第103話 マナの家へ
「ここで、人と待ち合わせてるんです。もう行ってください」
そんなマナの言葉を、ハウは全く信じなかった。マナの服も、髪の毛も、木の枝や落ち葉がたくさん絡まっている。その上に泥まみれで、一度濡れてから乾いたようにくちゃくちゃだ。
「まさか、雨が降った一昨日からずっとここにいるのか?」
ハウがマナの頭に引っかかった落ち葉を払おうとすると、マナは嫌そうに頭をよけた。
「違います。もう行ってください」
「だけど……申し訳ないが、その体では山道を自分の家までは歩けないだろう?」
「友達が来てくれるんで、平気です」
「友達って、名前は?」
マナは考えるように一瞬間を置いてから答えた。
「ティモ・グラムベイ」
「ははははは!」と笑うハウ。
「なるほどね。あいつなら空も飛べるし、ルーマ博士の作った秘密兵器もある」
マナは顔を真っ赤にした。迎えにくる友達の名前を問われて、答えなければ嘘だとバレると思いとっさに口から出した名前。それは、テレビで朝七時から放送されている、小さな子供向けアニメの主人公の名だ。
まさか、今目の前にいるどっしりした大人の男性が知っているとは思わなかったのだ。
「ほら、家まで送るよ。道を教えてくれ」
ハウはマナを軽々と抱き上げた。
「あの……坂道の上に車いすあるんで、それで自分で……」
「悪いけど、車いすはあとで俺が取りにくる。こんな状態で嘘までついてここで死のうとしてる人間を、自分で帰らせるわけにはいかないからね」
コッパがハウの肩の上からマナに顔を近づけた。
「お前、死のうとしてたのか?」
マナの視線のそらし方で、どうやら図星らしいことは分かる。
「ふーん。お前マナだったな。オイラはコッパ。せっかくだからオイラの名前も覚えてくれ。間違っても、『カメレオン』なんて呼ぶなよ?」
*
村について、マナの家まで歩く途中、誰もマナにはよってこなかった。避けているということではなく、恐らく一昨日からいなくなっていたことに誰も気づいていなかったのだろう。だから『あ、マナがいる』程度にしか思わないのだ。
「体が冷え切ってるな。風呂を沸かすよ」
マナをベッドにおろすと、ハウは台所で適当なコップに水を注ぎ、マナに手渡した。そのまま風呂場に、お湯をはりに直行する。
「おいマナ、腹は減ってないのか?」
ベッドに登ってそう聞くコッパに、マナは水を一口飲んでから首を横に振った。
「嘘つけよ。一昨日から何も食べてないだろ?」
「食べる気しないから」
「へえ……。お前、一人で暮らしてるのか?」
「うん」とマナはうなずく。
「その体でどうやってご飯作るんだ?」
「ご飯は冷凍のを買ってためてる」
「そうか。皿洗いは? 洗濯とか掃除もあるだろ?」
「こら」とハウが見えない場所から声を上げた。
「初対面の人にそんなこと根掘り葉掘り聞くんじゃない」
ハウはタオルで手を拭きながら戻ってきた。
「食べ物は冷凍だけか。あまり健康的とは言えないね。今日は私が何か作ろう。まずは風呂が沸いたら……俺がいた方がいい?」
マナは枕を投げつけた。
「一人で入れます」
「ハウ、心配するな。オイラが見ててやるよ」
コッパがそう言うと、マナはパシンとコッパの頭を叩いた。
「何だよ、恥ずかしいのか? オイラはゲルカメレオンだぞ? 人間の女の裸なんか別になんでもない。お前の方はオイラの裸を今も見てるじゃんかよ」
「そうかもしれないけど……じゃあ、脱衣所までだったら」
脱衣所で時間つぶしにジグソーパズルをするコッパ。水音のする扉の向こうにはマナがいる。扉を閉めたまま呼びかけてきた。
「コッパ、そこにハウいる?」
「もういないぞ。買い物に行った」
コッパは、このピースは……とくるくる回しながら、マナの話に耳を傾けた。
「ハウって、どんな人なの?」
「どんな人……えーと、考古学者で、酒好きだな。あと、食べることが好きで、料理も上手い。帰ってきたら何か作るみたいだから、楽しみにしとけ」
「ふーん……優しい?」
「まあね」
「ここには何をしに来たの?」
「霊獣っていうのを探してるんだよ。まあ、その辺は本人に聞いてくれ。……よしっ!」
ジグソーパズルは完成した。コッパは浴室の扉をトントンとノックする。
「マナ、パズル終わっちまった。他の貸して」
「本棚に入ってるから好きなのを……あぶっ! ゴボッ!」
「な、なにっ?!」
バシャバシャとおぼれるような水音に驚いてコッパが「大丈夫かぁっ!」と扉を開けると、マナに洗面器いっぱいのお湯をかけられた。
「勝手に開けないで!!」
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