第93話 農耕カタツムリ ピンゴ
「いた」
木の幹にしがみついているコッパが、木の根元を指さした。
「えっ?」とマナが顔を下げ、他のみんなも円形に集まった。マナの足元に、確かにカタツムリがいたのだ。
「……この子?」
マナがもう一度聞くと、コッパはするりとカタツムリの前まで降りてきて、「キュキュ」と挨拶をした。
「やっぱそうだ。名前はピンゴ。踏まれそうになって超怖かったってよ」
「あ、そうだったの?! ごめんなさい」
マナはカタツムリのそばにしゃがみこみ、顔を近づけた。ピンゴの大きさはマナの親指ほどで、普通の殻に普通の体。何の変哲もないカタツムリに見える。
「これが霊獣なのかぁ?! ただのちっぽけなフツーのカタツムリじゃねぇかよ!」
不満そうに喚くパンクのセリフを、コッパが「キュキュ」と通訳。
「普通でゴメンってよ」
「え、あ、いや。俺の方こそゴメン。……おいコッパ、俺のセリフなんか訳すんじゃねぇよ!」
マナが「初めまして」とあいさつ。
「私の名前はマナ。あなたに会いたくてここまで来ました。怖い思いさせてごめんなさい」
コッパが訳している途中で、ザハがマナの隣にしゃがんでグイッと顔を押し込んだ。
「私はザハという。ピンゴ君、会えて光栄だ。君が大好きだというこのゼリーマングローブの木について、是非私に教えてくれないか? なぜこの木だけ葉が赤いんだ?」
「やっぱりサラマネキの塩らしいぞ。ピンゴがこいつにあげてるんだと」
「やはりか」というザハと反対に、「だが」とヒビカが会話に入る。
「このあたりの水は淡水だ。どうやってそんな量の塩を集めるんだ?」
「こいつは、触れている物の内部を触れるらしい。撫でたり、撹拌したり、手繰り寄せたり、押し出したり、握ったり。地面に触って、このジャングル全体からサラマネキの塩をここに持って来てるんだと」
「このカタツムリがぁ?! 本当かよォ!!」
とても信じられなそうなパンク。コッパはそのセリフも「キュキュ」とピンゴに伝えた。
「嘘だと思うなら僕を手に乗せてごらん、だとさ」
「え、俺の手に?」
「そうだよホラ」
コッパがピンゴを拾い上げ、パンクの手のひらに乗せた。その瞬間、パンクは「うっ」と肩をすくませた。
「な……なんか、今……心臓を舐められたみてぇな……ん? あ、あひゃひゃひゃ!」
急に笑い出したパンクに、思わず全員一歩引いた。何が起こっているのか何となく予想はできるが、いきなり笑いだされるとやはり近寄りがたい。コッパがピンゴを取り上げた。
「どうだパンク」
「心臓舐められた後に、肺をくすぐられたみてぇな感じが……マジかよ……」
「たぶん、コイツがその気になれば、心臓の血管握ってお前を殺すことだってできるだろうな」
コッパの言葉にパンクはぞっとしたようなエグい笑顔を浮かべた。
「急に肺をくすぐるなんて、お茶目だね。あなたの大切な木に突然大勢で押しかけて、ごめんなさい」
マナがコッパからピンゴを受け取り、手のひらに乗せた。
「どう? 私の手のひら。パンクより柔らかいんじゃない?」
「熱いとよ。地面におろしてやれ」
マナは「ごめん!」と慌ててピンゴを地面におろした。
「ねえピンゴ、このジャングルって、あなたが耕してるの?」
「そうみたいだな。この辺は、放っておくと水がどんどん抜けて干からびちまうらしい。コイツが地下から水を持ち上げたり、降った雨水を土に混ぜこんで流れにくくしたりしてるんだと」
「小さい体でも、そんなに大きな仕事してるんだね。私、あなたに会えたこと……」
「ん?」
コッパがピンゴに耳を近づけ、何か聴き取り始めた。次に、マナのズボンのポケットに手を突っ込み、ペンダントを引っ張り出した。それをピンゴに見せる。
「……あ、誰か紙とペン用意しろ! メモしてくれ」
コッパがそう言い、ヤーニンが小さなスケッチブックとペンを取り出した。
「586……337……469……回転……889……420……回転……」
ピンゴから伝えられる数字と単語を、コッパが通訳し、ヤーニンがメモを取っていく。
「882……回転……終わりか。ヤーニン、サンキューな」
コッパとヤーニンがグーサインでやり取り。マナが「今の何?」と聞くと、コッパはペンダントをマナに返してこう言った。
「ここの中央塔に入るためのパスワードだ。ペンダントと灯を持ってる人間が来たら、教えることになってたんだと」
「え……ピンゴ、私は」
マナが話しかけた所で、ランプにポッ、とグレーの灯が灯った。
「くれるとさ。それを持って中央塔に行けって」
「でも……」
マナは釈然としない気持ちでランプを抱えた。これは絆の証の灯と言えるだろうか。ペンダントを持っている人間に、機械的に与えただけのように思える。
「早く行った方がいいって言ってるぞ。なんか、不吉な気配がするって。マナ、ここはピンゴの言う通りにした方がいいかもしれない。確かに、空からゴウゴウ音がするんだ。何の音かは分からないけど、遠くから近付いてくる」
「空から音……何の音か分からないの?」
「分かんねえな。 どこかで聞いた事があるような気もするけど、思い出せない」
マナは考え込んだ。霊獣のピンゴが不吉な予感と言い、コッパが音を聴きとっているということは、何かよくないものが近付いてきているのは間違いない。
だが、マナが危険を承知でここまで来たのは理由がある。知りたいのだ。あの人の事を。
「ピンゴ、最後に教えてほしいの。ここに……ハウって名前の人は来た?」
「ん! 来たって言ってる。きちんとあったわけじゃないけど、二人組の一人が、片方をハウって呼んでたらしい」
「本当に?! その人、私の……知り合いなの。ここで何をしてた?」
ピンゴはマナの言葉を聞くと、キュッと目玉を縮こまらせた。
「灯を求めて、この木に登ったり、土を掘り返したりして荒らしたそうだ。何かにとりつかれるように。……不吉な影を感じて、ピンゴは地中奥深くに隠れたんだと。その後は知らないって」
ギュッと胸が締め付けられる。その人は、本当にマナの知っている……心から愛した、あのハウなのだろうか?
「それ以上の事は知らないみたいだ」
「……ありがとう、ピンゴ。あなたと会えたこと、忘れないよ。あなたの幸せを願ってるからね」
ヒビカがマナの肩を取った。
「マナ、中央塔に行くのか?」
立ち上がって「うん」と返事をする。ここで立ち止まったら、怖くなってしまいそうだ。
「分かった。それなら急ごう。私が水の足場でヤーニンを持ち上げて、先導させる」
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