第85話 ウレホンとマナ




 昼過ぎには、ラバロの息は弱々しくなっていた。もう、いつ止まってもおかしくはない。

「ラバロ、お前の故郷はどこだ?」

「……レール……セーキ……。海沿いの……田舎だ」

「レールセーキ? 親はそこにいるのか?」

「ダメ……だ……絶対、に……会いたく……ねえ……絶対にだ」

 何か事情があるのだろう。今となっては、それを一から話させるのは無理だ。

「分かった。その近くの海に撒いてやる」

「ありがと、よ……。あと、アサガリに……」

 ヒビカは手をそっとラバロの頬に添えた。

「ああ。絶対にあの男を勝ちっぱなしにはしない。私に任せておけ」


「頼んだ……」




               *




「『ついてくるな』? どういうつもりなんだ」

「オイラは知らないよ。鹿が最後にそう言ったんだ」

 泉の脇で作戦会議をしているジョウ達。だが、コッパが教えたウレホンの最後の言葉に、みな頭を抱えた。


「このままほったらかしにも……できないよな?」

 ジョウが確認するようにリズを見る。

「……うーん、でもね、あの鹿は森の中じゃあたし達よりずっと速い。地の利もある。どこにいるか分かっても、きちんと策を練らなきゃ逃げられるだけだ」

「霊獣が、マナ君に危害を加えるようなことをするのか?」

 ザハも心配そうに表情を曇らせている。


「コーラドでパルガヴァーラっていう鷹に会った時はオイラ達、雷で黒こげにされるとこだったぞ」

 コッパが教えると、ジョイスが「あいつか!」と拳を手のひらで叩いた。

「あたしらも会ったけど、メチャメチャ攻撃的だったな」

 シンシアとヤーニンもうなずく。

「死ぬかと思った」

「私も。早く探した方がいいんじゃないかなあ」


「おいコッパ」とパンク。

「そもそもさぁ、鹿とマナさんが何話してたのか、お前分かんねぇのかぁ?」

「分かんねえ。あいつ、テレパシーかなんか使ってたみたいだ」


「手がかりなしってことだね……」

 リズが頭を掻くと、ジョウが立ち上がった。

「とにかく追いかけようぜ。コッパが臭いは追えるんだから」




               *




 マナが降ろされたのは、森の奥深く。見慣れない木々が生い茂る場所だった。この木は背が低く、マナでも手を伸ばせば枝がつかめる。


「驚かせたかな。二人きりになりたかったものでね」

 マナは苦笑いしながらウレホンの体をさすった。

「ま、まあ、びっくりはしたけど……」

「この場所は僕しか入れない場所なんだ。人間どころか、僕以外の動物が入ったのは初めてだよ。そこの木の下に腰かけてくれ。少し話そう」


 ウレホンに導かれるまま、マナは木の根元に座った。背中を木の幹にあずけ、ウレホンを見上げる。ここは木漏れ日が温かく、なおかつ眩しくない、心地いい場所だ。


「『絆の証となる灯しかいらない』と言っていたが、君の心境はもっと複雑だろう? 本当に純粋にそれだけ、というわけじゃない」

 ウレホンは、前起きなくいきなり核心を突くような質問をしてきた。

「……うん」


「僕は、この山にわざわざ来てくれたのなら、友達になってもいいと思っている。でも、そうならなおさら、何も知らない相手に灯はあげられない。君の事を聞かせてくれ。少しでもいいから。これまでどんな旅をしてきたんだい?」


 マナは深呼吸し、思い出を反芻しながら話し始めた。

「コッパと二人で、生まれてから出たことない故郷を出て、知らない街や村、自然の中を歩いて、とっても楽しかった。霊獣に会うために、本当は苦手な、知らない人とのお喋りも頑張ってやってきた」

「うん」と相槌を打つウレホン。


「ファルココで、新しくついて来てくれることになったジョウ君と出逢って、それからリズ、今はいないけどタブカ。ヒビカさんにザハ、他にも何人も仲間が増えて……。でも、本当の事言うと……ちょっと苦しくて」


「君は孤独の臭いがするよ」

 黙ってうなずくマナ。自分でも何となく気付いている。その臭いも、ジョウやリズが、それを嗅ぎ取っているであろうことも。


「どうして孤独なのかは、自分で分かってるよ。言わなきゃいけないことを言ってないから……受け入れてもらえなかったらどうしようって、不安だから」

「君の友人達は、君の隠し事を知りたがってるのかい?」

「ううん。『聞かない』って」

「それならいいじゃないか」


「……でも、以前ある人から『あなたはいずれ一人になるかもしれない』って言われて。その人は、『そうならないよう僕がそばにいる』って言ってくれたんだけど……離れて行っちゃったの」


「なるほどね……怖かっただろう?」

「うん」

 ウレホンは何か教えてくれるでもなく、アドバイスするでもなく「ありがとう」と言った。ランプから鮮やかな緑の光を感じ、マナが覗いてみると、新しい灯が灯っていた。


「君の話、なかなか面白かったよ」

「ありがとう。今度はあなたの番だよ」

「僕は、君に自分の事は教えない」


「ええー」と軽くむくれながらも、笑顔になるマナ。


「もう君と僕は友達だろう? 君は僕に、『自分の望む見返り』を求めるかい? そうなら、仕方ないから話してあげるよ」


「いい」

 マナがそう言うと、ウレホンは後ずさって、体の向きを変えた。


「友情の証に、君にもう一つプレゼントがある。そこで見ていてくれ」


 ウレホンは、木の間を縫って角を振り、飛び跳ね始めた。通った後にはうっすらと光の花が生まれ、空中を漂っている。

「きれい……」

 ぐるん、と宙返り。マナは「うわあっ!」と感嘆の声を上げて拍手。それと同時に、木々に白い大きな花が咲いた。

 ウレホンが踊り続けると、花は落ち、代わりに薄いピンク色の果実が実った。


「一つ食べてごらん」



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