第164話 宴にて - 2




「何? モス・キャッスルに乗った状態で、海を感じたのか?」

「はい。今まで、感じ取れてもせいぜい半径百メートル程度でしたが、あの時突然、数キロ離れた海を感じ取りました。術のレベルも、それまでとは比べ物にならない程に……。あれは、どういう事だったのでしょうか?」



 宴会場の端に立って話すコシチとヒビカ。すぐ答えが返ってくるだろうと思っていたヒビカだが、予想に反してコシチは考え込んだ。

「ふむ……今も続いているか?」


「いえ、また元に戻っています。今、三百メートルほど離れたそこの海も、感じ取れません」


「という事は、単純な成長ではないな……海以外に、風や雲、草木や熱など、他の何かを感じたか?」

「いえ、海だけです」


「そうか……何が起きたのか、吾輩にもよく分からぬ。まあ、何か……ある種の覚醒だろう。そなたの潜在能力が一時的に引き出されたのかもしれんな。いずれにしろ、そなたは間違いなく人間の霊術使いとしては世界で最強だろう。妖を入れても、三本指に入るかもしれん」


 コシチはそこまで言うと、バツが悪そうにナマズの様な髭をたらりと下げた。


「修行の時吾輩は無責任にも、会ったこともないにも関わらず『マナが最も霊術の才能がある』などとそなたに言ったが、あの言葉は撤回せねばならぬかもしれん。今のそなたの話を聞くとな。……ヒビカよ、頼みがある」

「頼み……何でしょうか?」

 不思議そうな表情を浮かべるヒビカに、コシチはこんな事を言った。


「吾輩の眷属になる気はないか?」


「わ、私が……ですか?」

 ヒビカは目を見開いて驚いた。コシチは反対に目を閉じて「うむ」とうなずく。

「吾輩には眷属がおらん。跡継ぎがいないのじゃ。寿命を考えればそなたの方が先に死ぬはずではあるが、我輩は早くに引退して次の世代に託したい。考えてはくれぬか?」

「お言葉はありがたいですが……私は連合国の人間ですし、アキツを守るという職責は、私の様な者には荷が重すぎます」


 コシチはゆっくり長く息を吐いた。人間であれば、肩を落としているだろう。

「そうか……まあ、これは吾輩のワガママだからな。だが、連合国に帰っても、必ずまたアキツ国に……吾輩の所に、顔を出してくれ」

「はい」


 ヒビカはつい握手をしようと手を出した。「あっ」と手を引こうとすると、コシチは背中から槍を取り出し、柄をヒビカの手元に近づけた。しかしヒビカは顔を横に振り、コシチに抱き着いた。


「必ず、また会いにまいります。御恩は一生、忘れません」

「うむ。待っておるぞ」




                 *




「な、何だと?! イェガが生きていたのか?!」

 ゴロウはイヨの報告に驚愕した。死んだと思っていた四賢人がただ生きていたというだけではなく、理由は分からないが事もあろうにアキツの敵となっていたのだ。


「はい。陸軍四将の一角として、ハンゾ・タクラと名乗っていました。私を殺そうとしたのですが……」


「まさかお主、イェガ様に勝ったのか?!」

 ゴロウの隣で聞いていた片目のキンも驚愕していた。イヨはすぐ首を横に振る。

「私は敵いませんでした。イェガ様……いえ、ハンゾ・タクラを倒したのは若様です」


 ゴロウもキンも余計に驚き、二人して「何ぃっ?!」と大声を出して、目を丸くした。あまりにも突拍子もない話に、ゴロウは笑い出した。

「ハハハハ! 待て待て。そうか、分かったぞイヨ。お主が闘い、最後に止めを刺したのがクロウだな?」


「いえ。私は死にそうになりながら、ただハンゾにしがみついていただけです。若様が一撃で……」


「あいつを一撃でだと?! おいクロウ、それは本当か?!」

 ゴロウの隣に座るクロウは、恥ずかしそうに頬を掻いた。

「は、はい。イヨが押さえてくれている間に頭突きして。でも、万が一の時のために、何日か前から、ずっと気を練って貯めてたんです。旅の最中はイヨに散々言われてたので。だから、すごい威力が……」


