第46話 街と砦へ
レポガニスの緩やかな崖を降りていくと、そこにはシンシアが言った通り、街があった。上空を雲のような霧が覆っているため薄暗い上に、地盤の水はけが悪いのか、そこらじゅうに水たまりがある。街中あちこちに、太い植物の根がアーチのように突き出しており、布切れや、何か得体のしれない物が吊り下げられたりしている。
家は木と土、麻布で作られた簡素な物ばかりで、大きさの差はほとんどなく、何かの店らしき建物も見当たらない。すべて住居だ。
そかしこの街には、これら以上に目立つ特徴があった。
「女しかいねぇな……」
パンクがつぶやいた通り、この街を歩く住人は、子供も大人も年寄りも、ほとんど全員が女だ。ごくまれに男と思しき者もいるが、ここは『女の街』と言っても差し支えないだろう。
「女好きの君には、天国じゃないのかい? カンザ」
ザハがそう言うと、カンザは改めてあたりを見渡した。
「いや……どの子も生気がねえな。何があったか知らねえが、憐れに思えてくるぜ」
「彼女たちは、全員犯罪者なんでしょうか?」
バンクがささやいた。タブカは疑問を呈するようにうなった。
「そういうわけじゃないだろうね。組織の人間を全員この街に集めてしまったら、何かあった時にすぐ全滅してしまう。戦力や施設、組織はあちこちに分散させているはずだ。それを考えると、犯罪組織の構成員だけでこれほどの街を作るメリットは特にないんじゃないかな」
タブカの読みに「おぉ~」と感心するパンク。
「タブカさん、さすがっすねぇ」
「いや、どうかな。頓珍漢なことを言っているかもしれない。ヒビカ大将ならもっと深く読めるだろうね。あの人は本当に……」
「僕は信用できません!」
バンクの声には苛立ちのような怒りが滲んでいた。
「あの人は、目的のためなら不正やズルを平気でする人だと思います。僕は、ヒビカ大将は信用できません。人の意見も聞かないし」
ぷんすかと苛立ちをふりまくバンク。それをカンザが「あっははは」と笑うのを、バンクはむっと睨み付けた。
ザハは、街に入ってからずっとマナの隣を追い越しそうな勢いで歩いている。
「マナ君、その薔薇はどこにあるのか分かっているのかい?」
「えーと、もう少し街の奥に行ったら、コッパに臭いと声で探してもらいます」
「そうか。ああ、早く会いたいよ。ダウトルートでもマイ・ザ=バイでも、私はほとんど霊獣と触れ合えなかったからね。トトカリに頬を蹴っ飛ばされた程度だ」
そういえば、ザハは霊獣に会いたくて一緒に来てくれているのに、まだまともに霊獣と触れ合っていなかった。バンクが言ったように危険を顧みずついて来てくれているのに、未だに求める感動を与えてあげられていないのは申し訳ない。できる限り長く触れ合う時間を取りたいが、果たしてこの状況でそんな余裕が作れるだろうか。
*
ヒビカ達三人はジャオの砦の裏口が見える所まで来ていた。シンシアの指示で、一旦立ち止まる。
「組織の旗が崖に掲げてある。ここから先は、地面を歩けない」
「……そうか、メイの影か?」
「うん」とヤーニン。
「前、私達がここを通った途端、砦の窓からメイの影スズメが飛び出して来たんだよ。多分、イヨが言ってた『薄影』が張ってあるんだと思う」
「どうするつもりだ?」
ヒビカが聞くと、シンシアは崖下を指さした。
「下へ迂回する。ジョイスがいるのは地下牢だから、距離を考えても都合がいい」
ヤーニンのヌンチャクを伸ばして岩に巻き付け、ワイヤーをさらに伸ばしながら低い足場までヒビカとシンシアが降りる。ヤーニンはヌンチャクを取り外し、持ち前の身軽さを発揮して自力でかけおりてきた。何度かそれを繰り返し、三人はついにジャオの砦の脇へと降りてきた。
ジャオの砦は、簡素な街の家々をそのままいくつも積み上げたりくっつけたりしたような造りで、外から見ると今にも崩れそうだ。いくつかある扉やバルコニーには、見張りらしい女が木の棒を持って立っている。
「人間の兵士は、たいして強くない。もし鉢合わせしても、首でも絞めて気絶させて縛り上げれば、騒ぎを起こさずに地下牢まで行けるはず」
「メイはどうしているんだ?」
「あの人はね、普段はジャオのお世話をしてるの。ジャオの部屋は砦の七階で、メイもその近くにいるから、砦の中にはほとんど影ウサギはいないよ」
そう言いながらヤーニンはヌンチャクをレイピアに変形させ、足元の地面に突き立ててテコのように倒した。すると、土の下からマンホールのような蓋が現れた。
「ここを通るのが一番近いよ」
三人で地下道に下りた。石が敷き詰めてあるが、やはり下から水が沁み出してきている。
「もうすぐジャオの行水の時間。この時間は薬湯を使うから、一階の浴室まで降りて来ているはず。もちろん、メイと影ウサギも一緒に。ここで少し、時間がすぎるのを待ちましょう」
シンシアがそう言って壁にもたれ、ヤーニンもその隣で壁にもたれた。ヒビカは真っすぐ立ったまま、二人に向き合った。
「どうしてそこまで詳しい?」
「ジャオに雇われた最初の頃は、自由に動き回れたから」
「お姉ちゃんの指示で、色々調べておいたの」
「なるほど。……ジョイスとお前たち三人は、血のつながった姉妹なのか?」
「ジョイスは違う。私とヤーニンは、分からない」
「分からないだと?」
「ヤーニンと私は、物心ついた時から一緒だった。でも私達の記憶には、母親も父親も、何人もいて。誰と誰が血がつながっていて、つながってないのか、全然分からない」
「お姉ちゃんは、奴隷状態だったシンシアと私を助けてくれて、そこからずっと一緒なの」
「それはいつ頃の話だ?」
シンシアは軽く首をかしげた。
「私が十五の時だから、五年前かな」
「え、六年前じゃない? だって、私十二だったよ」
「ヤーニンが十二なら、やっぱり五年前でしょ。指使ってちゃんと数えて」
ヤーニンは指を折って数え始める。すぐに「あ、ホントだ」とつぶやいた。
「シンシア、お前の銃の腕前も、ヤーニンのヌンチャクやレイピアさばきも、五年やそこらで身につくものではないだろう。ジョイスと会う前は何をしていた?」
「小さい時から、訓練させられてた。『いずれ来る日』のために」
ヒビカは「なるほどな」と声を小さくした。
「いずれ来る日というのは、聖戦のことだろう? お前達は三人とも『信者』か?」
シンシアはきっ、とヒビカを睨んだ。
「違う。親や周りの大人が信者だっただけ。あんな頭の悪い……クズ共と一緒にされるのは、死んでも嫌」
ヤーニンも「うん」とうなずいた。
「お姉ちゃんもそうだったんだよ。自分が逃げる時に、私達も助けてくれたの。お姉ちゃんは、私達二人の恩人」
「そうか……。私としたことが、不躾な質問をしてしまったな。悪かった」
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