第39話 鬼ごっこ
五両目、六両目、七両目と探したが、リスの臭いは見つからなかった。マナ達は娯楽施設区の八両目へと続く連絡通路に入ろうとしていた。しかし
「……ん? あ、ちょっと待て!」
マナの頭の上でコッパがストップをかけた。
「今……急に臭いが来たぞ。八両目じゃない。今探してた七両目だ」
「えっ? この近くにいるの?」
「いや、あんまし近くはないな。取りあえず戻ってくれ」
コッパの指示で七両目をもう一度歩き始めた。第三居住区であるこの車両は、民家が立ち並んでおり、道は複雑に入り組んでいる。
「マナ君、今更ではあるが教えてくれ」
ザハが速足でマナのところまで追いついてきた。
「霊獣であるなら、そのリスは普通のリスとは違うのだろう? どんなリスなんだい?」
「それが、私にもよく分からないんです。ただ『見つけたものに幸運をもたらす』って言われてるみたい」
「幸運……無限列車マイ・ザ=バイの中で生きている事と、何か関係があるのかい?」
「全然分かりません」
そうなのだ。これまでは毛皮がどうとか、雷撃とか、宝石の鎧とか、海流をつくるとか、けがを治すとか、具体的な情報があったのだが、このリスに関してはこんな漠然とした情報しかないのだ。
以前なら、ジョウやリズと共に正体不明のリスがどんな風か考えて、楽しみに探すことができただろう。だが、旅の状況は変わってしまった。
「ここはまっすぐ進んで、次は左に」
「近くなってきた。次を右だ」
「近い。そこの、家と家の間を奥に進め」
コッパの指示通り進んでいくと、防火水槽の看板が立てられた何もない広場に行きついた。全員であたりを見渡すが、リスの姿はない。コッパはマナから降り、床の臭いを念入りに嗅ぎ始めた。
「おかしいな。かなり強い臭いが残ってるのに……ここで途切れてる」
「まさか、飛んで行ったのか? 霊獣ならそれくらいできてもおかしくは……」
ザハがそう言うとコッパは「違う」とあっさり否定した。
「オイラの鼻と耳をなめるなよ。飛んだなら飛んだルートに臭いが残る。もし翼があるなら羽音も聞こえるはずだ」
マナはコッパに手を差し出して、頭に登らせた。
「じゃあどうして……」
「イテッ!」
突然パンクがそう言って頭を抑えた。全員そちらを向く。ところが、次はバンクが「痛っ!」と頭を抑えた。
「リスだ!」
コッパが指さして叫ぶと、パンクとバンクの頭を踏んでジャンプしたリスは地面に下りて走り出した。
「な……なに? 『鬼さんこちら』?」
コッパの通訳を耳にした瞬間、マナは走り出した。全員理解し、リスを追う。鬼ごっこが始まったのだ。
「おっ、いたぞ!」
カンザが叫んだかと思えば、少し離れた所にいるヒビカが
「あそこだ!」
次に、別の場所を見ているパンクが
「今、そこいたぞォ!」
さらに、一人遅れて歩いているタブカが
「こっちです!」
「どうなってんだ? 臭いも声も、あっちこっち飛び回ってるぞ。急に出たり消えたり」
「そういう能力なんだね、きっと」
コッパとマナはバンクと一緒に走っていた。
「僕に任せてください! 無線で、パンクとタブカさん、ヒビカさんに連絡できますから、グループ分けして、この居住区に散らばりましょう」
バンクは無線を使って、グループ分けを決め、それぞれの位置を確認して作戦を伝えた。
「あっちこっち飛び回ってるけど、だんだん八両目の方に向かってるな。トトカリのヤツ、わざと飛び回りながら遊んでるんだ」
「トトカリ?」
マナが息を切らせながら聞く。
「あいつの名前だよ。さっきオイラに名乗ったんだ。とにかく八両目の連絡通路に先回りして隠れよう」
「分かった!」
マナとバンクはコッパに言われた通り、連絡通路へ走った。
*
十一両目、資源管理区。メイと、耳を大きく変形させた探索型の三羽の漆黒、そしてシンシアとヤーニンがトトカリを探し回っていた。しかし、一向に見つからない。メイの苛立ちはこれ以上ないほど強くなっていた。
「ああもう! ランプが列車に来たかも分からないし、リスは見つからないし……シンシア、ヤーニン!」
怯えながらもヤーニンが「はい」と返事をしてメイに近づく。後ろにはもちろんシンシアも。
「ここから九両目までは漆黒に探させるから、あなたたちは八両目まで行って探しなさい」
「分かりました」
すぐに行こうとしたヤーニンを「待ちなさい」と肩を持って止めるメイ。ヤーニンは恐怖と緊張で体が固まる。
「もしランプを持ってる奴らがいても、下手に手出しはしないこと。あなたたち二人じゃ護衛に勝てっこないんだから、リスを捕まえる事だけに集中なさい。リスさえ先に捕まえれば、人質代わりにして事を有利に運べるからね」
「はい」と答えたヤーニンの喉に、メイは短剣を突き立てた。
「見張りはつけておく。逃げようなんて考えないこと」
*
マナとコッパ、バンクは、八両目の連絡通路がある前でトトカリを待ち構えていた。見つからないよう家の陰に隠れて見張っているが、トトカリはなかなか姿を現さない。
「ま……マナさん」
バンクが緊張したような面持ちで声をかけてきた。
「あの……マナさんは、どうして旅をしてるんですか?」
急にそんな質問をされて一瞬きょとんとするマナ。そのマナの肩をコッパがギュッとつかんだ。「気を付けろ」という合図だ。