「ギャハハハ」とキンが笑った。

。御屋形様! 若様はとんでもない力を持っちょりますな。こりゃあ、鍛えればアキツ始まって以来最強の武人になられるかもしれませんぞ」


 ゴロウが「よくやったな」とクロウの頭をなでると、クロウはますます恥ずかしそうに頬を赤らめた。


「イヨ、若様とお主が闘った後、イェガ様はどうなった?」

 キンが聞いた。

「若様の攻撃の後もまだ息はあったと思いますが、気絶したまま海に落ちていきました」


「御屋形様……」

 真剣な顔を向けてくるキンにゴロウも「うむ」と応じる。

「奴は海に落ちたくらいで死にはせんだろう。……探さねばなるまい」

 ゴロウは少し神妙な顔を見せたが、すぐに「だが」と顔を上げた。


「今は宴を楽しもう。とにかくイヨ、本当によくやってくれたな。そなたが四賢人ならばアキツの南方は……」



「あっ」とイヨは手のひらを軽く持ち上げた。

「その事なんですが……私を四賢人の座から降りさせて頂けないでしょうか?」

 ゴロウは「……そうか」と腕をこまねいた。

「思っている事を全て、正直に話してみよ」


「私は、ハンゾ・タクラに手も足も出ませんでした。若様がいらっしゃらなければ、間違いなく死んでいたはずです。アキツを守護する四賢人として、ふさわしくありません。私より、キン様やバク様の方が……」


「いや」と最初に言ったのはキン。

「イェガ様が相手なら、ワシらでも結果は変わらんかったはずじゃ。むしろ、若様と二人一緒に死んじょったかもしれん」


「それにだ」とゴロウも続く。

「四賢人は、ただ強ければよいというわけではない。今までタマモが守っていた南方には、馴染みが深く民からの人望も厚い、そなたがふさわしいのだ」


 二人の言葉を聞いても、イヨの暗い顔は変わらなかった。

「ですが私、不安で……自信がないんです。なる前は一日も早くなりたかったのに、いざ四賢人になってみると、重圧が……。それに耐えられないほど、私は未熟なんです」


 ゴロウは困ったように頭を掻いた。

「それは、ワシが甘かったのかもしれんな……。四賢人になるための修行として、爪痕探しのお伴はふさわしくなかった。ワシの責任じゃ。よし、こういうのはどうだ!」


 ゴロウは片手を床について、グイッとイヨに近付いた。

「南方の守護はもうしばらくタマモに任せ、またクロウのお伴として世界中を回れ。今度はもっと厳しいお題を用意してやる。腕を磨いて来い!」


「で、ですがそこまでしなくても、キン様かバク様に……」

「いいや!」と力強くゴロウは言った。

「ワシはそなたに南方守護の四賢人となって欲しいのだ。クロウも懐いておるしな」

「ですが……」


 なかなか納得しないイヨをキンが「こりゃっ!」と一喝。

「いつまで駄々をこねちょるつもりじゃ。御屋形様がここまで申されちょるんじゃぞ。それにじゃ、今更ワシが四賢人になぞなって『後輩に気を遣って譲られた』などと思われたら、面目丸つぶれじゃわい!」

 キンは持っていた壺からぐびっと酒を飲んで、さらに続ける。


「四賢人になるのはお主の幼い頃からの夢だったじゃろう? それはワシもバクも他の眷属達も、ギョウブ様もコシチ様も、そして何より、小さい頃からお主を育て上げてきたタマモ様はよく知っちょられる。お主の就冠式が、みなどれほど嬉しかったことか。ここまできて諦めるな」


 目頭を熱くするイヨの手を、クロウが取った。

「僕も、イヨとまた旅がしたい。一緒に行こうよ」

 にっこり笑って、イヨはうなずいた。


「分かりました。お伴いたします!」



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