第130話 イワミ鉱山




 マラコの工房にある倉庫には『フライ・バイ・ワイヤシステム』はなかった。次は古代アーマーの鉱山に入っての捜索だ。

 マラコがジョウに小さなカプセルを渡してくれた。


「右端のボタンを押せば、折りたたみ式の地図を出し入れできます。鉱山の中は明かりがあんましなくて暗いんで、気を付けてください」


 イワミ鉱山は、山というより谷に近いかもしれない。大きなすり鉢状の谷に、いくつも地下の坑道へと繋がる入り口がある。ジョウ達は、その谷にめぐらされた螺旋状の道を歩きながら入り口へたどり着いた。

 入り口すぐのエレベーターのボタンを押し、ジョウはつぶやいた。


「すげーな。このエレベーターのアーマー機構も、連合国のどこにもない独特な形だ。これもマラコさんが作ったのか?」

 クロウが「はい」とうなずく。

「アキツにあるアーマーは、全てマラコさんが作ったものです。修理もあの人一人でやってるので、毎日大忙しみたいですよ」


「へえ」と言いながら、ジョウはまたエレベーターのあちこちを覗き込んだ。

「ワイヤーの巻き方も、シャフトの通し方も、見たことないやり方してる。連合国にはこんな仕事する職人はいねえだろうな」

「そうなんですか。僕は素人なんでさっぱり分からないですけど……。リズさんから見ても、そうですか?」


「ん……あたしは…………ジョウがいないって言うなら、いないだろうね」

 リズはそう答えて後ろからジョウを見た。だが、エレベーターが到着しても、ジョウは振り返らなかった。



 最下層の地下七階でエレベーターを降りると、目の前には古代の自動車がグシャグシャに積み上げられたドームのような場所が広がっていた。ここには明かりがいくつかついており、数百メートル奥の反対側の壁まで見渡すことができる。


「ここは自動車ばっかりだな。さらに下だ」

 ジョウはカプセルのボタンを押して地図を引き出した。さらに下へ降りるには、階段を使わなければならない。

 階段の印がついている辺りを、実際の風景と比べる。小さな手すりが見えた。


「あれだ。いくぞ」


 階段を下り、廊下を通り、分かれ道をいくつも曲がり、進んでいく。すると、開けた場所に出た。

 断崖絶壁の下は、明かりがなく真っ暗だ。だが階段は続いている。反対に、向かい側の壁の上方には、小さな明かりが点いた入り口がいくつもあった。


「あそこは俺達じゃ登れねえな……」

 ジョウがそうつぶやくと、クロウがコン! と手すりを蹴って、向かい側の壁に飛びついた。

「上は僕が見てきます。お二人は下へ向かってください」


 そう言ってクロウがするすると岸壁を登って行く。リズは下から「気を付けなよ」と声をかけた。クロウが入り口のうちの一つにたどり着いたのを確認してから顔をおろすと、もうジョウは階段を降り始めていた。




                *




 亀帰楽泉の水面にぽたぽたと涙を流して泣いている。それは、イヨ……ではなくカンザ……でもなく、ザハだった。

「素晴らしい……っ……ああっ……ああ、素晴らしい!」

 ザハは体中びしょ濡れになりながら、泉の底を漁っていた。


「何がそんなに素晴らしいんだよ」

 そばに座り込むカンザ。髪の毛は焼け焦げて縮れ、顔や体にはあざができている。

 イヨに、タマモ仕込みの『黒雷こくらい』で散々にやられ、もう仙亀甲を探すような体力は残っていなかった。


「泉の底を見たまえ! これは全て亀の骨と甲羅だ。一体地下何メートルまで蓄積されているか……絶え間なく積み重ねられたこれだけの甲羅があれば、アキツの亀の進化、そのほとんど全てが手に取るように分かる! どれだけ素晴らしいか、君には一生分からないだろうな!」


 涙を散らしながら感動するザハに「分からねえだろうな」と返し、カンザはイヨの方を見た。ようやく気が治まったイヨは、カンザと距離を置いて仙亀甲を探している。

 倒していた体を起こして「うーん」と伸びをする。そんなイヨの姿を見てカンザはため息をついた。


「かわいいんだよなあ……」




               *




 ジョウとリズは、マラコから借りたランプの明かりを頼りに、地下深くまで降りて来ていた。今にも壊れそうな古い竹の手すりが取り付けられた崖の通路を、ゆっくり歩いて降りていく。


「なあジョウ、崖の底から水の音しない?」

「……」

「地下水が染み出してるのかもな」

「……」

「古代の……飛行機を見られるなんて、楽しみだよな」

「……」


 リズがいくら話しかけても、ジョウは返事も振り返りもしない。だが、少しすると立ち止まって、地図を開いた。リズも後ろから覗き込もうとする。

 だがジョウはそれを『見るな』とでも言うように、ぐいっと肘で押しやった。そしてすぐに地図をカプセルにおさめ、坂を下り始める。全くリズの方を向こうともしない。


「なあジョウ……頼むよ! 待ってくれ!」

 洞窟にこだまするリズの声で、ようやくジョウは振り返ってリズの顔を見た。



「もう終わりにしよう、こんなのは! 全部あたしが悪かったよ。謝る」



 頭を下げ、ゆっくり上げるリズ。ジョウとハッキリ目を合わせたが、ジョウはそれでも何も言わないまま、また前を向いて歩き出した。


 リズの頭には血が登ってきた。リズが『全部』悪いなどということはあり得ない。それでも、どうしても仲直りしたくて『全部』引き受けて謝ったのに、ジョウはそれを受け入れるどころか、相手にもしない。


「ジョウ! ちょっと待ちなって!」

 リズがジョウの腕をつかみ、ジョウがそれを振り払った。それでもリズはもう一度つかむ。またジョウが振り払った瞬間、ジョウの手から何かが飛んだ。


 その小さな何かは、岩肌にぶつかるコーン、コーン、という音をどんどん小さくしながら、谷の奥深くへと落ちて行った。


「あんた……今、何落とした?」


 谷底を覗き込んでいたジョウは、そう聞いたリズに返事もしないで、また歩き出した。



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