第38話 消失




 マナとヒビカが元の部屋に戻ると、ザハとカンザの他に二人、若い軍人がいた。

 ザハ達と笑いながらお喋りしていたようだが、マナ達が入ってくるとその軍人二人は振り返った。


 二人とも、同じ顔だ。『同じ表情』ではない。同じ顔だ。


「あ、ひょっとしてマナさんっすかぁ?」

「あ、あの僕たちはその……」


 同じ顔だが喋り方は全然違う。軽い喋り方の方がマナの手を取り、握手をした。

「ケガしたタブカ先輩の代わりって言うか、助っ人みたいな感じで護衛に着きます。俺、パンクっていいます。よろしく」


 もう一人は、手を出そうとしたものの、ためらってひっこめた。

「僕もタブカ大尉の補佐で、あの、バンクって言います。よろしくお願いします」


「ありがとう。よろしくお願いします」

 どうせ断ってもついてくるだろう。マナは何とか笑顔を作って、バンクの手を取り握手をした。バンクは顔を真っ赤にしてぺこりとお辞儀をした。



「マナちゃん、こいつらな、こんなに顔そっくりなのに、双子でも親戚でもない赤の他人なんだと。ビックリだろ」

 カンザが楽しそうに教える。

「年齢も十八で二人とも同じだ。階級も、二人とも少尉。こりゃ奇跡と言っていいよな」


 珍しくザハも「うん」とカンザに同意。

「私も彼らには興味がある。全く血縁関係がないにもかかわらず、ここまで似ているとはね。二人の家系図やご先祖の比較調査を是非やってみたい」


 ヒビカは二人をじっと見ると、冷静な口調で言った。

「なるほど。前髪で右目しか見えないのがパンク。逆に左目しか見えないのがバンクだな?」


「そうそう! いやぁ、お前察し早ぇなぁ!」

 嬉しいらしく、大興奮のパンク。その肩をバンクが慌てて揺さぶった。


「パンク! この人、海軍大将だよ!」

「えっ、マジィ?!」と驚いたバンクは、すぐに敬礼した。

「しっ、失礼しましたっ! 若いし、女の人だったんで、てっきり俺達と同じくらいだと思っちゃいました」


「フフッ」と笑うヒビカ。

「女が大将なのはおかしいか?」

「いえっ! でも珍しいっすよね?」

「私が初めてで、今のところ唯一だ」

「マジっすか! すげぇ!」

 バンクがまたパンクの肩を揺さぶる。

「失礼だよっ」



 軽くて明るいパンクと、礼儀正しく恥ずかしがり屋のバンク。新たに加わった二人としばらくにぎやかに話した後、マナ達は入院を免れたタブカと共に宿へと向かった。




                *




 ヒビカが取ってくれた宿は、かなり簡素で部屋も狭かった。ベッド以外はノート一冊しか乗らない小さな机があるだけで、椅子もない。

 だが、全員列車や船での寝泊りの経験があったためか、ザハがカンザと同室であることに文句を言った以外は何も不満は出なかった。


 ヒビカはマナと部屋に入り、アーマーの剣を降ろしてベッドに座ると、マナに話しかけた。

「マナ、さっきは素晴らしかった」

「え?」


「ジェミル元帥と話した時の事だ。元帥に『安心か』と問われた時、私は『安心だ』と答えてほしかった。まさかお前があの場で、私とジェミル元帥が見せた選択肢を選ぶのではなく、自分の考えをハッキリ伝えるとは。私は自分が思った通りにならなかったのに、胸がスッとしたよ」


 ヒビカは初めて見るくらいの清々しい笑顔を見せていた。実に嬉しそうだ。


「ジェミル元帥はああ見えて軍人の中でもずば抜けたタカ派だ。目的を果たすためなら違法行為でも何でもする。決して証拠は残さないがな。正直言って私も、もし自分が陸軍人だったらさっきのように強気には出られなかっただろう。私の力が及ばなければ、ランプは奪われてしまうと思ったが、お前は自分の身を自分で守るだけの勇気をもっていたのだな。見直したぞ」


『見直した』……今までどう思っていたのかは知らないが、褒め言葉であることは確かだ。マナは取りあえず「ありがとう」と返事をした。


「だが、気を付けろ。陸軍は明らかにそのランプを狙っている。私が海軍から派遣されたのは、陸軍が狙っているランプに何かあるらしい、と噂が流れたからだ。陸軍に狙われる心当たりはあるのか?」


