第143話 開戦
アンド城にある、ブインタスールへと繋げた身渡り印のある門。キンに連れられてマナとコッパがそれを渡ると、大きな山の上に妖達がひしめいていた。
ガチャガチャと鎧や武器が揺れたりこすれたりする音が響く中、キンはマナとコッパを陣の端へと連れて行った。
山の崖に透明な壁が設置されており、ふもとに広がる平野の奥には、ジェミル軍のガンボールやエラスモが地平を埋め尽くしている。山のふもとにも、エラスモやガンボールの姿があった。
「おい、砲弾飛んで来たりしないのか?」
コッパが震えながらそう言う。「安心せい」とキン。
「この壁は反対側からは全く見えん。奴らはワシらがいる事すら気付いちょらんわい。お前に頼みたいのは、アレじゃ」
キンはそばにある広い木の台座を指さした。上には小太りの狸が一人立っている。
「行くぞ」
キンと共にマナとコッパも、台座の上へと上がった。さらに反対側から上がって来たのは、タマモとコシチ。中央にある机に、キンと三人で集まった。
タマモが机に紙を広げ、キンとコシチの見る前で指をすーっと滑らせ始めた。さらに、トン、と指で紙をつついたり、コン、と曲げた指で叩いたりしている。
「何やってんのかな?」
コッパがささやいた。マナが目を凝らしてよく見ると、タマモが広げた紙はどうやら地図だ。
「多分、作戦を確認してるんだよ」
タマモが地図を丸め、コシチは下げていた頭を持ち上げて槍を取り出す。キンは「よぉし!」と腕を振り、ぶるっと体を震わせた。
「チャガ、
キンがそう言うと小太りの狸がボン! と音を立てて煙を噴き出した。驚いたマナとコッパが振り返ると、狸の胴体が巨大なほら貝になっていた。
「コッパ、お主への頼みはこうじゃ」
キンがやってきた。
「ワシがやれと言うたら、チャガが化けたあのほら貝を思いっきり吹き鳴らせ。体を膨らませてな。ワシが出陣の掛け声を出したら、すぐに城に帰るんじゃ。台座の下におる狸に案内させる」
「わ……分かった」
マナがコッパをチャガのほら貝の前にスタンバイさせると、キンは机に飛び乗り、両手に扇子を持った。
「アキツ八百八軍の妖達よ! ワシらを獣と愚弄するジェミル軍のブリキのおもちゃどもに、この戦で妖の力を思い知らしちゃれ! ブンの腹陣太鼓とワシの舞、そしてチャガとコッパのほら貝により、お主らに力と加護を授ける! 陣太鼓、始めい!」
台座の下にいる狸、ブンの腹太鼓が、ドンドンドンドン……と一定の拍を打ち始めた。それに合わせてキンが躍り出す。
「い、ざ、や! い、ざ、や!
「い、ざ、や! い、ざ、や!
キンに続いて
「い、ざ、や! い、ざ、や! 烈火のご、と、く! い、ざ、や! い、ざ、や!
「い、ざ、や! い、ざ、や! 烈火のご、と、く! い、ざ、や! い、ざ、や! ……」
妖達が繰り返すと、キンが叫んだ。
「コッパ、やっちゃれ!」
コッパは思い切り空気を吸い込んで体をめいっぱい膨らませると、ほら貝の吹き口を咥えて一気に息を送り込んだ。
ブオオオオオオオオ! と、山が砕けるかというほど凄まじい音が鳴り響く。地面の石がパチパチと跳ね上がった。その音がコッパの長い息で何十秒も続く。
雄叫びを上げる妖達の体を煙のような白い光が纏い始めた。妖達もそれに呼応するように雄叫びを上げたり武器を打ち鳴らす。
ほら貝に化けたチャガが手足をばたつかせた。
「うほほほ、なんっちゅうヤツじゃあ。体が割れそうだわい!」
マナも「すごいよコッパ!」と拍手。
キンが「ギャハハハハ!」と大声で笑った。
「睨んだ通りじゃ。痛快痛快! コッパ、もう一発やっちゃれ! カイジンレツザイゼン!」
もう一度コッパのほら貝が鳴り響き、妖達の光は一段と強くなっていく。後方に設置された連合国軍の旧式スミロカノンが、八百八軍の頭越しにジェミル軍へ向けて一斉に砲撃を放った。
妖達の咆哮の中、キンは気をまとった手で筒を作って口に当てると、けたたましい声で空気を震わせた。
「
透明の壁が煙のように消え、アキツ八百八軍の妖達は、山の頂上から続く曲がりくねった坂道を完全に無視して、急斜面を雪崩のように駆け下り始めた。
*
ジェミル軍参謀本部では、合同軍の出陣の音を聴き取った将校達が、テントから出てきていた。一人が双眼鏡を持って山を見る。
「じ、獣人達が急斜面を駆け下りています!」
「なに?! すぐにエラスモの配置を変えさせろ! 一列に……」
「待て待て! 一列ではなく、大きく弧を……」
「エラスモの配置よりも先にガンボールの展開をするべきだ!」
ジェミル派の将校をかき集めて編成されたジェミル軍は指揮系統が確立されておらず、本部のテントは混乱に陥っていた。そんな中、テントの近くにふわりと一羽のミミズクが舞い降りた。一人の将校がそれを「ん?」と見る。
ミミズクは
「何を……きっ、貴様! まさかアキツの獣人……」
地面に描かれた印が黒く輝き、ギュバッ! と音を立てて十二単を着た女が現れた。長い黒髪をさらりと揺らしながら、つり上がった横目で将校達を見ている。
「何者だ!」
「誰か、ガンボールを呼べ!」
タマモはにやりと笑って右の手の平を地面に向けると、つぶやいた。
「
ドッと周囲の地面が揺れて黒に染まったかと思うと、同じく真っ黒な大きな手、口が地面から現れ、将校達やテント、その他の兵器や機材を押さえつけ、飲み込み始めた。
「うわーっ、何だこれは!」
「動けない! た、助けてくれ!」
もがく将校達を見てタマモは甲高い声で笑った。
「いくらもがいても無駄じゃ。それに一度飲まれれば、半日は出てこられん。ツキト、来い」
「はっ!」
タマモの出した手にツキトがとまった。またしてもギュバッと音を立てて黒い光がまたたき、二人はその場から消え去った。
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