第47話 ルクスルーチェ
街の中央の広場。噴水やモニュメントがあるわけではなく、植物の太い根っこが飛び出ているだけだ。そこで、コッパが地面に耳を押し付け、音を聴いていた。
「ずいぶん静かに息をしてるな。これは一言で言うと……虫の息だ」
「え……?」とマナ。
ザハが根っこを手でさすって言った。
「街中に飛び出してるこれは、薔薇の根だろう。これが集まっている所を探そう」
「高いところから見渡してみましょう」
そう言ってバンクが根っこに登っていった。一番高い地点で、首を振って街一帯を確認し、戻ってきた。
「マナさん、この根はジャオの砦に集まってます。薔薇があるのは、砦の中かもしれません」
カンザが「まいったねえ」と手をこまねいた。ただ、顔や声色は、あまり困っているようにも感じられない。ザハと違い、霊獣に特に興味はないのだろう。
タブカも「まいりましたね」とこぼす。
「ヒビカさん達と別れてしまいましたから。砦にメイや、同じレベルの戦闘員が複数人いる可能性を考えると、僕とパンク、バンクでは対応しきれないかもしれません」
バンクも「そうですね」と同意。
「マナさん、残念ですけど、今回は霊獣の方は諦めましょう。危険すぎますよ」
マナは首を横に振った。
「嫌。諦めない」
「危険です! 誰かがけがをするかもしれません」
パンクがバンクの肩を取った。
「バンク! しつけぇぞ。マナさんは行きたいところに行く。俺たちはそれを守るだけだろ」
「君は、マナさんの安全が心配じゃないのか?! 護衛しているなら、きちんとその心配を……」
突然、街の外れの方から大きな大砲の音が響いた。ヒュルル……と空気を切り裂く音の後、爆発音が街に響き渡る。と同時に、住人の叫び声。
続けて大砲の音が何度も響く。あっという間に街は爆発音と悲鳴で満たされた。
「な、何?! 何が起こってるの?!」
マナが慌てふためいていると、タブカが街の向こうの緩やかな崖の斜面を指さした。
「エラスモです! 連合国陸軍だ!」
「ガンボールに、大型自走砲の『スミロカノン』も! 俺らがいる事に気付いてねぇんだ! すぐ向かおう」
パンクはそう言って、崖の上から押し寄せる陸軍の方へ向かって走り出した。全員がそっちに気を取られた隙をついて、マナは反対にジャオの砦の方へ走り出した。
「あっ、マナさんダメです!」
バンクがすぐに追いかけてきた。みんなバンクの声に気付き、マナを追いかけ始めた。パンクも慌てて引き返していく。
*
「ジョイス!」
地下牢の格子をゆさぶるシンシア。ジョイスは青い顔をして牢の中に倒れていた。息はしているようだが、シンシア達を見ても、反応はない。
ヒビカは格子を端から端まで調べていた。
「……鍵穴はどこだ?」
「鍵穴はない。メイが術式で開けたり閉めたりしているから」
シンシアがそう言うと、ヒビカは「下がれ」とシンシアとヤーニンの肩を引っ張った。剣を抜き、床に衝撃波を放って格子を崩した。
シンシアとヤーニンはすぐにジョイスに駆け寄った。
「ジョイス、大丈夫?!」
「お姉ちゃん、しっかりして!」
ジョイスは二人にやっと気づき、言葉は発さず、ぐったりとうなずいた。シンシアがジョイスを背負い、立ち上がった。
「準備はいいな。砦を通って地上にでるぞ」
ヒビカがそう言うと、ヤーニンが「ええ?」と驚いた。
「見つかっちゃうよ! 来た道を戻って……」
「ダメだ。地上が騒がしいのは聞こえるだろう? さっきの入り口は、もし待ち伏せされていたらジョイスを背負って突破できない。多少騒ぎを起こしてしまっても、砦の中を通り抜けた方がいくらか安全だ」
*