 マナは用意していた答えをさらっと返した。

「私には何でこのランプをそんなに欲しがるのかは分からない」


「……そうか」

 ヒビカはそれ以上は聞かなかった。




                *




 マナ達の宿がある第三両目第一居住区の中にある大きな噴水の広場で、イヨが巻物を広げていた。両手で印を結び、呪文を唱えると、噴水の前に三本の赤い光が立ち上る。


「これです。御屋形様の『爪痕』。若様、準備はいいですか?」

「うん。じゃあ、いくよ」

 クロウが袖をまくり、右手に力を入れる。青い光が漂い始めた。

 しかし、それを見て「あれっ?」とこぼすイヨ。

「少ない……。それしか気を練ってないんですか? 足りるかな……」

「えっ、足りない?」

「まあ、取りあえずやってみてください」


 クロウは赤い光をなぞるように右手でひっかいた。

 赤い光の上を青い光がなぞっていくものの、半分程度で途切れてしまった。「あー」とイヨ。

「ほら、やっぱり足りなかったじゃないですか!」

「……うん」


「ちゃんと時間をかけて、積み重ねて気を練り上げないからですよ!」

「うん……」


 クロウはイヨに返事をするうちに泣き出した。イヨはしまった、という顔で手のひらを口にあてると、打って変わって明るく……も、わざとらしい声で笑った。

「あっ、あははは。まあ、とにかくやらなきゃいけないことは終わりましたし。後は何か、楽しい事しましょう。八両目は娯楽施設の車両ですから、映画でも遊園地でも、若様の行きたいところに行きましょう!」

「うん……グジュッ……」




                *




「うーん……こりゃ難しいぞ」

 コッパはカリカリと頭をかいた。いよいよ霊獣のリスを探すために行動を開始したものの、臭いを嗅いでも床に耳を当てて音を聴いても、全く手がかりがないのだ。


「声も全然聴こえない?」

 マナに「ああ」と返事をするコッパ。地面を離れて肩まで登ってきた。

「ここは走ってる列車だからな。床が音を遠くまで伝えてくれない。一両一両臭いを確認しながら、順繰りに捜して行こう。陸軍基地の一両目と二両目はもう確認したから、ここ三両目にいなけりゃ、次は四両目だな」



「そのゲルカメレオン、喋れるんすか!」

 パンクは興奮気味にマナに聞いてきた。マナが答える前に「オイ!」とコッパがパンクの方に振り返る。

「オイラの名前はコッパだ。聞きたいことがあるならオイラに直接聞け」

「うわぁ、マジで喋ってるよ……。マナさん、コイツどこで手に入れたんっすか?」

「オイ!!」


 マナをはさんで反対側にはバンクが歩いているが、パンクとは対照的に特にコッパに興味を示してはいなかった。興味を示しているのは……

「マナさん、あの……お幾つですか?」

「二十一だよ」

「あ、やっぱり僕達より年上なんですね」


「おいバンク」

 ヒビカに後ろから声をかけられ、バンクは肩をふるわせて「はいっ」と体ごと振り返った。


「女性に軽々しく年齢を聞くな」

「ああっ、は、はいっ! マナさん、すいません!」


 マナは慌てふためくバンクに笑顔を返す。

「私は大丈夫だよ」


 旅は同行者が増え、随分にぎやかになった。だが、七人中四人が任務で半ば無理やり同行している軍人。マナはどうも気が休まらなかった。




                  *




「シンシア、そっちに行ったよ!」

 ここ第十一両、ヤーニンの指さす先には走るリスの姿。


 シンシアが滑り込むように前に立ちはだかった。捕まえようと両手を伸ばすも、リスは手をぴょんと飛び越え、シンシアの肩に飛びついて頭に登ると、蹴とばして上方へ飛んで行った。

 あちこちの壁一面に広がるメーターやパイプ、段差をどんどん登っていく。


「もう、ちょこまかと!」

 ヤーニンが後を追って壁を登っていく。リスが向かい側の壁に飛び移ればヤーニンも飛び移り、狭い隙間を通り抜ければ、近道を見つけて追いつき。

 シンシアはリスとヤーニンの動きを見ながら、リスの先回りができそうな方角へ走る。そして捕まえそこね……二人はそれをずっと繰り返していた。


「これじゃきりがないや。アーマー使うよ!」

 ヤーニンはヌンチャクを振ってレイピアに変形させると、天井のスプリンクラーに向けて構えた。

 その時、リスの行く手に黒い煙が沸き起こり、影ウサギが出現した。


「見つけた!」

 ようやく到着したメイ。次々と影ウサギをリスに向けて走らせる。

 ヤーニンもヌンチャクをしまい、リスにとびかかった。これで完全に逃げ道をふさいだ。

「よっしゃああああ!」

 ヤーニンが叫びながらリスを手につかもうとした瞬間



 リスは、その場からスッと跡形もなく消えた。



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