第112話 アキツの四賢人




 天守閣の地下にある広い部屋に、人々(妖)が集まっていた。むき出しの木の板や柱は黒く、獣型の妖達の物と思われる小さな爪の跡が数え切れないほどついている。

 ガヤガヤと座る人々の一番後ろで、ヒビカ達も床に座った。


「ここの床、かってぇなぁ。敷物かクッションかねぇのかよ。ケツ痛くなるぜ」

 パンクがそうやって文句を垂れていると、ジョイスが「うるっさい!」とげんこつで頭を小突いた。

 その奥からシンシアがタオルを渡す。

「これ敷いて。汚いけど」

「えっ……」と戸惑うパンク。

「いいから」

 タオルをもらって実に嬉しそうに床に敷き、その上に座るパンク。ジョイスが「気持ち悪い」と聴こえるようにひとりごちるのも全く気にならないようだった。



 ドンドンドンドン……と小さく太鼓の音が鳴り始めた。部屋に集まった人々は急に静かになり、立ち歩いていた者も座っていく。ヒビカ達も一度姿勢を正して前にある二段の台座を見た。


「おう、久しぶりだな」

 ささやく者がおり、ヒビカが振り返った。そこにいたのは、ミュノシャで別れたあの男。


「カンザ……! お前、こんな所にいたのか」


 カンザはヒビカの隣に胡坐をかいた。

「ああ。お前さんらと別れた後、旅の途中でクロウとイヨちゃんに会ってな。この就冠式に合わせて、アキツに来たんだ。さっきイヨちゃんからお前さんらが来たと聞いた時にゃビックリしたぜ」


「なるほど。イヨが言っていたというのはお前の事か。相変わらず気ままに旅をしているようだな。……仕事はどうした?」

 ヒビカはにやりと笑ってそう聞いた。カンザは煙草に火をつけながら「フフッ」と笑う。

「まあ、ぼちぼちだな。アキツにも必要な物があるから、俺には好都合さ」

「ほう……それはそれは」


 カンザが「始まるぞ」と前の台座を指さした。脇の扉から、ごわごわとした髭をたくわえた大柄な男がクロウを連れて入ってきた。

「ありゃ棟梁のゴロウだ。御屋形様とも呼ばれるが、まあ要はこの国の王様だな。着てるのはかみしもって呼ばれる着物だよ。思ったより軽装だな」


 一定のテンポで打ち続けていた太鼓がドンドン! と二度打たれて止まった。べん! と何か弦楽器の音が鳴り、それに呼応するように太鼓がまたドン! と鳴る。

 楽団の前で、狐の妖が歌とも喋りとも言えるような節回しで、何かを語り始めた。


「アキツ特有の語り物の音楽だ。多分、この国の歴史を語ってるんだろう」

 ヒビカの隣で、カンザが一つ一つ解説していく。ゴロウとクロウの次に、脇の扉からギョウブともう二人の妖が入ってきた。


 一人は何枚も重ねられた着物を着た女。長い黒髪に、丸く整えられた眉毛をしており、眼は細くつり上がっている。

 もう一人は、ゆったりとした着物を体にぶら下げるように身にまとった、大きな蛇だ。ナマズのような髭をくねくね動かしながら、まるで天井から吊り下げられるように、体を起こして床を滑るように歩んでいる。


「アキツの四賢人だ。あの狸は『ギョウブ』。十二単じゅうにひとえの女は『タマモ』。蛇は『コシチ』」


 四賢人の三人は、クロウとゴロウの一段下の席に座った。ギョウブとタマモの間は空席になっている。

「あそこにイヨちゃんが座るんだろうな。……おっ、入ってきたぞ」


 ヒビカ達が入ってきたのと同じ扉から、イヨが入ってきた。顔には白い化粧を施し、タマモに似た着物を着ている。「かわいいねえ!」とカンザが染み入るようにつぶやいた。


 イヨは、ゴロウと四賢人がいる台座の前で立ち止まり、膝をついて座った。ドン! と太鼓の音と弦の音が止まり、ゴロウが藍色の布と皮で作られた冠を手に持ち、イヨの前に降りてきた。

 冠が頭に乗るのが待ちきれないらしく、恐らく無意識のうちに手が持ち上がるイヨ。タマモがそれをきっ、と睨み、手を下げさせた。


 冠を被ったイヨが台座に上がり、ギョウブとタマモの隣に座ると、ドン! という太鼓の音と共に、拍手が巻き起こった。ヒビカ達もそれと一緒に拍手をする。


 あちらへこちらへと笑顔でペコペコお辞儀をするイヨの肩を、タマモがパシリと叩いた。ギョウブはそれを見て「グハハハ」と楽しそうに笑う。コシチはタマモの隣から、静かにイヨを見ている。

