第110話 マナの旅の目的




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「この旅の目的は、ハウさんを……生き返らせるってことなのか?」


 ジョウに「ああ」とうなずくコッパ。

「それをマナは『自分勝手』って思ってたんだ。だから、お前にもリズにも、なかなか言えなかった」


 ジョウの中でずっと残っていた疑問や引っ掛かりが解けていった。ファルココで初めてマナと会った日に見た、笑っているような泣いているようなあの表情。

 愛する婚約者と再び会うための、唯一の頼みの綱である古代の神話……きっと、それを信じるのを馬鹿にするような態度を取ってしまったジョウに、傷つきながらも『信じてほしい』という願いを込めた顔だったのだ。



 リズが「なあ」とコッパを呼ぶ。

「代わりに旅を続けて願いを叶えることが、ハウとの約束って言ってたよね。ハウは、マナの願いが自分を生き返らせることだって、分かってたの?」

「うーん……オイラは、多分ハウは手紙を書いた時点で自分が死ぬって気付いてたと思う。だから……ひょっとしたら、分かってたのかもしれない」


「約束というより呪縛だなそれは」

 バッサリとそう切り捨てるヒビカ。

「相手の反応も確認せず、交渉する余地も無しに一方的に『約束』などという言葉を押し付けてくるような人間は、私ならば信用しない。マナはそんな物に囚われていたのか」


「ちょっと気になるんだが」とザハ。

「設計図はマナ君に託されたんだろう? どうしてジェミルが手に入れられたんだ。それに腕輪も」


「マナとオイラは、設計図も腕輪も、ハウの亡骸と一緒に埋葬した」


「はぁっ?! じゃぁ、ジェミルは墓を暴いたってことかよ?!」

 怒りのあまり興奮気味のパンク。それに続いてジョイスがためらいながらも口を開く。

「聞いちゃいけないかもしれないけどさ、ハウの遺体は無事だったの?」


「分かんねえ」とコッパが言った瞬間、パンクが床を力いっぱい叩いた。それを「おい」とたしなめるジョイス。

「床叩いて発散するのはやめなって。とっときな。アイツにぶつけてやるまで」


「私もそうする」と助手席のヤーニン。操縦席のシンシアは、黙ってうなずく。


「コッパさん」

 コッパをさん付けで呼ぶのは、イヨだけだ。

「墓を暴かれたと知った時、マナさんはどんな様子でした?」


「怒りと憎しみだけの顔だった。……自分や誰かを守るためでも、逃げるためでもなく、ただ相手に怒りと憎しみをぶつけたいだけの顔。傷つけてやる、殺してやるって。オイラ、マナがあんな顔をするのは初めて見たよ」


「そうですか……」

 イヨはそう言いながらマナの胸元に目をやった。濃い影が、煙のように漏れ出ている。


 クロウが立ち上がって言った。

「マナさんの事を話せば、僕の父上は必ず力を貸してくれます。まずは、マナさんをできるだけ早く治してあげないと」




               *




 アキツ国、首都にそびえるアンド城で、一匹の蜻蛉が墨と筆で絵を描いていた。横からそれを眺める一人の男。


「……相変わらずお前は絵心がないな。その三つ連なった丸は何だ。団子か? 団子が空を飛んでくるのか?」


 蜻蛉は団子のような絵の隣に、記号を書き足す。

「なに、クロウとイヨが……団子に乗ってここに向かっている?」


 コン! と筆を振って蜻蛉が机の上の紙を叩いた。

「団子ではない? では何だ。ワシにはさっぱり分からん!」


 男のそばで「グハハハハ」と狸の姿をした高僧が笑う。

「団子でも何でもいいだろう。とにかくわかが帰ってきたんじゃ。アカネの落ち着きぶりを見ると、どうやら大事があるわけでもない。迎えの準備をせにゃ!」

 狸の他にもう一人、高いとも低いとも言えない声で「ホホホ」と笑う人物もいる。


 男は二人の様子をみて「うむ……」とつぶやくと、すっくと立ち上がり、部屋のふすまを開け、声を上げながら出て行った。

「クロウが帰ってくるぞ! 湯あみと料理の支度をせい!」


 その様子を見て、狸は含み笑いをしながら蜻蛉に言った。

「かわいい息子に旅をさせる父親というのは、実にいじらしいものだな。アカネよ」


 蜻蛉は共感したのかしないのか、筆を紙に立てたまま、頭をくりくりと回転させた。



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