第146話 マナとコッパとヤーニン、ヒビカとギョウブ




「ほい、ほい、ほい、ほい……」

 パンサーの横で、ヤーニンがリンゴを三つジャグリングしていた。「おおー」とマナとコッパが拍手。コッパに一つ投げ、マナに一つ投げ、自分の一つを持って終了。三人でリンゴをかじる。


「甘ーい。アキツのリンゴって甘いね」

 ヤーニンは空腹だったのかガツガツと勢いよくかじりついている。そのヤーニンを見つめながら、コッパは感慨深く言った。

「お前らと一緒にこんな風に過ごすなんてなあ。思ってもみなかったよ」


 ヤーニンも「うん」とうなずいた。

「私達も……。昔の事は反省してます」


「もういいってば」とマナ。

「あなた達、三人一緒になってから私達に会うまで、どんなことしてたの?」


 もぐもぐと口を動かしながら「えーっと……」とヤーニンは考え始めた。

「何て言ったらいいかな……。実際にやった事言うと、誰かの用心棒やったりとか、頼まれて何か盗んだりとか、誰かの復讐とか引っ越しを手伝ったりとか」


「復讐と引っ越しを繋げて並べるなよ」とコッパがつっこむと「あはは」と笑うヤーニン。

「頼まれれば何でもやってたんだよ。まあ、依頼内容が気に食わなくて、お姉ちゃんが依頼主ぶん殴ったりした事もあったけどね。ジャオの依頼は報酬がすごかったからお姉ちゃんが飛びついたんだけど……色々失敗だった」


 マナは手の上でリンゴを転がしながら言った。

「ヤーニンって、見た感じの雰囲気よりしっかりしてるよね」


「うっそぉ?! マナさんにそんな事言われると照れるなー。すごい苦労した人だもんね」

 ヤーニンはリンゴを芯だけにかじり終えると、そばにあったゴミ袋にぽーんと放った。

「ねえマナさん、私達マナさんの昔の話聞いて、ジェミルをぶっ飛ばしてやろうって、みんなで決心したよ。私達三人は、依頼以外で誰かのために何かするの初めてなんだけど、相手がマナさんでよかったと思う」


「私でよかった?」つぶやくように聞くと、ヤーニンは「うん!」と力強くうなずいた。


「上手く言えないけど、マナさんのために何かするって考えると、こう……お金とか名声とかを超越して、解放されてるって感じがするんだよね。『自分も生きてる一人の人間なんだな』って思えるの。だから、マナさんは私達を解放してくれた恩人だよ。あ、もちろんヒビカさんもね」


「ヒビカさん……すごい人だよね」

 照れくさくなったマナは少し離れた藤棚の下で話しているヒビカとギョウブに目をやった。そこに走って近付いているのは、クロウだろうか。




「若、どうなされた?」

 ギョウブはヒビカとの話を中断し、クロウに顔を向けた。クロウは息を切らせながら周囲を確認し、小さな声で言った。


「ギョウブさん、僕もモス・キャッスルに連れて行ってよ」


「なに?」とギョウブだけでなくヒビカも驚いた。すぐにギョウブが「ならん」と首を横に振る。

「いくらなんでも危険すぎる。ゴロウは何と申しておったのですか?」


「お父上は……ギョウブさんがいいって言えばいいって」

「若! 嘘を申されてはなりませんぞ!」

 クロウは「だって……」と言葉に詰まった。ヒビカはくすりと笑う。

「クロウ、もしどうしても行きたいと言うなら、まずはゴロウ殿の説得からしなければな。私達が勝手にお前を連れて行くわけにはいかない」


「でも……」

「でもじゃありゃぁせん! ゴロウの元へ戻りなされ!」

 ギョウブが強く言うと、クロウはやっとくるりと向きを変え、歩き出した。


「……彼はなぜ行きたいなどと?」

 ヒビカが聞くとギョウブは「うむ……」と困ったように目をつむった。

「『面白そうだから』『退屈だから』といったところじゃろう。傷付きやすいお方だが、その一方で怖い物知らずで無鉄砲。もし何かあったらどうするのかと……イヨではないがワシも思わずにはおられん」

「確かに。……彼は、お若い頃の父君、ゴロウ殿とは違うのですか?」


「はあっ」と珍しくため息をつくギョウブ。

「そっくりじゃ。だからこそワシもあまり強く言えん。困ったものよ。……さて、話を戻そうか」

 ギョウブがパン、と膝に手を置くと、ヒビカも「ええ」と応じる。


「お主はなぜ軍隊を辞めたのじゃ。男どもの中で成功するために、必死にあがいて来たのだろう?」

「上司にハメられて、クビにされたのです」

「その上司は、男か?」

「ええ」

「それで挫けたと」


「はい……ですがそれだけではなく、さっき申し上げたラバロの事で、自分のこれまでの行いを見つめ直す事になりました。そうして色々悩んでいる時に、ギル=メハードと闘ったのですが、手も足も出ず。その際『女のお前では勝てない』と言われ……」

「グハハハ!」とギョウブが笑う。

「それを真に受けたか」


 ヒビカも笑いながら「ええ」とうなずいた。

「結局、私も『女は弱い』という考えにがんじがらめに囚われていたのだと思います。ですが、コシチ様のお陰でだいぶ自由になりました」


「そうか……お主は心も体も十分強い。思う存分闘え」

「はい」



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