第154話 第五区画 クロウ、イヨ 前編




 第五区画。イヨとクロウはコックピットにつながる部屋まで無事にたどり着いていた。壁からドームのような天井まで全て透明になっており、外の景色がよく見える。

 クロウはすぐに部屋の真ん中に行って、寝転がった。夜空の星がドーム状の天井越しにまたたいている。まるでプラネタリウムだ。


「若様、そんな事をしに来たんじゃありません」

 ここまで来る間にも散々道草をくっていたクロウに、イヨはもう怒りも忘れて冷めた口調でパシリと言った。


「分かったよ」と言ってクロウは立ち上がったものの、コックピットへの扉ではなく、二階の通路に目をやり、飛び上がってよじ登った。

 砲台を操作するらしい座席に興味を持ち、座っていじり始める。


 イヨはもう注意することもせず、ため息とともに、コックピットの扉を開ける暗証番号のメモを取り出した。


 ところが、まだ離れているコックピットの扉が、勝手にすっと開いたかと思うと、そこから一人の小柄な男が姿を現した。


「……え……?」


 イヨがその男の顔に驚愕するあまり見せた一瞬の隙をついて、男は二階の通路によじ登り始めた。

「若様!!」

 イヨも大急ぎで二階によじ登り、クロウに駆け寄ると、すんでのところで男からクロウを引き離し、二階から飛び降りた。

 慌てたためバランスを崩し、床に体を打ち付けた後ごろごろと転がった。


 腕で抱きかかえたため、クロウは無傷だ。イヨより先に立ち上がると、手を取ってイヨを立たせる。

「ごめんイヨ! 僕……」

「そのお話は後で」

 イヨの顔はクロウを見てはいなかった。見ているのは、二人を追って降りてきた、小柄で白い髪の男。


「……お久しぶりです。生きていらしたんですね」

 連合国軍の軍服を着たその男に、イヨはそう言った。クロウも顔を確認するが、見覚えはない。

 男の方もイヨの顔を確認し「懐かしいな」と言いながら羽織っていたマントを取り外した。


「お前は確か、タマモの大縫だいほう眷属の子猫だったな」


 イヨは、クロウの生まれた時にはすでに大縫より一つ上の、小織眷属だった。それ以前にイヨと知り合っていたという事になる。クロウには誰だか全く分からない。

 だが、隣に立つイヨの緊張とは、クロウにも分かった。


「私は、もうタマモ様の眷属ではありません。あなたの後任として、アキツの南方守護の四賢人になったんです」

「えっ?!」と驚くクロウ。

「あの人が……?」

 イヨは「はい」とうなずいた。

「元アキツ四賢人の一角で白虎びゃっこの妖、イェガ様です」


 イェガはゴロウの特使としてアキツから離れている間、事故に遭って死んだと言われていた。ゴロウと他の四賢人の三人が遺体を確認したはずだが、まさか四賢人の一人に騙されるとは思わず、変わり身であることに気付けなかったのだろう。

 イヨは幼い頃に何度か会ったきり。クロウは話に聞いた事しかなかった。



「ハハハハ」と男の笑い声。

「俺の名前はもうイェガじゃない。ハンゾ・タクラだ。お前のような子猫がこの俺の代わりに四賢人とは、アキツも落ちたものだな」


「イェガという名を捨てて、殺気を漂わせているという事は、私達の敵という事でいいんですね?」

 ハンゾはイヨの質問に戸惑いなく「ああ」とうなずいて見せた。

「モス・キャッスルの復活は止めさせん。お前達はここで殺す。今のうちに念佛でも唱える事だな」


 イヨは小さな声でクロウに言った。

「若様、私が引きつけますから、コックピットに飛び込んで、中から鍵をかけてください」

「え……イヨは?」

「あの人を倒してから行きます」


 クロウはハンゾをチラリと見た。イヨよりも小柄だが、クロウにも分かるほどすさまじい気を体からたちのぼらせている。


「……大丈夫?」

「私は四賢人ですよ?」

 そう言うとイヨは、クロウに言うと同時に自分にも言い聞かせるようにつぶやいた。

「大丈夫です」



 袂から小さな折り本を取り出して広げたイヨ。シュッと音を立てて、中から文字が浮き出し、鎖のようにつながった。


「ほほう、『読誦鎖どくじゅさ』か。いかにもタマモの眷属らしい術だな」


 イヨは無言で手を動かし、文字の鎖を横に広げた。続けて袂からデンプン膜で包まれたお菓子のような物を取り出し、口に入れてかみ砕く。


「ん?」と頭を僅かに傾けるハンゾ。

「それは、タマモが使っているのは見た覚えがないな……」


 ブッとイヨが息を噴くと、『口』という文字がいくつかふわりと飛び出て、宙を漂い始めた。


「『飛び口』を好んで使っていたのは……秋大寺のバクだったか? 俺が『そんな物に頼るな』と注意してからは使わなくなったがな」


 イヨは次に手の平に指で何かを刻むと、床を触りながら呪文を唱えた。キン! と音が鳴り、部屋中の床が一瞬、水玉模様に赤く光った。


「これは……名前は忘れてしまったな。だが、コシチが霊術を極める前に使っていたものだろう?」


「『独破雷どくはらい』です。あなたにしか反応しない地雷……今、この部屋一面に仕掛けました」


 ハンゾはゆっくり手袋を外した。

「俺と本気で闘う覚悟を決めた事は褒めてやろう。だが、やたらと術や道具を振りまくのは、自信の無さを教えるようなものだぞ」


 ゴッと青い炎をまとい、イヨは二又猫の姿になった。二つの尻尾の先で、黒い球がパチパチと音を立てる。


「黒雷か。それがお前の主力武器だな? だが人型と獣型で威力に差があるというのも、修行不足の証だ」


 イヨの黒雷がバン! と空気を切り裂きながらハンゾを直撃した。ところが、その黒雷はハンゾの体に弾かれ、砕けるように消え去った。


「俺の『白銀鎧はくぎんがい』は知らなかったか? 黒型の術は、一切俺には通用しないぞ」

 そう言うとハンゾは赤い炎をまとい、イヨの倍はある大きな白い虎に姿を変えた。飛びかかって来るハンゾを、イヨは人型に戻りながら飛び退いてかわすと、クロウに叫んだ。


「若様、早く!!」


 クロウは大急ぎでコックピットに駆け込むと、イヨに言われた通り、扉を閉めて中から鍵をかけた。

 モニターの前に行き、メモを片手に降下の操作を始める。



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