マナはランプの事を省いて、簡単に説明した。
「霊獣と友達になりたいから……」
「友達? そ、それは、どうしてですか?」
「えっと……友達増えたら嬉しいでしょ?」
「でも、賊に追われても続ける理由は……何かあるんじゃないですか?」
「それは、ね……わっ!」
バンクをかわせる説明をマナが考えていたその時、バンクがマナに覆い被さるように倒れ込んできた。バンクは両手でマナの頭を優しく抱え、そのまま押し倒すように倒れた。
「す、すいませんっ!!」
すぐに起き上がったバンクは、顔を真っ赤にして、倒れたマナに手を差し伸べた。マナはその手を取って立ち上がる。
「どうしたの?」
「マナさんの頭の上に、トトカリがいたんです」
「いたぞ!」
コッパがそう叫んで連絡通路の入り口を指さした。マナとバンクがコッパの指を目で追うと、その先には背中を見せながら振り返ってこちらを見るリスの姿があった。
「追います!」
そう言って走り出すバンクに、マナも続く。
*
「いやー、美味しいですね若様!」
「うん。美味しいね」
八両目、娯楽施設区の中にある遊園地のフードコートで、クロウとイヨはヨーグルトパフェを食べていた。イヨが苦労を重ねて、ようやくクロウの機嫌が上向きかけてきているところだ。
「御屋形様が旅をなさっていた時は、今の若様より三十歳も年上でいらっしゃいましたからね。同じ大きさの爪痕残すなんて、そもそも無理な話でしたよね」
「うん。……イヨ、その話三回目だよ」
「大事なことですから! いやー、本当に、若様は御屋形様よりむしろ大変な旅をなさってると言っても、いい、のかもしれない、可能性もありますよ。だって、当時の御屋形様より三十歳も年下なんですから。従者も御屋形様は四人お連れになっていたのに、若様は私一人ですからね」
「でも、父上は自分で決意して旅に出て、自分で仲間を見つけたんだよ? 僕は父上に言われて、イヨをあてがわれて……」
クロウのスプーンが止まってしまった。イヨはまたしても、しまった、と口に手を当てた。
「若様! そんなことはどうでもいいじゃないですか。とっ、とにかく、三十歳も年上だったんですよ。だからその……何か楽しい事しましょう! ジェットコースターもう一回どうですか?」
「いい。つまんないもん」
「じゃあお化け屋敷はどうです?」
「あんなの怖くない」
「メリーゴーランドだったら」
「僕を子ども扱いするのはやめてよ!」
トンッ! と、二人のテーブルの上にトトカリが落っこちてきた。突然のことでクロウもイヨも、一瞬言葉を失う。
「すいませーん! そのリス捕まえて下さーい!」
バンクが二人に向けて叫んだ。クロウとイヨが状況を飲み込みかけた時、トトカリはクロウの顔を蹴とばした。さらに、向かい側のイヨの頭を踏みつけ、建物の二階へと飛んでいった。
イヨが踏まれた頭をさすりながら、振り返ってトトカリを見ていると、もっと重い何かがイヨの頭を踏んづけた。
「痛いっ! あっ、若様!」
イヨの頭を踏んづけてトトカリを追うクロウ。仕方なくイヨも「ほんとにもう!」と後を追う。
マナが少し遅れてフードコートに走ってくると、吹き抜けの二階から四階までをトトカリとクロウ、イヨが飛び交っていた。
「え、あの人達は?」
「偶然トトカリのそばにいたので、僕が思わず、捕まえてくれと頼んだんです。とんでもなく身軽な人達ですね……」
マナはバンクと一緒に上を見上げた。
トトカリが吹き抜けの二階から、反対側の三階へジャンプすれば、クロウは三階に登って反対側にジャンプ。イヨはトトカリと同じく直接ジャンプ。
「おいマナ。あいつら、人間じゃないぞ」
「えっ?!」と驚くマナにコッパはすぐ「心配するな」と付け加える。
「怪しいって意味じゃない。獣人だ」
「獣人って?」
「あいつら、マイ・ザ=バイに来る前の駅にいただろ? カンザが言ってた東の果てにある『アキツ
「へえ……」とコッパに顔を向けて聞き入っていると、マナの視界の端で何かが急に近付いてきた。慌てて首を振ると
「あぶっ!」
トトカリに顔を踏みつけられてしまった。勢いに負けて後ろに倒れそうになったマナをバンクが受け止める。
「大丈夫ですか?!」
「あ、ありがとう。ちょっと油断しちゃった」
そこにトトカリを追うクロウが走ってきた。
「リスを捕まえればいいんでしょ? 僕達に任せて。ちょうど退屈してたんだよ」
トトカリを追っていくクロウに、イヨも続いて走る。もちろんマナとバンクも追うが、どんどん引き離されてしまった。
「だめ、とても追いつけない……トトカリ、何で急に速くなったの?」
「今まで手加減してたんだろ。完全にオイラ達をまいちまったら、鬼ごっこにならないからな」とコッパ。
「マナさん、走り通しで疲れましたよね。ここで休んでいてください。僕が捕まえます!」
バンクはそう言ってマナを置いて走り出した。彼もマナのペースに合わせていたようだ。軍人だからマナより体力があって当然だが、どうも悔しい。
せめてもの抵抗(?)として、マナは言われた通り休みはせず、後を追って走り続けた。
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