第151話 第二区画 ヒビカ 前編




 第二区画。通路をこちらに向かってくるマクロファッジを見ながら、ヒビカは背負った革の袋に手をかけた。中には水が入っている。

 霊術を使うために入れてきたが、さほど量はない。今出すべきか考えた末、ヒビカはかけた手を降ろし、剣を抜いた。


 マクロファッジが銃を撃とうとする直前に、ボディの端を衝撃波で打った。マクロファッジは回転し、後ろに続いていた他のマクロファッジに銃撃を浴びせかけた。

 ヒビカはその混乱に飛び込み、他のマクロファッジの銃撃を剣で弾き、かわし、くぐり抜けながら、第二区画のコックピットへと急ぐ。



 マクロファッジとの戦闘で上がった息を整えながら、暗証番号を打ち込み、コックピットへ向かうための扉を開いた。

 脱出艇が並ぶエリアを通り抜け、もう一つ扉を通り抜けると、壁一面のモニターと星の数ほどのボタンやレバーが並ぶコックピットへとたどり着いた。

 中央のメインコントローラーで、ジョウに教えてもらった暗証番号と命令番号を打ち込めば、降下の操作が予約される。


 ゆっくり番号を打ち込み、モニターを確認する。マナ達が手こずっているのか、各区画の分離はまだ始まっていない。しかし、これでここの降下は予約された。

 分離がなされれば勝手にこの第二区画は海に沈む。ヒビカの仕事は終わりだ。


「ふう」と一息つき、脱出艇へ向かおうと振り返ると、コックピットの入り口に一人の男が立っていた。ヒビカはすぐに剣を抜く。



「久しぶりだな、海の死神よ。自分の仕事に集中するあまり、背後の俺の気配に気付かないとは。呆れてものも言えん」



 ギル=メハードだ。気配に全く気付いていなかったヒビカ。自覚はなかったが、一人での機械の操作という慣れない仕事に、かなり緊張していたらしい。ヒビカは動揺を顔に出さないよう気を付けながら、口を開いた。


「ギル=メハード、今の私はお前より強いぞ。闘う気なら……」

 ヒビカは背中の革袋を開けようと手を回した。ところが、触ると革袋はぺしゃんこに。

 マクロファッジとの戦闘で、気付かぬうちに破けて水を全てこぼしてしまったのだ。これも、慣れない装備だったことが理由だろう。ヒビカは手を剣に戻した。

「……覚悟することだな」


「こんな状況で、よくそんな大口を叩けるものだ!」

 ギル=メハードは自分の剣を抜いて切りかかった。ヒビカはそれを受け止めるものの、力で押されて後ずさっていく。


「ここは貴様の得意な霊術も使えない。それに、言ったはずだ。女の貴様では俺に霊術では勝てないと」


 じりじりとモニター際まで追いつめられながらも、ヒビカはギル=メハードににやりと笑って見せた。

「霊術が使えないのはお前も同じだろう。剣術は力だけでは勝負が決まらないと、軍人のお前なら……知っているはずだ!」


 ヒビカは急にぐいっと体をそらせた。それを追おうとするギル=メハードの剣は、ヒビカの狙い通り、モニターの一つに引っかかった。

「くっ!」


 一瞬動きが止まったギル=メハードの喉元に、ヒビカの剣が添えられた。ギル=メハードはゆっくり自分の剣から手を離す。


「剣術は苦手なようだなギル=メハード。お前の負けだ」

 ところが、絶体絶命であるはずのギル=メハードは、「フッ」と笑った。

「俺の負けだと? ……それはどうかな」


 グバン! と空気を裂く衝撃波が、ヒビカを真横から襲った。壁に体を打ち付けて、ヒビカの手から剣が飛んでいく。この衝撃波は、ヒビカが以前使っていた海軍人特有の剣アーマーによるものだ。


 衝撃波を放った男はすぐにヒビカの方へ突っ込んでくると、ヒビカが拾い上げるよりもわずかに早く、落ちている剣を蹴り飛ばした。

 さらに男はヒビカの右腕をつかみ、ヒビカが抗えない強い力で上へひねり上げた。ボキッ! と大きい音が部屋に響く。

「ぐああああっ!」

 ヒビカは折られた右腕を抱えて床に倒れ込んだ。そして、男を睨み付ける。


「ぐうっ……なぜ、お前がここにいる、アサガリ!」


 連合国海軍元帥であるはずのアサガリ。その男は今、いかにも優越感に浸っているような笑みを浮かべ、倒れたヒビカを見下ろしていた。

「まさかお前は……連合国を裏切ったのか?」

「そういう事だ。ジェミルから持ち掛けられたのだよ。海軍兵器乗っ取りの手助けと引き換えに、奴が作った新世界統合政府のナンバーツーの座をやるとね」


 アサガリとギル=メハードが両脇から、倒れたヒビカを見下ろしている。ヒビカは右腕を押さえたまま、立ち上がれなかった。


 ただ二人を睨むだけのヒビカを、アサガリは「ハハハ」と笑う。

「私がこんなに強いのは意外だったか? 陸軍四将ほどではないが、私も元帥まで上り詰めた海軍人だ。私が無能だというのは、貴様の思い込みというわけさ。この結果を見るがいい。どこまで行っても、だろう?」


 アサガリの剣が、ヒビカの喉元にあてられる。ギル=メハードは、落ちていたヒビカの剣を、窓から外へ投げ捨てた。

「海の死神よ。貴様の負けだな」



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