第四章 熱砂の盗賊団

第52話 砂漠の追走(1)


 それは夜明けと同時に起こった。

 ゴゴゴゴゴ!――と地面がれる。


 馬車は子供たちに占領せんりょうされているので、俺は焚火たきびの近くにテントを張り、ミヒルを布団代わり寝ていたのだが、起こされてしまった。


 いつもはパチリと、すぐに目を覚ますミヒルだが、子供たちと遊んで疲れたのか「ウニャ~」と眠そうに声を出す。


 サンドワームが近くにいることは確かなので、ミヒルを馬車にいるイスカに預けると、俺は状況を確認するため、高さのある岩場へと〈スカイウォーク〉で移動する。


 視界をさえぎる障害物がないため、周辺の砂漠を見渡すには十分な高さだ。

 朝日が顔を出すと同時に、周囲の景色は鮮明になってゆく。


 耳を澄ませ、方角を確認する。

 音のする方へクルリと反転すると、砂煙がっていた。


 ただし横に長く、水平にびている。

 どうやら獲物を追い掛けているらしく、こちらには向かって来ないようだ。


 だが、皆の表情は絶望に染まっていた。

 目的の神殿に辿たどり着いた所で『あの化け物には勝てない』と悟ったのだろう。


 オアシスの周辺に居ては、サンドワームの姿を確認することは難しいが――先日、襲撃しゅうげきを受けた際の――記憶がよみがえったようだ。


 【根源】を失ってしまっている『人間族リーン』では仕方のない話だろう。

 状況を確認した俺は次に、この一団をまとめる老戦士のもとへ向かうことにした。


 再び〈スカイウォーク〉を使用し、空中を直線上に走る。

 向かうのは、一番大きなテントだ。


 年寄としよりなので『早起きだろう』と勝手に決めつけ、すでに起きている前提で動く。

 案の定、テントの前ではドワーフのように髭をたくわえた老人が立っていた。


 夜の見回りをしていた兵士たちも集まっている。

 俺は上空から落下すると、そのまま着地した。


 砂場なので痛くはないが、砂が舞ってしまったようだ。

 みんな顔をしかめながら、舞い上がった砂を手で払う。


「すまない、急ぎだった――」


 と俺は謝る。老戦士はまだ起きたばかりだったようだ。

 今はよろいではなく普通の服を着ている。砂を手で払いつつ、


「構わん」


 と声を上げた。まだ状況がつかめていないようだ。

 俺は岩山の頂上から状況を確認したことを告げると、


「例の巨大なサンドワームがなにかを追って、南西へ移動している」


 現状では、こちらに向かってくる様子はないため、逃げる必要がないむねを伝えた。

 全員、ホッとした表情を浮かべる。


「だが『こちらに向かってこない』という保証はない。護衛をったので……」


 これから追撃する――と一団から離れる許可を申請した。

 老戦士は顎髭あごひげ一撫ひとなですると、


「追い払ってくれるだけでいい」


 と消極的なことを言った。

 まで、被害を最小限に食い止める方向で考えているようだ。


 俺には、そのつもりはなかったのだが「分かった」と返事をした後、


「奴は魔結晶に反応するようだ。俺がおとりになって遠ざける……」


 旅を続けてくれ――と告げた。今回は相手が悪い。

 最悪、一度死ぬ可能性もある。


 俺自身は生き返ることが出来るため、ある程度の危険は問題ない。

 だが、そうなると、すぐには動けないだろう。


 念のため〈ワープ〉をオアシスに設置することにした。


(これで、すぐに戻ってこられるな……)


「昨日、確認した『死の谷デスバレー』へさそい込む計画だ」


 しかし――暗に――すぐには戻ってこられないむねを付け加える。信用されていない今の段階で能力を見せることは『不信感をまねく』というリスクにもつながる。


 〈ワープ〉の技能スキルがあることは、今は内緒にしておくことにした。

 勿論もちろん、ミヒルのことは心配なので状況によっては、すぐに戻ってくるつもりだ。


(連れて行って――と駄々だだねなければいいが……)


 俺がサンドサームとの決着に選んだ場所は『死の谷デスバレー』。

 この砂漠より南方にある山岳地帯。


 そこには深い谷があり、昔は採掘場として使われていたそうだ。サンドワームが地中へ逃げられないように硬い地面を探していたのだが、その場所を教えてくれた。


 今はガスが発生しているようで、生き物が棲息せいそくできない『死の谷デスバレー』と呼ばれるようになったそうだ。草木一本生えない、岩がむき出しの荒野らしい。


 場所については昨日、確認している。

 今日辺り出掛けて、周囲の様子を一度見ておきたかったのだが、折角せっかくの好機だ。


 今をのがすと、この広大な砂漠で地面の下にいるサンドワームを探すハメになってしまう。作戦がないワケではないが、なかなかに骨が折れそうだ。


 俺は出発する前に、もう一度、ミヒルに会うため馬車へと戻った。

 イスカにっこされ、眠たそうな顔をしながら、外で待っていたようだ。


「悪いな」


 俺がイスカにあやまると「ふぁ~」と大きな欠伸あくびをした。

 そんなミヒルのほほを俺はつつくきながら、


「行ってくる、すぐには戻れないが、イスカの言う事をちゃんと聞くんだぞ」


 そう告げた。ミヒルは心配そうに俺の手をつかむ。

 なにか言いたいのだろうが、言葉が出てこないようだ。


「こういう時は『行ってらっしゃい』って言うんですよ」


 とイスカ。ミヒルは「イッテ、ラシャイ、ニャー」とつたないながらも真似まねをする。

 俺はそんな彼女の頭をでた後、


「ああ、行ってくる」


 と言葉を返し、


「悪いが、ミヒルのことを頼む」


 そう言って、イスカに頭を下げた。


「構いません」


 と彼女は言葉を返した後、


「でも、無事に帰ってきてくださいね」


 そんな事を言って、微笑ほほえんだ。どうやら、彼女には俺がサンドワームと戦おうとしていることがバレているようだ。


 やれやれである。彼女の父親も戦士だったようなので、もしかすると同じような表情をしていたのだろうか?


 エーテリアを見ると、いつものように微笑ほほえんでいる。俺は〈ワープ〉を設置すると、ミヒルとイスカの二人に見送られ、サンドワームの追走へと向かった。

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