マナは砦のすぐそばまで来ていた。砦は、入り口という入り口から兵士が出てきていたが、マナ達のことは気にもとめず、街中に散っていく。マナが開いている扉に飛び込もうとした時、上の方から何かが崩れる音がした。直後に、マナと後ろのタブカ達の間にズシン! と落ちてきたのは
「ギョロロロロロロ!」
空気を揺さぶる咆哮。四つの真っ赤な目に、四つの手。光を吸い込む黒い体。
「し、漆黒!」
マナがそうこぼすと、首元につかまっているメイが振り返ってこちらを見下ろした。マナは恐ろしさのあまりその場で転んでしまった。
ところが、メイと漆黒はまた向き直り、タブカ達に火の玉を喰らわせた。直後、誰かがマナの腕をつかみ、砦の中へ引っ張り込んだ。
「マナ! 大丈夫か?!」
ヒビカだ。後ろには助けられたジョイスにシンシアとヤーニンも。
「ジョイス助かったんだ。よかったね……」
コッパがマナの頭をコンコンと叩いた。
「マナ、急いで薔薇の所に行くぞ。ハッキリ臭ってくる。もっと上だ」
ヒビカがマナの背中を階段の方へと押す。
「私も行こう。シンシア、お前たちも来い。私がいないとあっという間に陸軍に捕まってしまうぞ」
マナ達は砦を登り、最上階の七階まで登ってきた。
「兵士が全くいないな。ジャオも、もう逃げたということか」
ヒビカはいくつもある扉を一つ一つ開けていく。マナはコッパの指示する通りに、一番奥の大きな扉を開いた。
広い部屋には、両脇にいくつもの浴槽と鏡、そして数え切れないほど引き出しがある薬箪笥、そして扉正面奥には、薄い絹の幕が垂れ下がっていた。
「ここは、ジャオの部屋だよ」
マナの後ろにヤーニンも立っていた。あとの三人も続いて入ってくる。
「マナ、あの幕の向こうだ」
コッパがそう言うと、ヒビカがずんずんと前へ進み、垂れ幕を両手でつかんで引き剥がした。
その奥にあったのは、むき出しの崖の岩肌。そして、直径六十センチ程の薔薇だった。
「こいつだ……ひでーな」
コッパがそう言うのもうなずける。薔薇の枝や根には、なにやら怪しげなコードや、わにぐちのハサミが取り付けられている。薔薇の花びらも、紅というよりかすんだ黒に近く、萎れかけている。
「方法まではオイラには分からないけど、操られてるんだ」
マナは黙って薔薇につながれたコードやハサミを一つ一つ外していった。コッパもマナから降り、作業を手伝う。ヒビカとヤーニンも手伝ってくれた。
全てきれいさっぱり外し、マナは薔薇の花をそっと手でなでた。
「初めまして。私の名前はマナ。あなたに会いたくてここまで来ました」
コッパが「キュキュ……」と通訳。
「こいつ、ルクスルーチェって名前らしい。コードを外してくれてありがとうってよ」
「いいえ。あんまり痛そうだったから……」
マナは次に何を言ったらいいのか分からなくなってしまった。こんな状況でルクスルーチェに「あなたの幸せを願っている」とは言えない。マナがここを去ったら、ルクスルーチェは一体どうなるのか。
そう思っていると、コッパが静かに言った。
「自分はもう助からないってよ。……確かに、元々弱ってたところに、陸軍の攻撃で根っこをやられたからな」
マナの目にじわっと涙が滲んできた。
「最後に救ってもらえてよかったって。これで幸せに生を終えられるって……言ってる。マナ、ランプを見てみろ」
マナは前に抱いていたランプを見た。新しい灯がある。気品と情熱を備えた、ペッドゥロより深い深紅の灯だ。だが、次第に小さくなっていく。
「ありがとう。あなた、本当はこんな素敵な色の薔薇だったんだね。あなたと会えたこと、一生忘れないから。……またね」
「さようなら」
コッパがそう言うと、灯がふっ、と消えた。
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