第92話 思わぬ再会




「素晴らしい! この葉は間違いなく『ゼリーロールマングローブ』だ」

 ザハが水面に落ちている赤い葉っぱを拾い上げた。そのまま幹に一番乗りで触る。


「この木は本来、表が濃い緑で裏が黄色い葉っぱをつける。それがこんなに真っ赤になるということは、おそらく地面から『サラマネキ』由来の塩を吸っているのだろう」


「サラマネキ?」

 マナもザハに続いて幹に触る。ごつごつと波打っているが、湿っていて冷たい。

「サラマネキというのは、淡水生のカニだ。塩を作って吐くんだが、この木の葉が全て赤くなるほどの塩となると、いったいどれほどの……途方もない数だろう。とにかく、この個体は非常に珍しいものだ」


 ヒビカも近付き、下から木を見上げる。

「塩か。妙だな。そんな量のサラマネキがいるなら水も塩水になるはずだが、この木の近くでも、地表の水は淡水だ……ん? 下がれ!!」


 ヒビカに突き飛ばされ、ザハは転んで水浸しに。マナも転びそうになったものの、ジョイスが素早く支えた。

 剣を構えるヒビカの前に飛び降りてきたのは、素足に下駄、前で重ねて腰で留める着物という恰好の、見覚えのある男の子だった。


「マナさん、お久しぶりです」


「あ、クロウ君?! うわー、久しぶり!」

 妖の国アキツくにの王子、クロウだ。マイ・ザ=バイでは一緒にトトカリを追いかけてもらった。

 マナとクロウが握手していると、お伴のイヨも上から降りてきた。


「若様! 私より先に降りたらダメだってあれほど言ったじゃないですか!」

「いや、だってマナさんだって分かったから……」

「ダメです! 知らない人が混じってるんですから。それに、知ってる相手でもまずは私が先に挨拶して確認します。若様の次期棟梁としての自覚が足りないっていうのは、そういうところですよ!」

 クロウがしゅんとする横で、イヨが改めて頭を下げた。

「みなさん、お久しぶりです。偶然またお会いできるなんて、嬉しい限りですね」



 初対面のジョウ、リズ、ジョイスが、クロウ達と互いに自己紹介を済ませると、イヨがマナの手を取って喋り出した。

「マナさん、私達マナさんにお礼を言わないといけないんですよ」

「え、どうして?」


「マイ・ザ=バイでお別れした後、あちこち回って爪痕を探してるうちに、一人で旅してるカンザさんに会ったんです。で、マナさん達がミュノシャにいるって聞いて、久しぶりにお会いできるかもと思って行ったんですけど、入れ違いだったみたいで」

 うんうん、と相槌を打つマナだが、イヨはその相槌を聞いているようにも見えない。話は途切れることなく続く。


「で、どうしようかって若様と街を歩き回ってたら、偶然爪痕を見つけたんですよ! ラッキーこれマナさんのおかげだって若様と二人で喜んでたんですけど」

 うんうん、とマナが相槌を打つ間もない程にイヨの話はどんどん加速していった。


「カンザさんから次はイッランに向かうらしいって聞いてたんで私達もそれを追って南下すれば追いつくかもって旅してたら他にも爪痕見つけられたんですよそれもマナさんのおかげだねって私と若様で話してて旅を続けてたんですけどポドガにいるとき陸軍の作戦に巻き込まれてそりゃもう私は若様に怪我があったらどうしようかと必死で街中かけずりまわったんですけど若様ったら本屋で呑気に本読んでてそこで私イライラしてたもんでうっかり次期棟梁なんてやめたほうがいいとか言っちゃったんですよ若様それですっかりああこれマナさんにお礼言う話と全然関係ないんですけどここまで話しちゃったんで続き話しますねとにかくその時は逃げなきゃいけなかったんで落ち込んでる若様の手を引っ張って」


「待て!」

 コッパがイヨの目の前に手を広げ、強引に話を遮った。マナは心の中でほっと胸をなでおろす。

「お前らの感謝の気持ちは伝わった。オイラ達、これからここで霊獣を探すんだ」


「あ、そうなんですか。へえ、この木に霊獣がいるんですね……。確かにジャングルの中でこれだけ真っ赤で異彩を放ってますし何かあるなって思いますよね私と若様もここに爪痕があるかもって本当はラグハングルには中央塔を見に来たんですけどちょっとここによってみようかって私が」

「待て!!」


 コッパが手を広げると同時に、今度はクロウもイヨの袖を引っ張った。

「ねえイヨ、僕達も爪痕探さないといけないし、そろそろ行こうよ」

「え……あ、はい。みなさん、第三塔に宿取ってるんですよね? また会いましょう」

 もっと話したそうだったが、イヨはクロウに引っ張られ、共に爪痕を探しにジャングルの奥へと向かっていった。


 クロウ達の姿が見えなくなると同時に、パンクが手でガッツポーズを決めた。

「おっし! これで霊獣に専念できるぜ。マナさん、早く探しましょ!」

「そうだね。コッパ、この木なら、音とか臭いで探せる?」

「ああ。多分な」

 そう言いコッパが木へ飛び移った。まず耳を押し当て、音を聴く。


「楽しみだなぁ! 背中とか乗れっかなぁ!」

 そわそわするパンクを見て、リズが笑った。

「カタツムリだよ? 背中には乗れないだろ」

「あ、まぁ確かに背中には」

『乗れねぇっすよね』と言おうとしたところで、ジョウがパンクに寄りかかって肩を組んだ。


「そんなの分からねえよな。霊獣なんだから、普通のカタツムリとは違うだろうし。知ったかぶりするやつってみっともねえよな」


 直接リズに文句を言うのではなくパンクに。完全に当てこすりだ。リズは「チッ」と舌打ちして、歩いて二人から離れた。



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