第165話 宴にて - 3




「マナ君、大変だったね」

 コッパと話していたマナのところにやってきたのはザハ。ねぎらいの一言と共に、一冊の本を渡した。ずいぶん古く、くたびれている。

「世界を救った君にはあまりにもささやかすぎるが、私からお礼のプレゼントだ」


「この本は?」

 マナがくるくると表紙や背表紙を見ながら言うと、ザハは一度本を取って、開いて中を見せた。

 そこに描かれていたのは、オッカで会ったリュウグウノツカイ、メリバルの絵だった。


「オッカで私が初めて君に会った時に見せた本だよ。私はこれでメリバルを知った」


 マナはペラペラとページをめくってみた。どうやらこれは生物図鑑の類ではなく、物語の本だ。メリバルの絵は、挿絵の一つ。


「これには様々な空想の生き物が出てきてね。私の調査では、実在の可能性が見込めるのはメリバルだけだったんだが、ひょっとしたら、他にも霊獣が載っているかもしれない。君なら見つけられるだろう」


 コッパが本を手に取り、挿絵のあるページを見ていく。

「面白そうじゃん。マナ、これから寝る前に読み聞かせてくれ」


「こんな本、もらっちゃっていいの?」

 そう聞いたマナに、ザハはピースサインを見せた。

「私はあと二冊持っているからね!」


「えーっ、いいなー」

 突然現れたのはヤーニン。コッパが持っている本を覗き込んでいる。

「面白そう。ねえコッパ、私もマナさんの読み聞かせ一緒に聞いてていい?」

「おう、いいぞ。ジョイスとシンシアも連れて来い! あとパンクと、ヒビカ、それにジョウとリズも……」


「そんなに大勢嫌だよ!」とマナが止める。読み聞かせはコッパとヤーニンだけと二人に約束させた。




 本の挿絵に夢中になっているコッパとヤーニンを幸せな気分で眺めていると、後ろからマナに誰かが小さく声をかけた。


「あ、あの、マナさん……」


 振り向くと、そこに立っていたのはバンク。右腕はギプスをはめ、包帯でぐるぐる巻きにしてあった。アーマーの腕はランプの力でも治らない。

 マナは座ったまま「なあに?」と返した。バンクはしばらくもじもじしていたが、膝をついて座り、頭を下げて言った。


「本当にすいませんでした。僕を、許してはくれないでしょうか」


「……私にした事なら、もういいよ」



 マナの心境は複雑だった。好意を向けられ、信頼してくれていると思っていたバンクがレポガニスで離れていった事、ラグハングルでもパンクやザハ、そしてコッパにも暴力を振るい、マナを助けるどころか、話すら聞いてくれなかった事。どちらもマナの心に大きな傷を残していた。


 それでも許すのは、ある種の使命感からだ。自分は、懺悔する相手に許しを与えなければいけない。

 楽な生き方ではないのは分かっているが、霊獣達から灯を与えられ、大好きな仲間から大切にされる自分は、生きている者に可能な限りの愛と許しを与える。モス・キャッスルでの闘いを通して、そういう生き方をすると決めていた。



「あの……もし、マナさんがこの先も旅を続けるなら、どうか……ぼ、僕も一緒に」


「ごめんなさい」

 マナはバンクにサッと頭を下げて見せ、上げてからしばらくバンクを見つめた。申し訳ないが、無理。ただ許すのが限界だ。一緒にはいられない。

 そのマナの気持ちを理解してバンクはもう一度深く頭を下げ、去っていった。




                 *




 夜空に大小さまざまな花火が打ちあがり始めた。みんなが宴会場で飲み食いをしながらそれを眺めている。

 そんな中ジョイスは一人宴会場から少し離れ、海からすぐそこの平らな岩場に座って花火を眺めていた。足元にはツマミの焼きイカが乗った皿と、酒の入った瓶が置いてある。


「お前、こんなとこにいたのか」


 後ろから声をかけたのはパンク。ジョイスはそれを振り返って確認すると、またすぐ向き直った。

「ああ。松明の明かりがない方が、綺麗に見えるからね」

 酒の瓶を取って一口。イカも口に放り込む。


「ジョイス、花火好きなのか?」

「ああ。……悪い?」


「いや、ちょっと意外だなぁって」

 パンクはずっと後ろで立ったまま話しかけている。ジョイスも振り向かずに答えていた。


「まあ、人からすりゃ意外かもね。でもあたし花火だけじゃなくて、料理とかお菓子作りとか裁縫とか好きだよ。女の子っぽいだろ? まあ、お菓子作りは最近やってないけど。人は見かけによらないもんだよ」


