第十四章 決戦

デメバード撃墜作戦

第135話 バタフライ




 アンド城の御殿にある一室で、マナ達はジャオの話を聞いていた。


「モス・キャッスルは、ラグハングルの中央塔の呼びかけに呼応し、分裂して海底に沈んでいた五つの『区画』が空中で合体してできた、巨大な空中要塞です。それを撃沈するのに、みなさんの力がどうしても必要なのですよ」


「『必要』とはどういうことだ」

 ヒビカがそう聞く。ジャオはマナが抱いているランプを指さした。

「モス・キャッスルを永久に海に沈めるためには、ランプの力を使ってジェミルによるコントロールを解除しなければなりません。しかし、モス・キャッスルにはジェミルの他、陸軍四将を始めとした軍人が僅かながら乗っているはずです。マナさん一人ではとても無理でしょう?」


 ジョウやリズ、パンクやジョイス達の目がマナに注がれる。ランプは、マナのもの。マナが行くしかない。それを、今まで共に旅をしてきた仲間に守ってほしい。ジャオの話はそういうことだ。


「なぜ連合国軍やアキツ国の武人に頼まない」

 ヒビカの目は鋭くジャオを捉えている。ジャオは目を細めて笑顔を浮かべながら、脇息にもたれた。


「モス・キャッスルは強力な兵器です。どこかの国が持ってしまったら、簡単に世界を征服できてしまう。みなさんなら、兵器として利用することなく、速やかに海に沈めてくれる。まあ早い話、私は連合国もアキツ国も信用していないのですよ。ゴロウは友人ですが、彼はアキツ国のためならモス・キャッスルを手に入れたがるかもしれません」



「その言葉、そっくり返させてもらおう」

 扉を引き、ゴロウが現れた。立ったままジャオを見つめて言う。



「お前の方こそメイを紛れさせ、隙あらばモス・キャッスルを奪おうという魂胆ではないのか? レポガニスの『家族』を守るためなら、何でもするだろう?」

 ジャオは少しの沈黙の後、ため息をついた。

「……そんな気はありません。メイは私のそばにいさせますよ」


「しかし、ゴロウ殿」

 そう異を唱えたのは、ヒビカだった。

を実行するためには、私達だけでは足りません。メイがいないのであれば……」


「アキツから二人の人員を遣わす。そなた達が信用のおける者を」

 そう言ってゴロウはギョウブとイヨを部屋に招き入れた。


「ワシらが力を貸そう。メイの代わりにな」

「私もお力になります。目的はモス・キャッスルを海に沈める事。お約束します」


 マナ達一同は互いに顔を見合わせ、うなずき合った。この二人ならば、みな納得だ。



「よいのですか?」とジャオがゴロウに言った。

「ジェミルとの戦争は総力戦になるはず。モス・キャッスルと並行して、ジェミルの大軍がアキツを目指しているというのに、四賢人を二人も送り込むというのは……」


「これは賭けだ。早くにモス・キャッスルを落とすことができればすぐに戦争は終わる」

「……それはそうでしょうね。では、メイ」

 ジャオも渋々納得し、メイに指示して何枚もの大きな紙を広げさせた。書かれているのは図面、地図や何かの表だ。


「モス・キャッスルの見取り図と搭載兵器も合わせたスペックの一覧です。細かな作戦を立てていきましょう」




               *




 作戦会議が終わり、ジョウがマナとリズを連れてやって来たのは、マラコの工房にある一番大きな倉庫だった。


「これが……あんたの言ってた『バタフライ』か」

 リズはすぐに走り寄ってあちこちチェックをし始める。マナは入り口からジョウとともに眺めていた。


 連合国でほとんどの部品を製造してもらい、輸送されて来た『バタフライ』。あとは、霊獣の蜻蛉アカネの手助けによって見つけた『フライ・バイ・ワイヤシステム』を載せ、タブローラーを組み込めば完成だ。


「ジョウ君、タブローラーっていうのを作るの、苦戦してたんだよね。できたの?」


 マナにそう聞かれ、ジョウはポケットからタブローラーを一つ取り出して見せた。いくつものローラーがまるで時計の歯車のように複雑に、立体的に噛み合っている。


「これは俺が作ったタブローラー。見てて」

 そう言ってジョウはローラーを指ではじいて回転させた。カラカラカラ……と三秒ほど回って、ローラーが止まった。


「本当だ、ちゃんと回ってる!」

 マナがそう言って手を叩こうとすると、ジョウは反対のポケットからもう一つ、タブローラーを取り出した。

「これも見てて」

 ジョウが新しいローラーを同じように指ではじく。すると、実に滑らかに回転し始めた。さっきの物とは違い、音もなくするすると十秒近く回転し続け、ゆっくり止まった。


「すごい……これは?」

「俺が作り方を教えて、マラコさんが作った奴だよ」


 マナはジョウに手渡された二つを見比べた。ジョウが作ったものも、マラコが作ったものも同じに見える。しかし、マナが回転させてみても、その差は歴然だった。


「すげえよあの人。ずっとアキツ国にいたみたいで、最近のアーマー技術は何も知らないけど、手を動かし始めたらもう神業だ。あれが熟練ってものなんだよな。俺もいつかあんな風になれるといいんだけど……。とにかく、マラコさんがいなかったらこのバタフライは完成しなかっただろうな」

 バタフライの脇で、リズがマラコから話を聞いていた。マナは改めてバタフライの姿を見る。

 銃弾のような形をしたボディに一人乗るのがやっとのコックピット。そして、薄い翼が後方に伸びている。


「ねえジョウ君、どうしてこの飛行機が『バタフライ』なの?」

 マナがそう聞くと、ジョウはにんまりと笑った。

「これからリズにちょっと動かしてもらう。すぐ分かるよ」



 リズがコックピットに乗り込んだ。ジョウがあれこれ指示を出し、リズがその通りに操作をすると翼がまるで粘土のように変形し、前に突き出した。

 唖然としているマナの所にジョウが走ってきて、得意満面の笑みで怒涛の如く喋り出した。


「主翼が前に伸びただろ? 前進翼って言うんだ。この前進翼モードはシルエットが少しだけ蝶々に似てるから、バタフライって仮称にしたんだよ。前進翼は航空力学的には不安定になる構造なんだけど、だからこそ運動性能が高い。旋回なんかはお手の物だ。連合国海軍のミニワスプも一種の前進翼だけど、バタフライは少し違って……」


「マニアだよなぁ」

 マナの肩でコッパが小さく言った。ファルココで初めてジョウに会った時もこんなこと言っていたっけ。


「でも前進翼はステルス性能が低い。だから敵に近づくまでは翼を後ろに倒したステルスモードで飛ぶんだ。この素材はアキツでマラコさんとタマモさんが……」


「敵?」とマナが言うと、ジョウは話をめてうなずいた。


「戦闘機だからね、こいつは。この戦争が終わったら、もうリズが乗ることもないと思うよ。……もう一つ能力があるから、これからちょっと見てよ」



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