 ゴロウが立ち上がり、太い大きな声を鳴り響かせた。


「アキツの南方を守護する、新たな四賢人の誕生だ!」


 太鼓が鳴り、部屋を満たす拍手にさらに熱が入った。掛け声もかかり、飛び跳ねる者も。それにつられて立ち上がろうとしたイヨの袖をタマモが引っつかみ、座らせた。




                *




 就冠式が終わり、ヒビカ達はそのまま同じ部屋で待機していた。外の廊下から、どたどたと足音が聞こえてくる。


「カンザさん! 就冠式見てくれました?!」

 イヨが走ってカンザの前へとやってきた。


「おう、見たぞ。あんまりべっぴんさんで、一瞬誰かと思っちまったけどな」

「あっはは」と赤い顔で笑うイヨ。


「あのお化粧ですよね。実は、私最初は化粧しないつもりだったんですけどそれを言ったらタマモ様に怒られちゃって着物もそれじゃダメだって散々お叱り受けちゃったんですよでもほら私眷属いないじゃないですかだから着物も化粧もあんまりきちんと準備できてなくて結局タマモ様の眷属のみなさんに髪も化粧もやってもらったんですそしたら最初眉毛がタマモ様みたいになっちゃって私それ嫌だったんであっこれタマモ様には内緒ですよ変えてくれって言ったんですよそしたら整えるのにすごく時間かかってその間私のお化粧の」


 カンザはイヨの長い話を聞いているのかいないのか、タバコをふかしながら笑ってうなずいている。


「全く、『飄々とした』とはあの男の事だな」

 ヒビカがそう言うとパンクも軽く笑って言う。

「カンザさん、トンギャの王宮付き医師だっつってましたけど……」

「どこまで本当だかね」

 ジョイスも半笑いでそう言った。



 四賢人のギョウブ、タマモ、コシチの三人が入ってきたため、ヒビカ達は立ち上がり、姿勢を正した。三人はヒビカ達の前に相対するように並んだ。


 ギョウブが、何かを読み上げるような形式ばった声で言った。

「お主らを、武人としての修行を行う仮眷属かりけんぞくとして迎え入れる。これは、アキツ国棟梁であるゴロウ及び、その子息クロウの意思によるものである。二人に感謝と敬意を払い、修行の間、ワシらに付き従うと誓えるか」


『誓い』という言葉にヒビカ達は一瞬戸惑いを見せた。ギョウブがささやくように言う。

「べつに取って食いやせん。簡単なお約束のようなモンじゃ。深く考えるな」


 ヒビカ達がうなずくと、「よし!」とギョウブ。

「パンク、ぬしはワシと一緒に来い!」

 そう言ってパンクの腕を取ると、すぐにギョウブは廊下へと歩き出した。


「イヨ、お主も来い。ワシの寺に、あのおなごの治療の様子を見に行くのだろう?」

「あ、はい。……えっと、カンザさんも行きません?」

「うーん、そうだな。行くか」

 カンザがそう返事をするやいなや、イヨはカンザの手を引いてギョウブのあとを追って行った。



 ヒビカの前に立ったのは蛇のコシチだ。

「水の霊術使いの、元連合国海軍人とはそなただな?」

「はい」と言って頭を下げるヒビカ。

「そなたは吾輩と共に来るのだ」

 進み出したコシチにヒビカも従い、部屋を出た。

 残ったジョイス達三人の前に、タマモが近寄る。最初に言ったのは、こんな言葉だった。


「そなた達、残り物を押し付けられるわらわの気持ちが分かるか?」


 右頬を引き上げて心底嫌そうな顔をしているタマモに、ジョイスが笑顔を作りながら恐る恐る言う。

「確か、こっちの地方では『福がある』って……」


「やかましい!!」

 空気を貫くような声が部屋に響いた。それとともにタマモの口が一瞬、狐のように耳まで裂け、ジョイス達三人は恐怖に肩をすくめた。


「……ふん」

 嫌そうな顔のままタマモがひらりと着物を振って歩き出した。ジョイス達はそれに続いて行く。




                *




 城内をそれぞれ門へと歩いていく四賢人とヒビカ達。それを天守閣の中ほどの窓から、アキツ棟梁のゴロウが眺めていた。部屋の奥からは「ホホホ」と笑い声。


「随分気になるようですね」

「当たり前だ。お前からを聞かされてはな」

「それにしても、わざわざ四賢人に修行の相手をさせるとは思いませんでしたよ」


 ゴロウは「嘘を申せ」と軽く笑うと窓から離れ、声の主の向かいに座った。

「どうせ大体思惑通りなのだろう? お前は昔から、信じられない程先を読むからな」

 相手はまた「ホホホ」と笑った。


「まさか。買いかぶり過ぎですよ。私にそんな力があったら、レポガニスの街を失ったりはしません」


 ゴロウも「ははは!」と頭を振って笑った。

「それはそうだな。お前が『家族』を連れてアキツに逃げてきた時は、天地がひっくり返るほど驚いたぞ。お前の人の子らしさを初めて見たからな、ジャオ!」


 ジャオは「ホホホ」とあの独特な声で笑いながら、扇いでいた扇子をパチリと閉じた。

「本当に感謝していますよ。では、話の続きといきましょう」



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