第149話 侵入




 全員がベルトを締めた事を確認すると、リズは一気にパンサーを下降させた。モス・キャッスルがコックピットのジョウとリズに迫ってくる。

「リズ、来るぞ!」

「分かってる!」

 接近を感知したモス・キャッスルの砲台が、パンサーに狙いをつける。パンサーは砲撃が始まる寸前に作戦通りスレスレまで下降。モス・キャッスル表面にへばりつくように飛び始める。


「撃ってこないね……」とヤーニン。

「今私達を砲撃したら、自分にも傷がつくから」

 シンシアはそう言いながら窓から外を覗いた。

 あちこちに見える、コップを逆さにしたようなキャノピーを被ったモス・キャッスルの砲台。ここから見える全ての砲身が全てこちらを完全に捕捉しており、パンサーが高度を上げればあっという間に撃ち落とされるだろう。もう後戻りできない。



「おい、エンジン切らないのか?」

 ジョウがそう聞くと、リズは少し間をあけてから答えた。

「ダメだ。思ってたより空気が重い。エンジンは切らずに速度を落とす」

「おい、空気が重いってそれ、飛び込むときには……」

「むしろ好都合だよ」


 各種のツマミや操縦桿を動かすリズの手はいつもと同じように正確で、迷いがない。だが、わずかな緊張をジョウは感じ取っていた。

「……リズ、お前ならできる。大丈夫だ」


 黙ってうなずくリズ。窓から主翼とアンテナの位置を確認しながら言う。

「もうすぐ揺れるよ。みんな、備えときな」



 ガン! と主翼とアンテナがぶつかる音。パンサーが回転し始め、リズの操縦桿を握る手にも力が入る。

 景色がぐるりぐるりと回り、ジョウには今パンサーがどこでどうなっているのか全く分からなくなった。


 パンサーの目の前に発着口が現れた瞬間、リズはツマミを押し上げ、ペダルを踏み込んで操縦桿を目いっぱい右に押し倒した。


 待ち構えていたモス・キャッスルの砲撃音が鳴り響く中、パンサーは左のプロペラや尾翼の一部を飛散させながら、発着口からモス・キャッスル内部に滑り込んだ。こすれるような金属音をたてながら回転を続け、壁に打ち当たって動きを止めた。


 侵入成功だ。



「リズ、見事だ! みな降りろ!」

 ヒビカの号令でみなパンサーから降りていく。リズはどっと操縦桿にもたれかかった。緊張して暴れていた心臓を、深呼吸しながら落ち着ける。

 ジョウはそんなリズを見て改めて確認した。


 本物の、天才中の天才だ。間違いなく世界で一番優れたパイロット。だが自分の才能を過信しない、謙虚で、繊細な、一人の人間。

 極度の緊張が切れて、操縦桿にもたれたまま息を震わせているリズの手を取り、ジョウは固く握りしめた。


「お前は最高だよ。普通の人間には、こんな操縦できっこない。……よく恐怖に耐えたな」

 リズは疲れの滲む笑顔でジョウを見た。

「そこに、あんたがいたから……」



 パンサーから降りたばかりのコッパが、小さな音を聞きつけ「んっ?!」と体を起こした。同時に音を聴きつけたギョウブがパンサーの中に飛び込み、格納庫の扉を開けた。すぐに両手を突っ込むと、中からをパンサーの外へ放り出した。

 ゴロゴロと転がって来たそのを見て、イヨが大口を開けながら叫んだ。


「あああああああーっ! わかさまーーーっ!!」


「いたた」と頭を抱えるクロウの胸倉を、イヨがつかんで怒鳴りつけた。

「何をやってるんですかこんなところで!!」


「ご、ごめん、どうしても来たくて……」

 そう言い訳をするクロウにイヨは思わず平手打ちを喰らわせようとしたが、ぐぐっとこらえて手を降ろした。


「若様、私が今、どれくらい怒っているか……想像できます?」

「う、うん」

怒ってますからね!!」


 みんなが戸惑っていると、ギョウブがパンサーから降り、イヨの肩をつかんだ。


「お主の怒りももっともじゃ。それが正しい。だがここまで来てしまってはもうどうしようもない。帰ってから、ゴロウにたっぷりおしおきでもしてもらおう」

 そう言って「グハハ!」と笑うギョウブ。それに合わせてクロウも笑おうとすると、イヨが鋭く睨み付けた。

「若様が笑うところじゃありません」

 クロウは黙ってこくりとうなずいた。



「では、クロウの班分けは、ギョウブ様とパンクの所でよいですか?」

 ヒビカがギョウブにそう聞くと、ギョウブは「決めるのは隊長であるお主だが」と前置きしてから言った。

「ワシはパンクと一緒ではあまり余裕もないだろう。イヨかお主と共に、二人の班にするのが一番影響が少ない」


「ではイヨ、クロウを頼む」


 イヨはヒビカに「はい」と返事をすると同時に、クロウの手を取って立ち上がらせた。

「若様、これは今までの旅とは違いますよ。私の言う事を守れなかったら、本当に死にますからね」

 クロウは強く手を握るイヨの思いを理解したのかしないのか、目を合わせずに「うん」とうなずいた。



 第一区画には、マナとコッパ、ジョウ、リズ

 第二区画には、ヒビカ

 第三区画には、ジョイス、シンシア、ヤーニン

 第四区画には、パンク、ギョウブ

 第五区画には、イヨ、クロウ


 ヒビカは全員一人一人と目を合わせた後、剣を引き抜き、大きな声を上げた。

「作戦開始!!」




                *




 ブインタスールでの戦いは、連合国アキツ合同軍の完全勝利に終わった。

 ジェミル側の将校達はすでに全員捕らえられ、合同軍が陣取る山の頂上に集められていた。

 縛られている二十人ほどの将校のうち、今回の戦いの司令官を務めたウサムという口髭を生やした元陸軍大佐が、タマモ、コシチ、キンの三人に向かって吠えていた。


「今日お前達が倒したガンボールやエラスモは、全体の二十パーセントにも満たない。ここでの負けはすぐに伝わって、間もなく大軍が押し寄せてくるぞ。お前達は終わりだ!」


「フン、負け犬が減らず口を」とキンがあざ笑う。だがウサム元大佐はひるまない。

「お前達がいくら一人ひとり強くても、生き物である以上体力には限界があるだろう? 俺達の兵器は壊れなければ半永久的に動き続ける。ブインタスールで勝ったとて、この戦争はお前達に勝ち目などない。それにな、もうすぐモス・キャッスルが兵器として動き出す。そうなれば……」


「モス・キャッスルはランプのエネルギーがないと兵器としては機能しない」

 コシチがそう言うと、ウサムは泥だらけの顔でにやりと笑った。


「それはもうすぐ手に入る。ランプはモス・キャッスルに向かっているのだろう?」

 その言葉にコシチ達三人が互いに顔を見合わせると、ウサムは「はははは!」と品なく笑って見せた。


「我々は知っているんだ。お前達がモス・キャッスルを落とそうと、ランプを持った女を向かわせた事をな! ブインタスールなんかで勝とうが負けようが、どの道お前達はもう終わりなんだよ!」



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