第3話 神器選定の儀(3)


「大丈夫? ユイトくん」


 そう言って、イスカが心配そうに俺の顔をのぞき込む。

 褐色の肌と紫の瞳。年齢的には今の俺より二つ上といった所だ。


 一緒に旅をしてきた小さな子供たちの面倒を見ていた所為せいか、出会った頃よりもせている気がする。体勢をくずしてしまっていたが、


「問題ない」


 と俺は答え、自分の足で立つ。

 少なくとも仲間の三人であるイスカたちは、ガッカリしていないようだった。


 会社に勤めていた時も、仲間が居てくれれば、心が折れずに済んだのかもしれない。ろくに教育もせず、現場に投入し、面倒な仕事を押し付ける。


 失敗したのは先輩たちだが、彼らからはののしられ、互いに監視をしているのか、休暇を取ることは許されない空気を作っていた。


 就職氷河期で転職は難しい。女手ひとつで俺を育ててくれた母親に心配を掛けるワケにもいかない。


 バブル期に入社した先輩たちの多くは無能で、他人の足を引っ張ることに一生懸命だった。自分の仕事がなくなる事を恐れたのか、仕事の内容を隠す。


 あたかも『自分が必要な人間である』と会社へしめすためだ。

 無駄な遣り方で仕事を増やし、その尻拭しりぬぐいを後輩たちへと押し付けていた。


 すっかり心が摩耗まもうしていた、あの時とはもう違う。


「これを使う……」


 外へ行くぞ!――と俺は『リンゴ』の種を取り出した。

 魔物から『助けてくれたお礼に』と果実をくれた幼い少女がいた。


 恐らく、ろくに食べてもいないのだろう。やせ細った骨と皮しかないような少女から、俺は『リンゴ』の種だけを受け取ることにする。


 あの少女との出会いがなければ、俺は『豊穣ほうじょうの杖』を選ばなかっただろう。

 会社での経験があったから、誰かを踏み台にするのはめようと思った。


 自分よりも出来る人間の足を引っ張るような事はしない。

 無能を隠し、自分を大きく見せるような事も却下きゃっかだ。


 俺は自分に優しくしてくれた誰かのために生きることにした。

 誰しもが落ち込み、絶望する中、俺はそんな人々のあいだうように進む。


 理由は分からないのだろう。だが、そんな俺を信じて三人――いや、女神を合わせた四人は付いてきてくれる。


何処どこへ行く?」


 と筋肉質の大男。俺に一撃で倒されたため、実力の差は分かっているのだろう。

 本当なら、俺が大人であったとしても、彼には勝てなかったハズだ。


 それ程までに『職能クラス』と『技能スキル』の有無の差は大きい。

 いかつい顔だが、彼から敵意は感じなかった。


 単純に疑問をぶつけただけのようだ。


「奇跡を見せてやる……」


 興味があったら付いて来い――と俺は強気に言い放った。

 会社をめた、あの日から俺は開き直っている。


 大男以外の幾人いくにんかも、興味を示したようだ。

 俺たちの後に続く。


 中庭――といっても、すっかり荒れ果てている場所――に出ると俺は適当な地面を見付け、そこに種を植えた。


 本当は『ぎ木』をする必要もあるのだろうが、今は余計なことを考えないようにする。ただ、杖に魔力を流す。


 大切なのはイメージなのだろう。あっというに種は発芽し、成長した。

 木となり、大樹となり、花を付けると、すぐに果実が生る。


 水や肥料、受粉など、色々と納得の行かない所はあるが【魔法】という事で、今は納得しよう。それよりも『これが魔法を使う』という事だろうか?


 れない魔力の放出に、俺は疲労を覚え、その場で四つんいになる。

 再度、心配してくれるイスカたちへ、


「俺の事はいい……」


 それより、果実を皆に分けてやってくれ――とお願いする。

 まずは獣人族アニマであるミヒルが、するりと木に登ってリンゴを落とす。


 下にいるカムディたちが、それを受け止めた。

 イスカだけは俺を心配してか、離れない。女神であるエーテリアも同様だ。


「後は怪我人の治療だな」


 俺は大樹に背を預け、少し休むことにした。付いて来ていた大男たちはおどろいていたようだが、すぐにリンゴを配るのを手伝ってくれたようだ。


 余裕が出来れば、絶望の表情を浮かべていた人々も話を聞いてくれるだろう。

 魔力は休むことで自然回復するらしい。


 俺は休憩をはさみながら、怪我人へ回復魔法である〈ヒール〉を使った。

 病人に対しては、浄化魔法が有効なようだ。


 また、食糧となる植物を増やす事も忘れない。

 水魔法を使って、人々へ水を供給する。


 最初は異世界なので「お前は使えない」と追放されるのかと考えていた。

 だが、その心配はなさそうだ。


 元気を取り戻した人々に対し、俺は罠を作り、魔物たちを迎え撃つ提案をする。

 【終末の予言】と呼ばれるモノに、この国への襲撃が追加されようだ。


 確かに魔物退治は不慣ふなれだ。

 だが、害獣対策と考えれば、打つ手はいくつかある。

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