!」


 前を歩くジョイスに名前を呼ばれて、パンクは怪訝な顔で立ち止まった。ジョイスはパンクの足元を指さしている。

「下よく見なって。ケガするよ」

 パンクが顔を下に向けると、木の根がぐにゃりと飛び出していた。

「ぼさっと歩いてんじゃないよ」


 トゲのある言い方ではあるが気を遣ってくれたジョイスに、パンクはあっけに取られて返事もできなかった。



「マナ、ダメだ」

 コッパにそう言われてマナは「え?」と立ち止まった。

「鹿達が離れてく。多分、オイラ達に気付いて警戒してるんだ」

「え、どうしたらいいかな……」

「オイラが行くよ。話を聞いて戻ってくる」

「一人で大丈夫?」

「平気だよ。オイラはハウと会う前は『野生動物』だったんだぞ?」

 そう言ってコッパはマナの頭から飛び降りた。


「お前達はここにいてくれよ」

 コッパは四本の足をチョロチョロ器用に動かして、マナにも負けない速さでかけて行った。

 リズがおでこに手をかざしながら「へえ」とにっこり笑った。

「コッパのやつ、結構速いじゃないか。マナ、ちょうどいいよ。後ろが遅れてたしね」

 リズと一緒にマナが振り返ると、ずっと後ろでザハがぜえぜえ息をしながら歩いてきていた。




 コッパが戻ってくるまでの間、マナ達は一休みしながら近くの木の果物を食べることにした。ただし、一人一個というルールだ。


「なぁー、このちっこいヤツでも、一個しかダメっすかぁー?」

 パンクが離れた所にいるリズに大声を上げた。リズは「ダメだ」と言う代わりに手で大きくバツを描いた。

「マジかよ。このさくらんぼみてぇなの、うまそうなんだけどなぁ……小さすぎんだよなぁ。他のでっけぇ果物探すかぁ」


「ヤーニン、それじゃないって! 一個上だよ」

「これ?」

「違うっての! 反対の、えーっと、下!」

 木に登るヤーニンに下から指示を出すジョイス。二人が狙っているのは黄色い桃のような果物だ。


「俺、これが気になってるんだよなあ」

「ジョウくんも? 私もこれがいいな」

 ジョウとマナがオレンジ色の葡萄を見ていると、そこにシンシアもやってきた。

「シンシアもこれがいい?」とマナに聞かれ、シンシアは「うん」とうなずいた。


「これも果物かな……? ザハ、あんた分かる?」

 リズが見つけた棘のある丸いこぶ。ザハはメガネを直しながら顔を近づけた。

「おお、これは『カーネルパイン』だ。噛むと見た目の三倍は果汁が出てくる。幼い頃一度だけ食べたことがあるが、おいしかったよ」

「よし、あたしはこれにしよう。あんたも?」

「ああ」




 好みの果物を見つけ、みんなで腰かけて食べ始めた。

「うおー、甘い! この桃最高だね」

「私のおかげだよ? 感謝してね」

 ジョイスとヤーニンは大満足で桃にかぶりつく。その隣で、葡萄を持ったジョウ、マナ、シンシアは渋い顔……ではなく、酸っぱい顔をしていた。


「レモンの比じゃねーな……。失敗だ」

「これ、きっとそのまま食べる果物じゃないんだろうね」

「……ゲホッ」


 リズとザハはカーネルパインに大満足だ。口から溢れそうな果汁をすすりながら食べている。

「味は普通のパイナップルと同じだね。でも確かに噛むほど果汁が染み出てきて美味い」

「私の言った通りだろう? だが私の予想よりも、はるかに素晴らしい味だ!」


 パンクは大きなメロンのような果物を見つけてきて、切り分けて食べていた。

「甘い……気がすんなぁ。薄くてよく分んねぇ」


「パンク……それ、一切れ貰ってもいい?」

 シンシアがそう言うが早いか、パンクは切ってある一番大きなメロンを渡した。シンシアがそれを「ありがとう」と受け取る。

「なぁシンシア、お前のその葡萄……一粒貰ってもいいか?」


 シンシアは葡萄を房ごとパンクに渡した。

「あげる。酸っぱすぎて食べられない」




                *




「お前らオイラがいなくなってる隙に!」


 突然コッパの声が聞こえ、どこかと全員がキョロキョロしていると、マナの目の前に虹色が渦巻いた。

「みんなで楽しく果物食いやがって! オイラの分残してくれただろうな!」


 マナは慌てて果物が乗った皿を引き寄せた。

「ごめんね。大丈夫、ちゃんと残してあるよ」

 コッパは皿を見て、またしても「ああっ!」と大声を上げた。手を伸ばし、オレンジ色の葡萄の実を取る。


「マナ、これ食ったのか?」

「え、うん。コッパ、この葡萄知ってるの?」

「これはオイラの生まれ故郷にあるヤツだ。熟れると深い赤色になる。オレンジ色のこれは死ぬほど酸っぱかっただろ」

「うん」とマナとジョウとシンシア、それにパンクもうなずいた。


「フン、オイラがいれば教えてやれたのに。これは天罰だな」



 コッパは残してもらった果物を食べながら、鹿の話を教えてくれた。

「やっぱり霊獣の鹿が、この山脈にいる。枯れ木を生き返らせたり、花を咲かせたり、果物を実らせたり、熟れさせたりするらしいぞ。他の鹿達に、そいつのねぐらを教えてもらった。この山を越えた所にある泉の周辺だ」


「山を越えるのか……じゃあ、すぐに出発しないと。暗くなるまでに帰れなくなっちゃう」

 マナがそう言うと、「でもな」とコッパ。


「実は、さっきから村の方で騒がしい音がするんだよ。この距離だと話の内容までは聞き取れないけど、物が倒れたり壊れたり、悲鳴も聞こえてくる。パンサーも牧場に停めてあるし、一度村に戻った方がいいかもしれないぞ」



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