「へぇ」と言うと、パンクはジョイスの隣に座った。それを少し力の抜けた顔で見るジョイス。


「……あんた、シンシア好きなんじゃないの?」


「ああ……いや、何つぅか……よく分かんねぇ」


「…………あっそ」

 ジョイスは酒を一口飲んでイカを口に放り込むと、その皿をパンクのそばに差し出すように置いた。




                *




「まあ、許してもらえただけよかったじゃねえかよ」

 カンザがバンクを慰める。バンクは慣れない左腕で箸を使い、泣きながら食べ物を口に押し込んでいた。

「それは分かってます。一緒に行くなんて絶対無理だろうとも思ってました。それなのに未練がましく聞いた、恥知らずな自分が情けないんです!」


 瞳からボロボロ涙を流すと同時に口からボロボロ食べ物がこぼれる。そんなバンクをギョウブが笑いながら見ていた。

「食え食え。自分の人生を前向きに考えろ。お主の様な経験ができる人間は、世界中探してもまずおらん。悩んで葛藤しながら強くなれ。てっきりパンクと違ってひねくれた奴だろうと思っとったが、お主も素直な男じゃ。見ていて小気味よいわ!」


 そこにシンシアが歩いてきた。飲み物の入ったコップを持って、席に座らずに立っている。ギョウブが気付いて「ん?」と耳をピンと立てた。

「金髪のお嬢か。どうした」


 シンシアは一瞬だけ目を動かし、三人の視線を誘導した。その先にいるのは、宴会場の外、二人きりで話すパンクとジョイス。


「ふられた」


 シンシアがそう言った瞬間、「グハハハハハ!」とギョウブは大笑い。

「座れお嬢! 名は何と申したかな?」

「シンシア・ツーアール」


 隣に座ったシンシアの顔を、カンザはすぐに覗き込んだ。

「何だよ、お前さんパンクが好きだったのか?」

 小さくうなずくシンシア。表情はいつもと変わらない、おすまし顔。カンザはその顔を見て「あらあら」と楽しそうに笑う。

「あんな簡単に落とせる男、何でさっさとアタックしなかった?」


「……だって……」

「告白されるのを待っておったか?」とギョウブ。

「そういうわけじゃ……」


「じゃあ何でだよ」

 カンザがそう聞くと、シンシアは黙り込んでしまった。

 カンザは上半身をひねってジョイス達の様子を再び確認し「まあいずれにしろ」と言いながらシンシアの背中を優しく叩いた。

「もう手遅れだな。諦めろ」


 シンシアは僅かに下唇を押し出して、急に泣き始めた。すました顔をできるだけ崩さないようにパチパチと瞬きしながら涙を流す。

 そんなシンシアを見て、ギョウブは微笑んだ。

「お主、なぜパンクのやつがジョイスに傾いたと思う?」


「私よりジョイスの方が……かわいいから」

「違うな!」とギョウブ、そしてカンザが二人して笑った。


「俺も違うと思うぜ。パンクは単純な男だ。ジョイスが自分の事を気にしてくれるから、それに流されて好きになったんだろ」

 カンザにギョウブも「うむ」と同意。

「お主がもっとパンクに積極的だったら、あっという間にくっついたはずじゃ」


 手で涙を拭うシンシアに、ギョウブが酒を勧めた。

「シンシア、飲め! 飲んで後悔しろ! バンク、お主も食って後悔しろ! ワシはお主らの様な純粋で素直で真っ直ぐで、不器用な者が好きじゃ。これから先困ったことがあれば、ワシの寺に来い!」


 ギョウブは自分もグイッと酒を飲むと、「グハハハハハ!」と実に気分よさそうに大笑いした。




 ドシッ! とシンシアの背中に誰か倒れ込んできた。振り向いたシンシアに「悪い」と謝って立ち上がったのはリズ。空になった酒の瓶を手に持ち、千鳥足で歩いていく。

 ベロベロに酔っぱらったリズをシンシアとバンクがぽかんと見ていると、カンザが何やらニヤニヤしながら言った。



「あいつ、何回もそこを通ってんだよ。やたら酒飲みながら、この宴会場をグルグル回って……こりゃ、面白いことが起きるかもしれねえぞ」



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