第155話 第三区画 ジョイス、シンシア、ヤーニン 後編
第三区画。ジョイスは閉じ込められたシンシアの視界を確認していた。暗闇だが、動いている。生きている証拠だ。幸いなことに、大きなけがもなさそうに思える。
だが、左腕が隙間から外に出ているだけで、体は完全に分厚い金属板に覆われてしまっている。
「死んだか? んー、微妙だな。俺っちとした事が、少し狙いを外しちまったぜ」
カルラはシンシアの方を見上げながらそう言うと、ジョイスに向き直った。
「これでお前さんに集中できるってわけだ」
カルラの大きな声があたりに響いた。それを聞きつけたヤーニンが、シンシアの元へ行こうと、二階の通路に姿を現した。それをチラリと振り向いて確認するカルラ。
「ヤーニン、この馬鹿っ! 戻りなって!」
ジョイスが叫ぶのと同時に、カルラが振り向き様にハンマーで金属片を放った。それが足をかすめ、ヤーニンは通路から転がり落ちてしまった。
「くそっ!」
ヤーニンのもとへと走り出すジョイス。だが、カルラが先にヤーニンにたどり着き、首をつかんでヤーニンを持ち上げた。
「動くな」
カルラにそう言われてジョイスは立ち止まった。ヤーニンの喉にカルラの親指が突き立てられ、今にも絞め殺そうとしている。「待ってくれ」とジョイス。
「負けた。……何でもする。だから……」
カルラはヤーニンを連れながらジョイスに少し近付くと、小さな袋を取り出してジョイスに放った。
「中に入ってるカプセルを飲んで、お前さんらの作戦を全部話せ」
「毒?」
「ああ。だが効きは遅い。作戦を言い終わった後、お前さんはゆっくり三十分くらいかけて死ぬことになる」
ジョイスは真っ直ぐカルラを見つめながら、袋を開けてカプセルを取り出した。
「ヤーニンとシンシアの命を保障するなら、飲んで全部話すよ」
「いいぜ。俺っちも別に人殺しが好きなわけじゃない。だが三人同時に抑え込み続けるのは無理だからな」
「だめ」と言いかけたヤーニンの喉に、カルラがグッと親指を押し立てた。「えぐっ」とヤーニンの苦しそうな声が漏れ、手からヌンチャクが落ちる。
「やめてって! 飲んで全部話すから!!」
ジョイスは涙をこらえて真っ直ぐカルラを見つめている。今、瞳を潤ませるわけにはいかない。ゆっくり手を動かし、カプセルを口に入れ、飲み込んだ。
「よし。話せ」
カルラがそう言った瞬間、バン! という銃声。そして「ぐおっ!」というカルラのうめき声。カルラは足を押さえてバランスを崩した。シンシアの電撃銃のコードが突き刺さったのだ。カルラはすぐに金属片のついたハンマーをジョイスに向けて振り上げる。
カルラの手が離れたヤーニンは倒れ込みながら、ジョイスの視界で位置を確認していたヌンチャクを、振り向くことなく一瞬で拾い上げた。すかさずそれをカルラが振るハンマーに打ち当て、金属片の軌道をずらした。
ジョイスは頬をかすめる金属片に怯むことなく突っ込み、カルラの顎にアッパーを喰らわせた。
「ごはっ!!」
カルラはハンマーを落として転がり、壁に頭を打ち付けて気を失った。
「お姉ちゃん!」
駆け寄ってきたヤーニンの頭をなでながら、ジョイスは二階を指さした。
「まずシンシアだよ」
ジョイスは二階に飛び上ると、シンシアに覆い被さる金属板を投げ捨てた。すでに涙を流していたシンシアが、ジョイスに「ごめん」と抱きついた。
「あとほんの少しでも、早く撃ててたら……」
ジョイスは抱き返してからシンシアを離すと、ヤーニンと同じように頭をなでた。
「あたしの視界だけで狙いをつけて銃を当てるなんて、あんたすごいよ。……不甲斐なくなんかない」
シンシアは水筒を持ち上げた。
「やっぱり、これジョイスがパンクに持たせたんだ」
ジョイスは水筒を見て「あ」とシンシアから取り上げた。そして中身を飲み、自分の腹を思い切り叩いた。
「おえっ!」とその場に吐くと、溶ける直前のカプセルが転がり出た。
「やったあああああ!」
ヤーニンはジョイスに抱き着き、そのまま泣き出した。シンシアももう一度ジョイスに抱き着く。ジョイスは笑いながら言った。
「まだ終わってないよ」
ジョイス達はカルラを縛り上げ、コックピットで降下の操作を予約すると、一番大きい脱出艇を選んで乗り、夜空へ飛び立った。
「モス・キャッスルの周りをゆっくり旋回する」
操縦するシンシアにジョイスは「ああ」と返事をする。窓を見ているヤーニンが「お姉ちゃん」と呼んだ。
「マナさん達……何かあったのかな」
夜空に窓の明かりをばらまいているモス・キャッスル。各区画の分離は、まだ始まっていない。
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